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第二百五話 古の龍の棲む洞窟

 そこは、谷底を流れる激流に隠れるようにして在った。




 テツの案内で俺たちは橋から大きく南下したところに架けられた梯子を降りた。

 使われなくなって久しいらしく、ぼろぼろで今にも崩れ落ちてしまいそうだったが、何とか全員無事に川岸まで降りることが出来た。


「……霧が濃いな」


 川の左右は大きな岩が点在する河原らしいのだが、霧が出ていて対岸の様子を知ることは出来なかった。

 橋のところから下を覗いた時は普通の清流が見えたのだが、ここから上を見上げても空どころか崖の途中までしか見えない。


「この霧は洞窟の周囲にしか存在しません。また、魔力やスキルを弱体化させる効果もあるのでご注意を」


 河原を歩きながらテツが解説する。

 弱体化の霧。

 魔族もエルフも魔法を得意とする種族。

 彼らがここに近付かないのも納得だな。


「それで、どうやって対岸まで渡るのですか? けっこう川幅はあるし、この速さの流れの中を泳ぐのは難しいのでは?」


 横を流れる大きな川は10メートル以上はありそうだ。

 流れも大雨のあとのように速い。

 魔法やスキルによる身体強化なしではフラウやプルが泳ぐのは厳しいだろう。


「それならば大丈夫です。洞窟への入口はこちら側。

 エルフの大森林側にありますので」


「どういうことですか? 魔族の領域に侵入するためならば対岸に入口があるはずでは?」


 この谷から地上へと出ていくのだから当然そうなるはずだ。

 川の下を通るほどに広大な洞窟だとでも言うのだろうか。


「……それが、原理はよくわかっていないのですが、その洞窟に入って真っ直ぐ進んでいると、なぜか対岸の魔族の領域から出られるそうなのです」


 ……空間系の魔法か?

