第二百二話 要人救出任務
「ほい、到着~」
「影人殿っ!」
「お久しぶりです。殿」
俺たちはプルの転移魔法で<ワコク>の城内。初めて殿様と対面した部屋に転移した。
通常では結界によって、外からの転移でいきなり城内に転移など出来ないが、今回は急を要するということで<ワコク>側が俺たちに対する制限を緩和してくれていたようだ。
部屋に着くと、殿様とその息子のイエナガ、カエデ姫の従者であるテツが頭を抱えていた。
「よくぞ来てくれた……」
「……」
殿様は目の下に隈が出来ている。
どうやらあまり眠れていないようだ。
それもそうだ。あれだけ溺愛していた娘が拐われたのだ。
しかも人類の要となるスキルの保持者。
心配するなという方が無理があるか。
「それで、カエデ姫はいま……」
「……どうやら、魔王の城に囚われているようだ」
「……やはりそうですか」
どこか別の場所に隔離されているかもとも思ったが、殿様のことだからカエデ姫に位置検索の魔法ぐらい施しているだろうとは思っていた。
おそらく、それで姫の居場所を確認してあるのだろう。
「それで、どうやって姫を?」
今も3人で話していたようだし、どこまで話が進んでいるのか聞いておかないとな。
「……うむ。それなんだが、なかなか難航していてな。
魔王の、というより魔族の領域には転移できないので、行くとしたら最も近いエルフの大森林か巨人の国に転移してから魔族の領域に向かわねばならん。
とりあえず先見隊を派遣させはしたが、魔族の領域は魔族や魔獣が多くて進むのに苦労しているようなのだ」
まあ、そうだろうな。
魔族の領域はそれこそ敵の本拠地だ。
それなりの実力者を揃えなければ進軍など難しいのだろう。
「<マリアルクス>には報告してあるのですか?」
人類の要であるカエデ姫の奪還は<マリアルクス>も他人事ではないはず。
戦力を揃えるという観点からも重要になってくるだろう。
「うむ。すでに王には通達してある。
だが、あちらは万が一結界が解除された時のために南の<リリア>に戦力を集めなければならない。むろん我々もそうしているが。
そのため、あまりカエデの救出には戦力を投入できないと返事があったのだ」
「……なるほど。まあ、その通りですね」
姫の救出に戦力を割きすぎて守りを手薄にしたところで結界がなくなれば敵の思うつぼだろう。
<マリアルクス>の王ならばそんな愚かなことはしないだろう。
こちらは結界がなくなった時に備えるから姫の救出はおまえらがやれということか。
「……それで、俺たちにも連絡をしていたんですね」
「うむ。そうなのだ」
殿様が困ったような、申し訳ないような表情を見せる。
今はとにかく姫を助けに行ける戦力が欲しいということか。
「俺たちに出来ることなら手伝いましょう」
「そうか! ありがとう! 心から感謝する!」
俺が協力を申し出ると、殿様は嬉しそうに立ち上がって深く頭を下げてきた。
イエナガとテツもそれに合わせて頭を下げる。
「……それで、具体的な突入方法は?」
3人が再び頭を上げた頃を見計らって話を進める。
今は時間も惜しいのだろう。
「……うむ。それなんだが、正直、いま<ワコク>から出せる実力者はあまりおらんのだ」
殿様が困ったような顔をする。
「<ワコク>の兵に多いのは忍の類いのジョブの者が多く、それ以外の者は武士というジョブの者が多いのだが、実力者の多くが<リリア>に行ってしまっていて、今は数を用意することぐらいしか出来んのだ。
本当ならワシが行ってしまいたいところなのだが、それはさすがに2人に止められてな」
殿様がイエナガとテツをちらりと見ると、2人はうんうんと頷いていた。
それはそうだろう。
国のトップが敵の本陣に突入するわけにはいかない。
たとえ本人にそれだけの実力があったとしても。
「……そうでしたか。それなら俺たちだけでも……」
「俺が行きます!」
「テツ!?」
俺が自分たちだけで行こうとしていたら、テツが前に出てきた。
殿様が驚いたように目を見開く。
「テツ。おまえには殿の側に控える役目があるだろう」
「……っ。ですが、姫は私の主です。
自らの主を守れず、何のための従者でしょう」
イエナガに言われてテツは少し怯むが、それでも決意は固いようだった。
正直、俺としては俺の万有スキル『百万長者』のことを知らない人間はいない方がやりやすいのだが。
テツには個人的な感情からも俺たちに同行したいという気持ちがあるのだろう。
もし殿様がそれを許可するというのなら俺には拒否することは出来ないな。
「……」
殿様は黙ったままテツを見つめる。
「殿っ! お願いします!
