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第二百七話 子供

 魔王は女神を殺すつもり。

 それは分かっていた。

 だが、さっきの話を聞くと余計に分からなくなる。


 魔王と女神の目的は同じ。

 世界そのものを揺るがす厄災とやらに対抗する。


 だが、魔王はそのために女神を殺そうとしている?

 どういうことだ?

 女神を殺すことがその厄災とやらに対抗することに繋がると言うのか?


 ……魔王はいったい、何を考えているんだ。







「ご主人様!!」


「ん? おわっ!」


 目を開けると、俺の上にフラウが跨がっていた。

 どうやら俺は地面に仰向けになっているらしい。

 気を失っていたのか。


 寝転がったまま顔を動かしてみると、どうやら森の中にいるようだった。

 だが、エルフの大森林とは雰囲気が違う。

 魔力、というか瘴気のようなものを濃く感じる。


「……これは、無事に魔族の領域に着いたのか」


「ん。真っ暗な洞窟を抜けて、気が付いたらここにいた。で、影人だけが意識を失って倒れてた」


「そうだったのか」


 俺はプルの返答に答えてから腹の上で心配そうな顔をしているフラウに大丈夫だと言って降ろしてやってから体を起こした。

 テツはどうやら偵察に行っているようだ。


 森が濃い。


 改めて観察すると、明らかに大森林とは異質な環境。

 あちらは太陽の光を存分に受けてのびのびと育った森林というイメージだったが、こちらはなんというか、太陽を拒絶しているようだ。

 伸びた枝葉が空を覆い隠し、まだ昼前だというのに薄暗い。

 森全体が濃く、黒い瘴気で覆われているようだ。


「それで? 影人はなんで気絶してた? なんかあった?」


「ん? ああ、じつはな……」


 俺はプルとフラウに天龍と会って話したことを伝えた。

 厄災や魔王の目的について。


「せ、世界を滅ぼす厄災、ですか」


「……」


 俺が話し終わると、プルは何かを考えているようだった。


「……プルは知っていたのか?」


 神樹の守護者の弟子であるプルなら、ルルから話を聞いていてもおかしくはない。


「……触りぐらいは。でも、それはたぶん……」


「おお! 影人殿っ! 起きられましたかっ!」


「テツさん……」


 そこに、テツが森の奥から戻ってきた。


『話の続きはまたあとで。いずれにせよやることは一緒』


『……ああ。分かった』


 プルが念話でそう言ってきたので、とりあえず天龍の話はそこで中断した。

 国の人間であるテツには聞かせたくないという意味だろうか。

 とはいえ、プルの言う通り、今の俺たちの仕事はカエデ姫の救出だ。

 まずはそれに集中するとしよう。


「おかげさまで。

 それより、先の様子はどうでしたか?」


 俺が尋ねると、テツは首を横に振った。


「どうにも、様子が図りかねます。魔力感知を使いながら慎重に進んでも方向を見失いやすい。プル殿が自身の場所を送ってくれていなければここに戻ってくることも難しかったでしょう」


「……迷いの森か」


 俺がプルの方を見ると、プルも首を振っていた。

 どうやらプルでもここを突破するのは難しいらしい。


「さて、どうしたものか……」


「……(くんくん)」


「……フラウ、どうした?」


 俺たちが頭を抱えていると、フラウが鼻をひくひくさせてフラフラと歩きだそうとしていた。


「……なんか、良い匂いがするです。美味しそうな匂い」


「……匂い?」


 俺は鼻を効かせてみたが、そんな匂いはまったく感じ取れなかった。

 プルやテツも同じようだった。


「……あっちです」


「お、おい」


 フラウは匂いとやらにつられるようにフラフラと歩き始めてしまった。


「……ついていってみよ」


「……分かった」


「わ、分かりました」


 止めようとしたが、プルがついていこうと提案してきたのでそうすることにした。

 なんにせよ、この状態を打開するには何らかのアクションが必要だろう。

 これが、良い方のアクションなら良いのだが。








「……さっきより暗くなってきたな」


 匂いをたどりながら歩くフラウについていってしばらくすると、森はさらに深く、暗くなっていった。

 このまま進んで大丈夫なのだろうか。


「……ん?」


 そう思い始めた頃、俺にもその匂いとやらが捉えられるようになった。


「……これは、焼き魚の匂いか?」


「……かな」


「……なんだか腹が減ってきましたな」


 どうやら本当に食べ物の匂いのようだ。

 それをあれだけ離れた距離から捉えるフラウの嗅覚はとんでもないな。


「……魔族か?」


 だとするならば警戒しないといけないが。


「それは分かりません。魔族の領域とはいっても、そこには実に様々な種族がいます。野良で魔王軍ではない魔族もいるようですし、一概に敵側の魔族とは言えないでしょう」


「そうなんですか」


「……ですが、魔族の領域にいる種族は基本的にすべて食人を好みます」


「……いずれにせよ、接触は好ましくないということか」


 人を食らう種族。

 オークやオーガの類いか?