 洞窟の空間ごとねじ曲げて出口を造れるとしたら相当の術者だが……。


(いにしえ)の龍ならそれぐらい出来て当然」


「プル、知ってるのか? ……プル?」


 ぽつりと呟くプルを見ると、珍しく顔を曇らせて冷や汗をかいていた。

 いつも冷静で感情の動かないプルには珍しい光景だ。


「……古の龍ならルルに聞いたことがある。

 昔は荒ぶってた時もあって、その時はルルと互角にやり合ったって。ルルが止めてなきゃ世界が滅びてたらしい。

 だから、もし会うことがあったら機嫌を損ねないようにした方がいいって言ってた」


「ルルと互角にやり合った!? ……それはたしかにヤバいな」


 ルルは神樹の守護者にして単体ではおそらく世界最強クラスの存在。

 それに並び立つほどの存在ならば、そいつも間違いなくこの世界においての最強種と言えるだろう。


「……その古の龍とやらが今はどうなっているか分からないが、万が一接触するようなことになったら慎重にいかなければいけないということだな」


「……ん」






「……ここです」


 その後、しばらく歩くとテツが足を止めた。

 ずいぶん長い間歩いた気がするが、もしかしたらこの霧に入り込んだ時点で龍の魔法の領域の中にいるのかもしれない。

 実際に歩いた距離はたいしたことない可能性が高い。


「……ここ、ですか?」


 そこは何もない岩壁だった。

 背後を流れる川はさらに流れを速くしている。水量も増え、今にも溢れだしそうだった。

 霧はいっそうその濃さを増していて、自分の数メートル先が見えないほどだった。

 そして、自分の力が大きく減衰しているのを感じる。


「はい。ここに、エルフの長から預かった(しるし)をかざせば……」


 テツはそう言って懐から取り出したネックレスを壁に押し付けた。

 羽根を広げた鳥を模したネックレスが壁に触れると、ネックレスと壁が光り、人が通れるほどの大きさの扉が出現した。


「なるほど。命の樹に行くときの扉と同じ原理か」


 その扉がギィィと音をたてて開くと、中は光がまったくない闇そのものだった。


「……ここから先は明かりの類いは意味をなさないそうです。己の信じる道を進め、とのことです」


 試しの道ってことか。

 うまくいけば魔族の領域へと繋がる道になるのだろう。


「……ご主人様ぁ」


 フラウが不安そうに服の裾を握ってくるので、その手を取って繋いだ。


「……離れるなよ、フラウ」


「はい!」


 そして、俺たちは龍の住み処に足を踏み入れていったのだった。












「……暗いな」


 真っ暗闇の中をずいぶん長いこと歩いた。

 不思議なことに壁にぶつかることはなく、ただただ平らな道をずっとまっすぐ歩いていた。


「……フラウ?」


 ふと、握ったはずの手に何の感覚もないことに気が付く。


「フラウ! どこに行った!?」


 立ち止まって周りをキョロキョロと見回すが、自分以外に闇しか存在しないその世界にフラウどころか虫一匹いる気配はなかった。


 なぜだ?

 手を離した感覚はなかった。

 握っていたはずのフラウの手の感触がなくなったと気付いた時にはもう1人だった。

 つまりこれははぐれたんじゃない。


「……」


 俺は目をつぶって集中し、自分の周囲の気配を探ってみた。


「……ダメか」


 が、やはり何もなかった。

 本当に何もない。

 壁も天井も、何なら自分がいま立っている床ですら存在がえらく希薄だ。


 これはやはりフラウとははぐれたのではなく、魔法か何かで分断されたか……。



『その通りです』


「!」



 その時、どこからか声が聞こえた。

 聞こえた、というよりは頭に直接話しかけてきたといった感じか。

 パンダ(自称神)や、サポートシステムさんと頭の中で会話するような感覚だ。


「……あなたが古の龍ですか?」


『はい、そうです』


 こちらが尋ねると再び頭の中に声が響く。

 プルの話にあったような荒々しいような感じはない。

 とても落ち着いていて少し高い声。

 女性だろうか。

 念のために丁寧に接してはみるが、おそらくそれはあまり意味がないだろう。


『そうですね。私には気を張らずに、楽に接していただいて大丈夫です』


「……」


 やはりか。

 こいつは俺の心を読んでいる。

 そんなことをしてきたのはこちらの世界に来たばかりの時にあのパンダと話した時だけだ。

 この古の龍とやらはこの世界の神と同じことをやってのけている。


『そうですね。アカシャさんとはともにこの世界を造った仲ですし。これぐらいは出来ますよ』


「造った!? 創生神の一柱なのか?」


『それは微妙なところですね。この世界そのものはアカシャさんが造り、私自身も彼女によって生み出されましたから。

 私は形を成す前のこの世界に生み落とされ、アカシャさんとともに世界を造っていったのです。

 だから神というよりは神の使いといった方が正しいかもしれません』


「神の使いか」


 神に近しい力を与えられて世界を直接的に創生した存在ってことか。

 それはこの世界の住人からしたら十分神だとは思うが、真の創造神がいる以上、それを名乗るわけにもいかないといったところか。


『ふふふ、あちらの世界の知識がある方は話が早くて助かります。取り分け、時間軸が経過している方ほどサブカルチャーからそういった知識を吸収しているようですね』


「それは、まあそうかもな」


 ようはマンガとか小説ってことか?

 たしかに神話なんかしかなかった昔に比べたら順応性はあるのかもしれないが、こっちの世界の奴からサブカルとか言われると違和感しかないな。


「それで? ご丁寧に俺たちを分断してどうしようって言うんだ?」


 どうやらプルの話と違って話が出来そうだし、どうせ取り繕っても意味がないなら素のまま話させてもらおう。


『ふふ、ご安心ください。別に切り離したのはあなただけです。他の方は問題なく通り抜けられるようにしてあります。

 時間軸も調整するので、あなたがここを出るのも他の方と同じタイミングにするので大丈夫ですよ』


 時間まで調整できるのか。

 それよりも、なぜ俺だけを。


『……あなたと、少しお話をしてみたいと思いまして……』


「……話? ……わっ!」


 そして、その声のあと、古の龍は俺の前に姿を現したのだった。




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