第二話 あのパンダ、やりやがった
「ここは、森か」
パンダの格好をした自称神に地上に落とされた俺は、どうやら森の中に現れたらしい。
「まあ、いきなり王の玉座とかに飛ばされなくて良かったな」
そんな所に飛ばされて、なし崩しで勇者として魔王討伐の旅とかに出されたら堪らない。
そんな大々的に宣伝されたら、格好の的だからな。
秘密裏に動きたかったし、ちょうどいい。
「さて、まずは確認からか」
何をするにも、まずは自分を知るところからだ。
自分に何ができるのかが分からなければ、それは何もできないのと同じだからな。
そう思って俺はまず、異世界転生モノのお決まりから試していった。
「ステータスオープン!
は、駄目か」
「アイテムボックス!
も、なし」
「鑑定!
も、できないか」
「えーと、スキル発動!
でもないのか」
異世界転生モノの冒頭シーンを思い出しながら、思い当たるものを次から次へと試してみたが、いっこうにそれらしいものは出てこなかった。
「あー、くそ。
これじゃあ埒が明かない」
だんだんと面倒くさくなってきたので、俺はすーっと、思い切り息を吸い込んだ。
「おい!このクソパンダー!」
『パンダじゃありません!』
「お、出たか」
パン神に思いっきり呼び掛けたら、頭の中に声が流れ、パンダのイメージ映像が脳裏に浮かんだ。
『もう、なんなんですか!
本来、私はこの世界の存在と個別にコンタクト取るのはNGなんですよ!』
パンダはそう言いながら、両手(両足?)をバタバタさせていた。
「いや、異世界モノが好きなら、冒頭シーンぐらい何か用意しといてくれ。
せめて、自分のスキルぐらいは知りたいんだが」
俺は呆れながら、自称神のパンダにそう告げた。
『なんか、ナレーションが酷い気もしますが、そういえば、あなたは自分でスキルを決めたわけではないから、スキル名を知らないんでしたね』
「スキル名か」
『はい。
スキルは、自分のスキル名を自らの内に語りかけることで、その詳細を知ることができます。
スキルを決めなかった方は初めてなので、説明するのを忘れていました』
「なるほど」
それは確かに、説明されていないと分からないな。
『これでいいですね。
今後、私を呼びつけるのはなしですよ!
私が怒られるんですから!
神の世界だって世知辛いんですからね!』
「俺に被害がないなら、別にいいか」
それならば、ことあるごとに呼びつけようと思う。
『………また私のことを呼びつけたり、変な名前で呼んだりしたら、神の裁量を超えてでも、肉片ひとつ残らず、あなたを吹き飛ばしますからね』
「うん!
ごめんなさい!」
「さて、」
神との対話を終え、周辺の安全確認を済ませたら、近くにあった、一際背の高い木の幹に腰を下ろした。
どうやらここは、広大な森のほぼ中心地に位置する場所のようだった。
背の高い木に登って周りを確認しても、ほぼ森しか目に入ってこなかったのだ。
普通の学生がこんな森のど真ん中にいきなり放り出されても、無事にサバイバル出来るのか甚だ疑問だが、まあ俺は問題ないから別にいいか。
そんなことよりも、まずはスキルの確認だ。
身体能力やら魔法やらも気になるが、この世界においては、まず間違いなくスキルが大きく影響してくる。
「それひとつで、人の人生を決定してしまうほどのものだからな」
この世界の住人からしたら、それが当たり前なのかもしれないが、俺からしたら、それは恐怖でしかない。
それになにより、それに縛られるのが怖かった。
強力なスキルは確かに魅力的だが、それは戦略の幅を狭め、それに頼った戦術になりやすい。
汎用性が求められるのは、元の世界の歴史が証明してるからな。
だから、それに頼らないためにもスキルはいらないと言ったのだが、得てしまったのなら、それは確認しておかなければならない。
不確定要素はないに越したことはない。
「スキルに語りかける、だったか」
俺は目を閉じて、神から教えてもらったスキル名に語りかけた。
『万有スキル『百万長者』。
おまえの詳細を教えてくれ』
名前から嫌な予感がしたが、それはすぐに的中した。
ヴヴン!!!