 接触は好ましくないとはいえ、俺たちはここから脱出して魔王城に行かなければならない。


「……まずは離れたところから様子を見る。そして、そいつの後を尾けよう。集落にせよ川にせよ、森を脱出するヒントにはなるだろう」


「……わかりました」


「わかったです」


「おけ」




 そうして、俺たちは匂いの元にたどり着いた。


 小さな焚き火に串に刺さった魚。

 近くに川があるのだろうか。

 焚き火の近くには誰もいない。


 俺たちは樹の陰からそれを見張る。

 スキルやプルの魔法で気配を遮断する。

 周囲の気配を探ろうとするが、やはり瘴気に邪魔されてうまくいかない。


「……!」


 しばらくすると、遠くから声のようなものが聞こえてきた。

 俺たちはいっそう気配を抑え、森の向こうから近付いてくる声に耳を傾けた。


「……ふんふふんふふ~ん♪」


 ……これは、歌ってるのか?

 鼻唄か。

 ずいぶん機嫌が良いようだ。


「大漁大漁~っ!」


 子供?


 紐を通した大量の魚を背に背負って現れたのはフラウと同じぐらいの年齢の子供だった。

 おそらく男。

 黒髪。長さは肩口。背丈もフラウぐらいか。

 細身で、魔力や気配も子供にしては強い程度。

 黒い細めの上下を身に纏っている。

 見た目的には人間の子供にしか見えない。

 魔族というのは角が生えていたり翼が生えていたり、目が赤く瞳が黒かったりと、人間とは似て非なる存在なのだが、焚き火の前でご機嫌に魚を焼いている子供はどう見ても人間の子供だ。


 だが、ただの人間の子供がこんな所にいるはずがない。


 少年はこちらに背を向ける形で焚き火の前にしゃがみこんだ。


『とりあえず様子見だ。気付かれないようにこのまま観察を……』


「……ん~?」


「!!」


 俺たちが念話で会話をしようとしたら、少年はこちらにぐりんと首を回して振り向いてきた。

 気付かれた? 念話を?

 超近距離の特定魔力波形を読み取ったのか?

 そんなこと、あり得るのか?


 いや、今はそんなことはどうでもいい。

 まだ完全に気付かれたわけではない。

 奴が違和感だと断ずるまでこのまま……。


「……んーと、いち、に、さん、4人かな? 何か用~?」


「……ちっ」


 人数まで確定されてる。

 これは完全にバレてるな。

 だが、襲ってこないで会話を投げ掛けてきている。

 まだ余地はあるか。


 フラウたちを手で制して、俺が代表して少年に答えることにした。


「……覗いてすまない。道に迷っただけだ。俺たちはすぐに離れる」


「……」


 姿は見せずに声だけ届ける。

 魔族の領域で人間だとバレるのは悪手でしかない。


 俺たちはそう言うと、すぐにその場を離れようとした。

 せっかくの手掛かりだが、得体が知れなすぎて関わるのは得策じゃない。


「ん~、君たち人間でしょ?」


「……っ」


 バレてるのか。

 たった1回の念話で種族まで。


 どうする。

 バレたからには捕らえるか、始末するか。


「人間がこの森を抜けるのは無理だよ。正確なルートがあるからね。僕が案内してあげるから、とりあえず一緒に魚でも食べない?」


「……」


 少年はあっけらかんとした様子で焼けた魚を差し出してきた。

 どういうつもりだ?

 俺たちが人間だと分かってなお、この態度。

 味方、とは思えないが、敵だとも思えない。

 こいつはいったい……。



 ぐぅぅぅ~~!



「ひゃあぁぁぁぁーーーっ!!」


 その時、フラウの腹の虫が盛大に鳴った。

 フラウが恥ずかしそうに腹を抑える。

 ちゃんとご飯は食べたはずだが、匂いにつられたか。


「あはははははっ。お腹減ってるじゃん。べつに毒も入ってないし、取って食おうなんて思ってないから大丈夫だよ」


 少年は屈託なく笑っていた。

 そこに警戒すべきものは感じられなかった。


「……行こう。ただし、警戒は怠らないように」


「ん」


「……はい」


「……わ、わかったです」


 そうして、俺たちは少年の前に姿を現すことにした。




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