第二百四話 看破。龍。そして魔王。
「あ! あれはトリア殿っ! トリア殿です!」
「……ああ」
俺たちが橋に到着すると、橋の向こう側から黒装束の忍が走ってきていた。
顔に巻いた黒い布が少し切れており、トリアの金髪が覗いていた。
服もところどころ破けており、戦闘があったことが窺える。
……1人か。
先見隊は1人ではないはずだが、他の者たちは帰還できなかったのだろうか。
「……トリア殿っ!」
「テツさん! ちょっと待ってください!」
トリアのもとに駆け出そうとするテツの肩を抑える。
タイミングが良すぎる。
いくらこの時間が先見隊の帰還のタイミングとはいえ、俺たちがちょうど橋に着いた途端に戻ってくるものだろうか。
「……プル」
「ほーい」
俺が声をかけるとプルは亜空間から杖を取り出した。
《氷連槍弾》
「……え?」
そして、プルは氷の槍をいくつも生成し、それを一気にトリアに向かって撃ち放った。
「プ、プル殿っ! 何をっ!?」
いや、ホントに!
俺はスカーレットの【魅了】を看破したように、プルには向かってくるトリアが魔法やスキルで操られていないかどうか確認してほしくて頼んだんだが。
なぜ攻撃魔法を撃ってるんですか、プルさん。
「ひっ!!」
「トリア殿っ!」
そして、何本もの氷の槍がトリアを強襲する。
「ぐっ! がっ! ぐああぁぁぁぁ~~っ!!」
「……え?」
氷の槍が突き刺さったトリアは異形の怪物へと姿を変えた。
そして、そのまますべての槍をその身に受けて絶命し、橋から転落して谷底へと落下していった。
「……に、偽者?」
「……プル。分かってたのか?」
「ま~ね~」
本物だったらどうするつもりだったのかと思ったが、どうやらプルは見破っていたようだ。
「ずいぶんお粗末な擬態魔法。
大賢者は魔力を視る目があるからバレバレ」
どうやら魔法でトリアの姿に化けていたらしい。プルには簡単に看破できたようだが、俺たちには分からなかった。
これは注意が必要だ。
プルがいない状況で同じ敵に遭遇しないとも限らない。
「……やはり、先見隊は魔族側に見つかっていたか」
「そ、そんな……」
テツの顔色が悪い。
本人たちはそれも覚悟の上での潜入だったのだろうが、生存は絶望的か。
「……まずはここを離れましょう。
俺たちが侵入しようとしていることはバレた。
となれば、どこか別のところから魔族の領域に侵入するしかない」
「……はい」
俺が促すとテツは後ろ髪を引かれる自分を律して足を動かした。
この一件によって魔族側は警戒を強めるだろう。
ならば、よりいっそう慎重に行かなければならない。
「……ここまで来ればいいだろう」
俺たちはエルフの大森林の中に再び潜り、身を隠した。
大森林の結界の中なら魔族から感知されることはないだろう。
「さて、どうやって魔族の領域に侵入するかだが……」
大森林と魔族の領域を繋ぐ橋は使えない。
とはいえ、その2つの間を流れる川は到底飛び越えられる太さではなく、下に降りて再び上がれるほど浅くはない。
そうなると他からぐるりと迂回して行かなければならないか。
時間はかかるが慎重に行かなければならない以上、仕方ないか。
「……じつは、大森林から魔族の領域へはもうひとつ、ルートがあるのです」
「そうなのですか?」
テツが提案してきたが、なんだか気乗りはしないようだった。
「はい。そこは川の流れる谷底から行ける洞窟なのですが、そこには魔族も寄り付かないので侵入にはちょうどいいかとは思うのですが……」
「何か、問題が?」
なんとも歯切れの悪い言い方だ。
「……その洞窟には魔族どころか魔王軍も寄せ付けないほどの強さを誇る古き龍が住んでいるのです」
「……龍、か」
龍種は強いというのが定番だからな。
出来れば避けたいところだが、きっとそこを通ることになるんだろうな。
「魔王様。ただいま戻りました」
「おっかえり~! 一三四ちゃん!」
ドワーフの国から魔王城に帰還した一三四を魔王が玉座で迎える。
一三四は青髪のツインテールを揺らしながら魔王に跪いた。
「それで? 例のスキルはどうだったの?」
「はい。無事に転生者ワタルのスキル【深層解析看破】をコピーすることが出来ました」
「そっか! 良かった良かった!」
一三四の報告に魔王は足をバタバタさせながら喜んでいた。
「でも、私のスキルは奪うのではなくコピー。転生者ワタルのスキルは危険です。
コピーするのではなく、魔王様が奪ってしまった方が良かったのでは?」
「ん~、まあ、そうなんだけど。
私はあの国では指名手配されてるから自由に動けないし、『世界の扉』を使って侵入したら[強奪の扉]を使えないぐらいに弱体化しちゃうからさ。
顔が割れてない一三四ちゃんに頼むのが一番だったのよね」
「そうでしたか。差し出がましいことを申しました」
恭しく頭を下げる一三四に魔王はイタズラな笑みを浮かべる。
「んもう! 一三四ちゃんは相変わらずお堅いんだから!」
魔王はそう言うと玉座から降りて一三四のもとへと優雅に歩いてきた。
「ま、魔王様……」
魔王が一三四のアゴを軽く持ち上げると、一三四は蕩けたような視線を魔王に向ける。
「あなたの【複製貼付】は貴重なの。大切な存在なのよ。
あなたにはもっと私に近付いてほしいわ」
「……ん」
そして、魔王は何の躊躇いもなく一三四に口づけをした。
「……いいわね?」
「……はい」
蕩けるような表情の一三四に魔王は魅惑的な笑みを見せたあと、再び玉座へと戻った。
「じゃあ、また破理ちゃんと協力して、お姫様をよろしくね。
決行日はまた指示するから、それまではコピーしたスキルを精査しておいてね」
「はいっ……」
そして、微笑みながら指示を出す魔王に一三四は心酔した様子で返事を返すのだった。