第二百話 女王の帰還。宴。そして……新たな始まり
「待たせたな」
「ヴラド、おかえりなのだ~」
しばらくして戻ってきた女王をノアと吸血鬼たちが中心となって出迎える。
吸血鬼たちはいまだ再生途中の者や、何がなんだか分からない状態の者もいたが、全員がスカーレットの【魅了】の呪縛から解き放たれ、全国民で女王を迎えたのだ。
俺とフラウはプルに治癒魔法をかけてもらっているミツキに寄り添っていた。
傷の深度がひどい右腕は少し継続的な治癒が必要だが、ちゃんと元通りになるようだった。
「女王」
「! 影人」
俺はその場を離れ、国民たちを労う女王のもとに向かった。
「……スカーレットは?」
「ん? ああ、ここだ」
「ここ?」
女王はそう言うと、右手を持ち上げてみせた。
そこには手のひら大の赤くて丸い塊が浮かんでいた。
液体なのに容器などに入れなくても形を崩さないところを見ると、魔法か何かで圧力をかけてその状態にしているのだろう。
「これがスカーレットだ。
復活できないよう、こちら側の準備が整うまでは我がこの状態で管理することにした」
女王が言うには、スカーレットにはまだ聞きたいことがあるので生かしておきたいとのことだった。
それが終わればきちんと消滅させるし、それまで自分が責任をもって管理するから信用してほしいと言われた。
俺はそもそも吸血鬼の問題だし、女王の手元以上の保管場所なんてないだろうから問題ないと告げた。
ちなみに、女王が相手をしていた第二位真祖は自分が暮らしていた村に帰ったらしい。
フラウの聖剣の効果はそこまで及んでいたようで、赤い光が消えていることはちゃんと確認したそうだ。
「それにしても、とんでもない威力だな」
女王は夜想国中を一掃した聖剣の威力に驚いていた。
俺の力が流入したことを話したら、とても興味を持っていた。
その後、グレイグやミツキを含めた、スカーレットの【魅了】に操られていた全員が女王を始めとしたこちら側の者たちに頭を下げた。
俺たちはもちろんのこと、女王も気にするなと声をかけていた。
これを機に、外に出ていた吸血鬼も何人か戻ってくるようだった。
「ほいほいっと」
夜想国の結界は女王とプルによって強化され、今後、もしスカーレットの【魅了】のように他者の魔力に侵された者が国に入ろうとした場合、それを感知し、拘束するようにしたらしい。
その後、きちんと調査したあとに入国を認めるかどうかを判断するようにするとのことだった。
そして、
「影人。プル。ノア。フラウ。そしてミツキも。
この度は本当に助かった。
おまえたちが手を貸してくれなければ、今ごろこの国はスカーレットの手に堕ちていただろう。
おまえたちは我ら吸血鬼の朋友だ。
まずは今宵、存分にもてなさせてくれ」
女王を先頭に、俺たちは国民全員に頭を下げて礼を言われた。
その後の宴ではとんでもなく豪華な料理が大量に並べられ、うちの大飯食らいたちが満足するまで飲んで食べての大宴会となったのだった。
そして、その夜更け。
「……」
結局、その夜は雑魚寝みたいになって、俺はフラウにかけてある毛布を直して1人夜の散歩をすることにした。
「影人」
「! 女王」
飲み物片手に歩いていると、女王がどこからか現れて声をかけてきた。
城に戻ったと思ったんだが、俺が動いたことに気付いてわざわざ転移してきたのだろうか。
「……」
「……」
俺たちはそのまま近くのベンチに腰をおろした。
「なんだか、戦いの前みたいだな」
「ん? ああ、たしかにそうだな」
俺は女王の館で夜想国を一望した時のことを思い出した。
女王もくすりと笑いながら同意していた。
「……なあ、ちょっと聞いてもいいか?」
「なんだ?」
せっかくの機会だったので、俺は気になっていたことを聞いてみることにした。
