第二十話 3人の転生者
「かつて、この国には多くの転生者がおった。
それこそ、今の他国の転生者の数を大きく上回るほどの人数がな」
そう言って、殿様は昔語りをしてくれた。
「儂は突然このような見知らぬ世界に来てしまった転生者の子たちを可哀想だと思った。
だから、1人でも多くの子たちを招き入れ、少しでも安心させてやろうと、勇者だともてはやし、暮らしを保証した。
皆、本当に良い子達ばかりで、進んで農作業を手伝い、文明が先の時代から来た子は、この国の文明レベルをより住みやすくするために奮闘してくれた。
そのおかげもあって、<ワコク>は強固な壁に守られた豊かな国へとなっていった。
そして、その噂は他国へも流れ、他の国にいた転生者も何人かこの国へと流れてきた。
儂はその子たちも同じように歓迎した。
他国からはよく思われなかっただろうがな。
だが、そんな折りに魔王が降臨した。
魔王の力は凄まじく、瞬く間に他種族の国を蹂躙した。
儂はその時点で<ワコク>に来てくれた転生者たちを各地に戻した。
1人でも多くを助けるためにと。
そうお願いをしたら、彼らは喜んで各地に散ってくれた。
皆は本当によくやってくれたよ。
それでも魔王の力は強く、とうとう人間の領域となる西の国<アーキュリア>にも歯牙を伸ばした。
<アーキュリア>の王は殺され、国は滅ぼされた。
その地に行った、転生者の子たちも…………。
そして、魔王が南にも手を伸ばそうとしていた頃、カエデを含む転生者が3人ほど降臨してきた。
きっと女神様がこの窮状を察して遣わしてくれたに違いないと、儂はその3人をさっそく保護し、現在の状況を説明した上で、手厚く歓迎した。
そん時の儂は必死でな。
結局は転生者の子たちを戦力としてしか見ていなかったことに気付けなかった。
1人はジュンという男の子で、彼は【金剛身体】という、自らの肉体を金剛に変え、物理無効・魔法無効という効果を得るという、戦闘に特化した強力なスキルを持っていたので、南と西の国境付近で防衛戦に参加してもらうことになった。
彼はゲームというのが好きなようで、喜んで戦場に飛び込んでいった。
もう1人はサユキという女の子で、補助系のとても強力なスキルを持つ、明るく優しい子だった。
彼女のいた世界では、携帯電話と呼ばれる機械が必需品のようで、それを使って、遠く離れた人物と会話をしたり、文字を送ったりすることが出来たそうだ。
この世界にも念話の魔法はあるが、距離も限られているし、妨害や盗聴がされやすい。
うっかり作戦を話そうものなら相手に筒抜けだ。
わざと相手に聞かせるためにすることはあるが、なかなかに実戦での運用は難しく、ましてや文字のみを相手に転送することは出来なかった。
サユキはこの世界に転生される時、何よりもその携帯電話がないことに悲しんだそうだ。
そんな彼女が選んだスキルは【無料通話】というスキルで、一度実際に会って相互承認すれば、いつでもどこでも何度でも念話が可能で、魔力消費も距離制限もなし。
同時に複数人との念話もできて、頭の中に思い浮かべた文字や映像を送り合うこともできた。
さらには、魔法やスキルによる妨害や盗聴の影響を一切受けないという、凄まじいスキルだった。
そして、3人目のカエデは知っての通り、結界を張るスキルで、【守護天使】という名前だった。
しかし、カエデは初めの頃は争いを極端に拒み、城から出ることを恐れた。
スキルの効果範囲も今より狭く、自分のいる城を囲うので精一杯だった。
本来ならば、それでも十分すごいのだがな。
儂は無理に戦闘に参加する必要はないと、カエデには城の警護という名目を与え、そっとしておくことにした。
ジュンとサユキの参戦によって、魔王の指揮する南への侵攻軍は撤退を余儀なくされた。
中でもサユキのスキルは大いに猛威を振るった。
参戦している全兵士に対してリアルタイムで詳細な作戦が伝えられるのだ。
現場の情報も逐一報告が上がり、それを隊長格がまとめてサユキに報告。サユキを経由して指揮官が指示を出す。
挟み撃ちなどのタイミングも完璧に合わせられるのだ。
2人のおかげで、まさに破竹の勢いで人間は領土を取り返していった。
そうして、何とか西の国境まで侵攻軍を押し返した時、
ジュンが殺されたんだ。
魔王の魔力によって強化された、魔王直属兵の1人が現れ、西の国境にいた人間軍を1人でなぶり殺しにしたのだ。
ジュンとともに参戦していた転生者の子たちも、全員。
そして当時、サユキもまた西の国境付近にいた。
