第二百三話 合流地点と魔王の戯れ
「じゃ。私はここで」
「私もここでいいのだ!」
その後、殿様たちとさらに話し合いを行い、ついでに俺たちの夜想国での出来事も報告しておいた。
スカーレットが戦線から離脱したことを伝えると、殿様はずいぶんと安堵した様子だった。
あいつ1人に西の<アーキュリア>を滅ぼされ、国が抱えていた転生者も殺されたのだから当然か。
それがきっかけでカエデ姫は今のスキルに目覚め、殿様の養女にもなったのだから関心がないわけがない。
そして、プルの転移魔法でエルフの大森林の入口に着くと、ミツキとプルとはそこで別れることになった。
「じゃあ、俺たちも行くか。まずは先見隊との合流だったな」
殿様との話を進めていくなかで、先見隊として魔族の領域に侵入していた忍たちが一時帰還するのがちょうど今日だということが分かった。
なので、俺たちはまずその先見隊との合流地点まで行って、帰還した忍たちから情報を得ようということになったのだ。
テツがいれば問題なく話を聞けるだろう。
ここからは転移魔法で移動できないので、歩いて魔族の領域に向かうことになる。
とはいえ、エルフの大森林の領域とは川をはさんで目と鼻の先だそうだ。
なので、俺たちはいまその川に向かっていた。川にかかる橋のこちら側が合流地点なのだ。
こっちに来てしまえば転移も使えるので、合流して話を聞いたらプルにいったん忍たちを<ワコク>まで運んでもらって、戻ってきたらそのまま魔族の領域に侵入しようということになったのだ。
「ん? あれがその橋か?」
森の中をしばらく歩くと、その橋とやらはすぐに見えてきた。
思ったよりも大きい。
馬車が通れそうなほどにしっかりと組まれた立派な橋だ。
その下を通る川は水面までが遠く、覗き込まなければ水面は見えないようだ。
崖を繋ぐ橋といったところか。
「かつてはエルフと魔族は普通に交易を行っていましたからね。ここはその要としてよく利用されいたようです。
ですが、今ではこの橋を使う者はほとんどいません。エルフは魔族の領域には行かないですし、大森林には結界があって魔族も簡単には侵入できないので、この橋には見張りも置かれていないのです」
なるほど。
お互いに戦略的価値が低くて放置されているといったところか。
「……ですが、魔族はエルフと<ワコク>との関係性を知っているのでは? それならば少しぐらいは監視していそうなものですが」
ただでさえ、エルフの大森林では魔王直属軍であるスカーレットと大規模な戦いを演じたんだ。
あの頭の切れる魔王がそれを見越していないわけがない。
「……それが、一切監視の類いがある気配はないのです。
たいしたことではないと捨て置かれているのか、あるいは罠なのか。それは分かりませんが」
「……ふむ」
いずれにせよ、殿様からしたら侵入しないわけにはいかないといったところか。
たとえそれが罠だとしても。
そうなると、無事に先見隊とやらと合流できるかも怪しいところだな。
とりあえず警戒だけは解かないようにしなければ。
そして、俺たちが橋の先端に到着すると、橋の向こう側から息を切らせて走ってくるトリアの姿があった。
「やべーやべー! 早くしないと頭領に叱られる~!!」
ドワーフの国。
鍛冶師の頂点である頭領に師事している転生者のワタルは走っていた。
頭領に頼まれたお使いの途中で寄り道をしてしまって想定よりも遅くなったからだ。
「頭領の説教は長いからなぁ~……いてっ!」
「きゃっ!」
愚痴をこぼしながら走るワタルは曲がり角で1人の少女とぶつかってしまった。
「ご、ごめんよ、大丈夫だった?」
「あ、は、はい。私の方こそごめんなさい」
ワタルが平謝りしながら差し出した手を少女は掴む。
青い髪をツインテールにした不思議な雰囲気の少女だった。
「……」
「……ん?」
その時、ワタルは何か引き込まれるような感覚を感じたが、それを意識する前に少女はぱっと手を離し、一度深くお辞儀をするとそのまま走り去っていってしまった。
「なんだったんだ……て、やべ! 早く帰らなきゃ!」
そして、ワタルもはっ!と思い出したように再び足を走らせるのだった。
「……ふう。さすがに疲れたわね」
魔王の城の牢屋に閉じ込められたカエデは辟易していた。
ここに連れてこられて数日。
いつ何をされるか分からない状況下で常に気を張っているのは予想以上に気力を消耗するようだった。
「やっほ~」
「!!」
その時、カエデの目の前に突然、1人の女性が現れた。少女といってもいいかもしれない。
「……あなたは、どこかで……」
ピンクのさらさらで長い綺麗な髪をなびかせる少女にカエデは見覚えがあったが、どこで会ったのかは思い出せなかった。
「うん。この立場では初めてだよね。私は冒険者ではオウカって名乗ってるけど、ホントは桜って言うんだ」
「……桜、さん」
カエデは名前を聞いてもその少女のことを思い出すことは出来なかった。
「……っ! というか、あなたもしかして転生者!?」
カエデは名前から少女が転生者ではないかと判断した。
<ワコク>以外の人間でこの類いの名前を持つ者はほとんどいないからだ。
そしてカエデは国内の人間はすべて把握していた。
「あ、分かるぅ~? そうだよ。私もあなたと同じ転生者」
「……」
カエデはそこで少し安心するとともに警戒心を強めた。
どうやってここまで来たかは分からないが、転生者ならばここから脱出するスキルを持っているのではないかという期待と、なぜ転生者がここにいるのかという疑問と不安から。
カエデは念のため、自身を包む結界をさらに強化しておいた。
「あ~、やっぱり警戒するよね~。ま、隙をついてもたぶん無理だっただろうけど」
「……?」
わざとらしくおどける桜の意図をカエデは掴めずにいた。
「ま、お試しってことで」
桜はそう言うと、すっとカエデに手をかざした。
「……『世界の扉[強奪の扉]』」
「えっ!? きゃっ!!」
桜の手のひらから発せられた光がカエデを包む。
「……?」
が、その光はカエデの結界に弾かれ、すぐに消えてしまった。
「う~ん。やっぱり無理かぁ。そのスキルは惜しいから殺したくはないからなぁ。
やっぱり一三四と破理に任せるかぁ」
「え!?」
不穏な言葉にカエデの顔色が青くなる。
「あ、あなたは、いったい誰なの?」
「ん~?」
カエデに問われ、桜は顎に人差し指を当てて少し考える仕草をしてみせた。
「私はあなたを連れ去るように命じた人。で、これから人間に戦争を仕掛けようとしてる張本人。
あと~、影人のことが何よりも大切な人、かなぁ」
「……え?」
桜の妖しい笑みに、カエデは言葉の意味を理解するのに時間を要した。
「ま、もう少しおとなしくしててよ。余計なことをしなければ殺しはしないからさ。
じゃ、あでゅ~」
「あ! ちょっ!」
桜はふりふりと手を振ると、ふっと、その場から姿を消した。
「……もしかして、魔王? あっ」
そこまでの話を反芻して、カエデは桜の正体に至る。そして、<ワコク>でぶつかった少女が桜であったことを思い出した。
「……あの頃から、私のことを狙っていたのね。
それに、影人様とはどんな因果が……」
カエデは魔王の狙いを探りきれずにいた。
考えることが多すぎて、疲れなどはもう忘れてしまっていた。