第百九十七話 対ミツキ戦
「ご主人様!」
「ああ、待たせたなフラウ」
俺がフラウたちのもとに駆け付けると屋根の上にいるミツキの手から、広場にいるフラウに向けて矢が放たれたところだった。
俺は即座に闇の力で脚部を集中的に強化し、一気に駆け抜けた。
そして、寸でのところでフラウに向かっていた矢を黒影刀で叩き落としたのだった。
「……ああ、影人。
助かったわ」
ミツキは天に矢を放ちながら目線だけをこちらに向けて、ほぅと安心したように息を吐いていた。
天に向けて放たれた矢は曲線を描き、夜想国内を駆け、女王側の吸血鬼を貫いているようだった。
真祖を倒され、次々と拘束されていくスカーレット側の吸血鬼がそれでも勢いを落とさないのはミツキの援護によるところが大きい。
さっさとミツキを【魅了】から解放しなければ……。
あるいは、せめてこれ以上攻撃できないように拘束しないと。
「……ミツキ。
一応聞くが、それは自分では止められないんだよな?」
「当たり前じゃない。
もうさっきから指が痛いのよ」
ミツキは困ったような顔で矢を放ち続けている。
ミツキの指から伝った血が腕に滴っているのが見えた。
早く何とかしてやらないと。
「……フラウ。
【聖剣】はどうだ?」
俺は再び光の巫女の力を掌に集中しようとしているフラウに目を向けた。
「……それが、さっきから力を集めようとしてるですが、たぶん、【聖剣】を出すには足りないと思うです」
「……そうか」
力を使いすぎたか。
こんな事態になるなら力を節約させたんだが、おそらくプルに言われたのはしばらくたってから。
俺もフラウの気配がミツキに向かうまで分からなかったからな。
「……フラウはそのまま【聖剣】の生成に集中しろ。
ただし、周りを注意するのも忘れるな。
ミツキの矢だけでなく、まだスカーレット側の吸血鬼も残ってるからな」
「わかったです」
俺が指示すると、フラウはこくりと頷いて再び意識を集中し始めた。
ここは周りを見渡せるし、物陰から何者かが飛び出してくることもない。
集中するにはちょうどいいだろう。
あと警戒すべきはミツキの矢だ。
光の巫女の力を集中したフラウを攻撃したところからも、自分に対する敵性反応に自動で攻撃するように設定されているのだろう。
「行くか……」
俺はフラウの様子を見ながらミツキのもとに駆け出した。
同時にミツキに向けて殺気を込めた攻撃意思を送る。
「……影人」
ミツキは俺に弓を向け、一気に矢を放ってきた。
「……よし」
接近と敵性反応の同時発生を最も危険と判断して攻撃してくることは分かっていた。
俺に攻撃が向けばフラウや他の吸血鬼への攻撃がなくなる。少なくとも手をゆるめることは出来るだろう。
ミツキから放たれた無数の矢が超高速で近付いてくる。
「……いや、多いな」
飛んできた矢は予想よりも数が多かった。
数百、ともすれば千にも及ぶ矢がいっせいに向かってくる。
「……くそ」
俺は面で襲ってくる矢の雨を横に跳んで回避するが、矢は急旋回して再び俺に向かってきた。
「ちっ。
自動追尾か」
避けるだけでは駄目ということか。
俺は黒影刀に力を集中した。
先ほど吸血鬼たちを吹き飛ばした力を飛ばさずにそのまま刀に纏わせる。
星々が散る銀河のような黒い球体が刀の刀身に生まれる。
「はっ!」
それを思い切り振れば接近してきていた矢の雨の塊が消滅した。
「……はぁ。
さ、さすがね」
攻撃を消されたことで、ミツキは再び俺に弓を構える。
ミツキに疲労の色が見えてきた。
絶えず矢に魔力を込めているのだから当然か。
早いところ拘束してやらなければ。
が。
「……近付けないな」
ミツキの放つ矢は攻撃を重ねるたびに本数が増えていく。
おまけに面で攻めてくるからろくに前に進めない。
「……はぁはぁ」
ミツキの魔力はもう限界だろう。
フラウの方に目を向けると、光の巫女の力を集中しようとはしているが、なかなか力を集められていないようだった。
「……どちらかに集中するしかないか」
フラウに拘束を手伝ってもらうか、ミツキの拘束は諦めてフラウに賭けるか……。
「……影人っ!
攻撃をやめちゃダメ!」
「しまっ!」
俺の意識が思考に傾きかけた一瞬の油断の隙をついて、ミツキはフラウに矢の雨を降らせた。
「くそっ!」
俺は急いでフラウのもとに戻り、矢を一掃する。
「ご主人様……ごめんなさい。
まだ……」
フラウが申し訳なさそうにこちらを見やる。
「……フラウ」
俺は時間切れと判断して、フラウに力の集中をやめさせて拘束を手伝うように告げようと、フラウの肩に手を置いた。
「……え?」