スキルを使いながら、さらに現場のケガ人や難民の保護を手伝っていたのだ。
それを知っていた西の国境の人間軍の者たちは、サユキだけでも<ワコク>に避難させなければと、勝てないことは承知の上で、サユキを逃がす時間稼ぎのために魔王直属兵に立ち向かい、全滅した。
あの子たちは皆、とても良い子たちでね。
世話になった人たちを1人でも多く守るためにと自ら危険な戦地へと赴いていった。
戦ったことも、武器を持ったことすらなかったと言っていたのに。
本当に、良い子たち過ぎたよ。
そうして、サユキは無事に西の国を抜けて南の国の北側から東の<ワコク>に帰ろうとしていた。
その矢先、サユキは暗殺された。
裏切り者がおったのだ。
というよりも、西の国境で魔王直属兵に【魅了】をかけられた兵士がいて、その兵士の動向を追跡できる類いのものだったようで、サユキがカエデに念話をした瞬間、その兵士がサユキを刺したのだ。
サユキのスキルは強力であるがゆえに、敵には決して知られてはいけないものだった。
魔王軍も、人間軍の破竹の勢いに、転生者によるスキルを疑ってはいたが、その詳細を掴めずにいた。
だが、サユキが詠唱も何もなしに、ましてや、その兵士にも念話で作戦状況を流している最中にカエデにも念話を使った。
やつらは、サユキこそがこの侵攻作戦を妨害する最大の障害だと判断し、兵士に殺させた。
そして、カエデは、その時の声も何もかもを、サユキの念話を通じて聞いていたのだ。
サユキがこと切れ、念話が切れた瞬間も。
そして、最大の障害も、転生者の多くも葬った魔王軍は再び侵攻しようとしていた。
だが、それを突如覚醒したカエデのスキルが阻んだ。
カエデのスキルは【守護天使】から【守護女神】へと変遷し、魔王直属兵でさえ破壊できない強力な結界を、人間の領域全てに展開してみせたのだ。
<ワコク>に個別に結界を張った上で、な。
そうして、魔王軍による侵攻作戦は一度仕切り直しとなり、現在ではたまに出来る結界の隙間を潜り抜けてくる魔族や魔獣たちと小競り合いをする程度に落ち着いたというわけだ」
そこまで言って、殿様はいつの間にか渡されていた、酒の入った盃をくいっと傾けた。
「そういうわけで、この国にはカエデしか転生者がいなくなってしまったのだ。
儂もその戦で薬が届かずに、妻を病で亡くしてね。
儂とカエデは互いの傷をなめ合うように、親子となったのだ」
「なるほど。
そうだったのですね」
まさに戦争の歴史だった。
歴史の教科書ぐらいでしか、そんな大規模戦闘を知らない俺には想像しかできないが、きっと尋常ではない沈痛な思いだったのだろう。
「そういったことがあったから、その後は転生者の保護を行っていなかったのですか?」
「それは、」
俺の質問には、トリアが殿様の代わりに答えてくれた。
「そもそもそのあとに転生者が来ることも少なかったのですが、来た転生者はほとんど北と南に行きました。
西は滅びてしまいましたし、東は転生者の被害を出しすぎたという噂が広がり、神樹に降臨した転生者は北と南の使者からその話を聞き、どちらかに行くことになるようになったのです。
私たちも積極的に転生者を誘致しなくなったこともありますが」
トリアはそこまで言って、悲しそうに俯いた。
「トリアも、カエデとともに、サユキとは仲が良かったからな」
そのあとを引き継ぐように、殿様が再び口を開いた。
「3人が来たばかりの頃は、よくサユキが現代の話し方を教えてやると、いろいろと話をしていた。
カエデの今の話し方も、サユキに教わったものだ。
サユキが亡くなった時、カエデの取り乱し方は尋常ではなかった。
トリアが慰めてくれなければ、どうなっていたか」
「他の国では、転生者の戦死者は出なかったのですか?」
「北の<マリアルクス>の王は現実主義な男でな。
魔王直属兵が出てきた段階で、すぐに転生者を引かせた。
一般兵を盾としてな。
儂も一国を守る王として、撤退を命じていた。
ただし、極力、全軍をな。
だが、サユキのこともあり、彼らは足止めを選んだ。
特に転生者の子たちは、一般兵を逃がすために、力を持つ者として残ると言って聞かなかった。
そして、<ワコク>の一般兵もそれに続いた。
だから、うちの転生者の子たちや兵士たちの甚大な被害のもと、儂のとこの兵たち以外の者たちは生き永らえることができた、というわけだ」
殿様は再び酒をくっと喉に流したあと、
「本当に、呆れるくらいの良い子たちだろ?」
そう言って、哀しそうに笑ってみせた。