殿のお側を離れるという不敬なことをお願いしていることは承知しております!
これが終わったら如何様にも処分していただいて構いません!
ですからどうか、どうか今回だけはっ!」
テツはそう言いきると頭をバッ!と下ろした。
「……テツ」
「……はいっ!」
テツが腰は曲げたままで下げた頭を上げる。
「……カエデは幸せ者だな」
「……はい?」
ふっと微笑む殿様の真意を理解できず、テツは首をかしげた。
「忠臣を持って幸せだと言ったのだ。
必ずカエデを連れて帰れ。
もちろんおまえも生きて帰るのだ。
これは命令だ、いいな」
「……はいっ! ありがとうございます!!」
テツの目をまっすぐに見て告げた殿様に、テツは再び深く深く頭を下げる。
「わかりました。テツさん。
よろしくお願いします」
「お願いします! 絶対に足手まといにはなりませんので!」
俺が手を出すと、テツは力強く握り返してきた。
その熱量からテツの想いが伝わってくるようだった。
「我々は引き続き魔族との戦争に向けて準備を進めてまいります」
「……ああ、お願いします」
「そういうことなら、私はいったん国に帰るのだ」
「ノア?」
話が一段落したところでノアが手をあげた。
「私は影人たちと一緒に戦うと決めた。
だから巨人族も戦いに参加するのだ。
戦士たちを揃えるために私は国に帰って準備するのだ!」
「そうか、わかった。それは助かる」
ノア率いる巨人族は強い。
彼らが加わればかなりの戦力アップが見込めるだろう。
「あ~、それなら私も抜けようかな」
「ミツキ?」
ノアの発言を聞いて、ミツキも口を開く。
「冒険者ギルドにも詳しい報告と、あとはエルフの大森林にも行って協力を仰いでくるよ。
長とも面識はあるし話が早いと思うから」
「そうか。たしかにエルフに一番近いのはミツキかもな」
冒険者たちのレベルは意外と高い。
並みの兵士以上の働きをしてくれる可能性は高い。それなりに金は必要だが。
それにエルフは高い魔力と強い弓を持つ。
長の元で修行したことがあるミツキなら、そんなエルフたちに話をつけられるだろう。
「皆さん。本当に、ありがとうございます!」
殿様は感激したように何度も頭を下げていた。
「じゃあ、魔族の領域に向かうのは俺とフラウとプル、それとテツさんの4人だな」
「はいです!」
「ん」
「よろしくお願いします!」
ずいぶん少数になったが、秘密裏に動くにはちょうどいいかもしれない。
さすがに正面切って突入するわけにはいかないからな。
なんせ行くのは敵の本拠地なんだから……。
しかし、戦争……そうか、これは戦争なんだな。
前世での俺の仕事はおもにその戦争が起こらないように立ち回ることだった。
時にその首謀者を始末したり、あるいは引き金となりそうな奴を脅して引っ込ませたり。
じつにいろんなことをした。
だが、この世界ではそれがもう起こっていた。
俺も戦争とやらに顔を突っ込むのは初めてだ。
今まではカエデ姫の結界があったから実感がなかったが、いま人類は魔族と戦争をしているのだ。
カエデ姫の奪還はある意味、前世での俺の仕事に似ている。
要人の救出。
今回の任務はかなり重要なものになりそうだ。