「……スカーレットに聞きたいことってなんだ?」
「……それはまあ、長い付き合いだしいろいろあるだろう」
女王はこちらを見ずに短くそう答えた。
はぐらかしてきたようだ。
「……それは、ノアが館の地下で見た魔王直属軍と関係があるのか?」
「……!」
俺が再度尋ねると、女王は驚いたようにこちらを見てきた。
俺はノアから館での話を聞いていたのだ。
魔王直属軍の1人が館の地下で捕らえていた吸血鬼たちの牢を壊し、さらに何かを探していたようだった、と。
「……それに関しては言えない。
スカーレットに聞きたいこともそれに関することだからやはり言えない。
手を貸してくれた朋友には申し訳ないんだが、我はおまえを殺したくはないのでな」
「……! なるほど」
何やら人には言えない秘密を抱えているということか。
どんな相手でも知られたら殺さないといけないぐらいの。
女王が妹だからとスカーレットに温情をかけるようなことをするとは思えなかったが、どうやら本当に聞きたいことがあるだけだったようだ。
「……わかった。
俺は何も聞かなかったし、知ろうともしなかった。
そういうことにしておいてくれ」
「……すまない。
恩に着る」
俺がそう言うと、女王はぺこりと頭を下げた。
「……影人」
「ん?」
「いや、その……なんだ」
「……なんだ?」
女王はなんだか急にもじもじとしだした。
何かあるのだろうか。
「……い、いや、やはり何でもない。
今回は本当に助かった。
おまえたちが困った時は我ら夜想国が力を貸そう」
女王は何か言いたかったようだが、それを打ち払って手を出してきた。
「ああ、それは助かる。
その時は遠慮なく助力を願うことにするよ」
そして、俺たちは固く握手を交わしたのだった。
「……」
「宜しかったのですか?」
「おわぁっ! グレイグ!!」
影人が去ったあと、その後ろ姿を見送る女王にどこからともなく現れたグレイグが声をかけた。
「吸血鬼にとって自分の血を吸わせることは求愛、つまりは求婚と同義。
そして、女王はそれを影人になら良しと思ったのでは?」
「……いや、良いのだ。
そうなると、我は影人を吸血鬼にしなければならない。
さらには女王の伴侶ともなればこの国に拘束されてしまう。
影人には他にやらなければならないことがある。
こんな所に留めておくことなど出来ないよ」
「……左様でございますか」
女王の微かに憂いを含んだ瞳をグレイグは見ないように頭を下げた。
「……それに」
「……はい?」
「我ら吸血鬼は不死だ。
影人の使命がすべて終わってから迎えるのも悪くはない。
我は、諦めが悪いのでな」
「そうですか!」
にやりと笑う女王に、グレイグも嬉しそうに笑ってみせた。
「もう行くのか」
「ああ。スカーレットの件はギルド含め、人間の王たちにも報告しないとだからな」
翌日、俺たちは夜想国の入口の門で女王に見送られることになった。
これからこの国は復興に注力しなければならないから、あまり長居するわけにもいかないからな。
「……そうか。
すぐには手を貸せないかもしれないが、国が復興し、時が来たら、我らも馳せ参じるとしよう。
その時はまた再び、ともに戦おうぞ」
「ああ、ありがとう」
「じゃーね~!」
「さようならです~!」
「ヴラド、またねなのだ~!」
「ばいちゃ」
そして、俺たちは夜想国をあとにした。
「いや~、なかなか大変だったのだ~」
「ホントね~。
温泉にでもゆっくり浸かりたいところよ~」
「それ、いいですね!」
「うん、ゆっくりしたい」
夜想国の結界から出たところで転移しようと、俺たちは森の中を話しながら歩いた。
そして、国の結界から出た瞬間。
『……人!
影人殿っ!』
『! えーと、その声はテツさん?』
<ワコク>のテツから緊急念話が届いたのだった。