「うわっ!」
突然脳裏に膨大な数のスキル名が浮かんできて、俺は思わず声をあげてしまった。
「えっと、」
膨大な量のスキル名に目が眩んだが、とりあえず端から順に、そのものすごい数のスキルを見ていくことにした。
『鑑定』
『結界』
『追跡』
『料理の鉄人』
『ドミノの達人』
『岩窟王』
『遠投』
『ダンスマスター』
『囲碁の達人』
『槍投げの名手』
『火魔法強化レベル1』
『空間把握』
『竜鱗』
『デコピンマスター』
『石の上にも三年』
…………ほか超多数。
『………ああ、分かってる。
こっちのツッコミ待ちだってのは十分分かってる。
あのパンダにツッコんでも、
「いや、あれは、あれで1個のスキルなのでー」って言うのは分かりきっている。
それでも、
それでも1回だけツッコませてくれ。
そしたら、おとなしく引き下がるから。
そういうものだって受け入れるから』
すーーーーっと、大きく息を吸い込んだ。
「多すぎだろーーーーー!!!!」
むなしい谺とともに、遠くで鳥が飛び立つ音が聞こえた。
「さて、一つひとつ確認していくのは骨が折れるな」(←受け入れた)
大量のスキルは、文字通り百万個はありそうだった。
「魔法系はまだ分かりやすいな。
火、水、風、土、雷、光、闇、
それぞれ各属性ごとに強化できるのか。
結界とか鑑定とかは、まあ文字通りなんだろう。
『岩窟王』とかは何なんだ?
あっちの世界のことわざとかも、もはやネタとしか思えん」
そもそも、順番も何もあったものではなかった。
数多のスキルが何の脈略もなく、雑多に並んでいることが、それらを把握することをさらに難解にさせていた。
「せめて、五十音順とか、役割ごとに並べといてくれないもんかね」
『スキル表をカテゴリ別に編集しますか?』
「うわっ!」
思わず漏れた独り言に応えるように、突然頭の中に誰かの声が響いた。
それは若い男性の声のように聞こえたが、どこか機械的で、感情のない声だった。
『あんたは?』
俺はその声に頭の中で尋ねてみた。
『万有スキル『百万長者』に付随されるサポートシステムです。
主な役割は、
①『百万長者』のスキルの把握
②スキル保有者のスキルに関する問いへの回答
③脳内スキル一覧の編集
④『百万長者』内のスキルの統廃合
⑤『百万長者』内のスキルの、他者への貸借
ほかに、それらに付帯する作業全般となります』
『なるほど。それは助かる』
実際、全てのスキルを把握するのは諦めようとしていたところだったから、まさに渡りに船である。
『親切なのは助かるが、なんで初期設定があんなにぐちゃぐちゃな並びなんだ?』
『………それは、神が設定したからです』
『あ、うん。
もう分かったよ。
簡潔な説明ありがとう』
感情のない声のはずなのに、どこか憂いを帯びたその説明に、俺は全てを察した。
『よし!
じゃあ、唯一の良心であるあんたにいくつか質問したいんだけど、いいかな?』
俺は気を取り直して、そのサポートシステムを頼ることにした。
『先ほどの役割に沿う形でしたら、如何様にも』
彼?はもともとの感情の感じられない声で回答してきた。
『えーと、まずは、
スキル一覧の編集ってのは、どこまで出来るんだ?』
『五十音順、系統別、近似の使用法別、家庭用と戦闘用など、
マスターのお好きなカテゴリに分けることが可能です』
『なるほど』
マスターというのは、彼の俺に対する呼び名らしい。
仰々しくてこそばゆいが、そういうものなのだろうから、慣れるとしよう。
『それなら、少し複雑な分け方をしてもいいか?
まず、言っていたように、家庭用と戦闘用に。
そのあと、戦闘用は魔法と技能に。さらにそれぞれを攻撃と補助に。その上で似たような効果のものをまとめてほしい。
あ、魔法はさらに属性別にしてくれ』
『承知しました』
無茶な注文かとも思ったが、当然のような返事が返ってきた。
そしてすぐに、
『お待たせ致しました。
ご要望のカテゴリに分別しました。
一覧をご覧になりますか?』
『早いな。
頼む』
『かしこまりました』
ヴヴン!!
「おおっ!」
返事をして数秒もたたずに作業は完了し、脳裏に理路整然と並べ替えられた膨大なスキルが浮かんだ。
『なるほど。
これなら分かりやすい』
並べ替えられたスキル表は、まさに俺の要望通りだった。
【戦闘用】【家庭用】【魔法】【技能】など、
それぞれにタグ付けがされていて、頭の中でそこをクリックするイメージをすると、見たいスキルが浮かび、さらにそこに意識を向けると、そのスキルの詳細を知ることが出来た。
「これなら、すべてを把握できそうだ」
まだまだ改良の余地はありそうだが、とりあえずはこれでいいだろう。
『よし。次だ』
『はい』
次は6月25日に投稿します。