第百九十五話 もう一人の魔王直属軍
「……ほいっとぉなのだ!」
「ぐわぁっ!!」
女王の館に到着したノアは暴れていた吸血鬼たちを次々に制圧していく。
ノアが着いた時には館は半壊に近い状態で、スカーレットの【魅了】にかかっていることを示す赤い光で館は埋め尽くされようとしていた。
「はぁはぁ。
ノ、ノア様。ありがとうございます。
助かりました」
一通り魅了状態にあった吸血鬼を吹き飛ばしたノアは生き残っていた女王側の吸血鬼を集めた。
ノアに礼を言うのは館を守る執事服とメイド服を着た吸血鬼たち。
女王の身の回りの世話をする使用人たちである。
彼らは女王の古い友人であるノアのことを、巨人の王を指すキガント・ノートではなく、本来の名前であるノアと呼ぶようだ。
「執事長が救援を呼びに行き、もうダメだと思った頃にノア様が来ていただき、本当に助かりました」
執事服の吸血鬼は受けた傷を再生しながら話す。
どうやらノアを呼びに来た男は執事長の立場にある者のようだった。
「間に合ったのなら良かったのだ。
とりあえず、粉々にした奴らはある程度再生したら拘束しといてほしいのだ」
「承知いたしました。
お任せください」
ノアの指示に従って、執事やメイドたちは館に散らばる吸血鬼たちの破片を回収・拘束しに向かった。
「……それにしても、私とヴラドで造ったあの牢獄を破壊できる奴なんているのだ?
そこらの操られてる吸血鬼には無理だと思うのだ……」
1人残ったノアは真相を確かめようと、崩壊しつつある館の地下。破壊されたという牢獄がある場所に向かった。
「お~。
見事に壊されてるのだ」
地下牢についたノアは立ち並ぶ牢の入口部分である鉄格子が軒並み破壊されている光景を見ていた。
「ん~、でもこれは壊されたって言うよりは、溶かされた、なのだ?」
ノアは破壊された牢に近付くと、それが力で壊されたのではなく、熱で溶かされたことに気が付いた。
「私とヴラドの魔力で守られている鉄格子を溶かすなんて、すごい熱量なのだ……ん?」
牢を破壊した者の手腕に感心していると、ノアは牢の先に気配を感じ取る。
それは意図的に抑えられた微かな気配だった。
「……誰がいるのだ?」
ノアはそう言いながらも、それがこの牢を破壊した者だと確信していた。
一歩一歩、暗闇の牢の道を歩く。
やがて、その道は突き当たりになり、ノアはそこに大きな体躯を持つ1人の男が立っていることに気が付いたのだった。
「……ん~?
この先にあるはずなんだが、どうやって行ったらいいんだ? これ……んあ?」
1人でぶつぶつと呟いていた男はノアの接近に気が付き、くるりと振り向いた。
「ん~?
なんだ、チビ。
何しに……って、もしかしてあんた。
巨人の王か?」
男は自分の半分以下の大きさのノアを目を凝らして見下ろした。
どうやらノアのことを知っているようだった。
「……おまえはたしか、黒炎の黒鬼なのだ。
魔王直属軍の1人なのだ?」
ノアもまた男のことを知っていたようで、黒鬼を見上げながら首をかしげた。
「……はぁ~。
まさか巨人の王か。
他のなら何とかなったかもしれないが、少し分が悪いか。
とはいえ、魔王様の命令は守らないといけないしな」
黒鬼はノアの問いには答えず、まいったまいったと額に手を当てて困っているようだった。
「まさか、直属軍がもう1人来ていたのだ?
おまえが牢を壊したのだ?」
「……ん~。
四方を土の壁に囲まれた閉鎖空間。
これは勝てないな」
たがいに話が聞こえていないかのように各々が勝手に話していた。
「……やれやれなのだ」
ノアはいっこうにこちらと話をしようとしない黒鬼にため息をついて、魔人の鎚を引き抜いた。
「……最後の質問なのだ。
おまえはここで何をしてるのだ?
牢を壊す役目はとっくに終わってるのだ」
ノアは鎚を黒鬼に向けながら問いた。
黒鬼はそこでようやくノアと目線を合わせてきた。
「探し物をしてたんだけど、見つからなかった。
この館に封印されているはずなのに。
まあ、見つからなければそれでもいいと魔王様は仰っていた。
どうせ封印が解ければ出てくるからと。
だから、今日はもう帰る」
黒鬼がそれだけ言い切ると、彼の横に突然扉が現れた。
「巨人の王よ。
今の減衰した状態では戦いにすらならないだろう。
また今度、お互い全力を出せる時に思いっきり戦おう」
「あっ! 待つのだ!」
黒鬼はそれだけ言うと、扉の中に消えていった。
ノアは慌ててそれを追おうとしたが、扉はノアが触れる前にすうっと姿を消してしまった。
「……いったいなんだったのだ?」
黒鬼が姿を消したあとも、ノアはしばらくそこで呆然としていたのだった。
「……ちぃっ!」
女王は苦戦していた。
第2位真祖であり転生者でもあるカナの攻撃の厄介さにもだが、スカーレットの姿をいっこうに捕捉できないことに。
スカーレットの姿はもちろんのこと、気配や魔力の残滓さえ捉えられずにいた。
女王の感知能力において、そんなことはあり得ることではなかった。
自分の眷属ならばなおのこと。
「……これは、何か特殊なスキルを使っているな」
親である自分の感知さえかいくぐるほどの隠匿系のスキル。
それをスカーレットが自力で修得したとは思いにくい。
だとしたら魔王か誰かがスカーレットにスキルを渡したことになる。
「……影人に似たスキルを持つ者がいるというのか?
だとしたら、それはかなり厄介な存在だな」
「まったく。私の攻撃を迎撃しながら考え事とか、ずいぶん余裕ね」
「おっと!」
女王が考えに集中しかけていたところにカナが炸裂弾を撃ち込んできた。
その爆発に巻き込まれないように女王は大きく回避する。
「カナはスカーレットの居場所を知らないのか?
それか、せめてその隠匿系のスキルのことが分かれば助かるんだが」
女王は対峙するカナに尋ねた。
スキルのことが少しでも分かれば、そこから何か糸口を掴めるかもしれないと考えたのだ。
「私は何も聞かされてないから無理よ。
私に与えられた命令はあなたの足止めだけ。
それに、もし言われてても言えないと思う」
「! ……そうか」
カナの言葉に女王は反応する。
カナは足止めを命じられたと言った。
つまり、スカーレットが何かをするまでの間の時間稼ぎということだ。
「……やはり、スカーレットは何かをしようとしているわけだ」
「……さ、続きをやりましょ」
言わんとすることが伝わったのを確認すると、カナは両手にマシンガンを生成した。
「……ふむ。
まずはカナを無力化しないと探すこともできんか」
女王はそれに対し、真っ向から受けて立つことにしたようだ。
「そうね。
たぶんそれが一番早道だと思うわ」
そして、カナは女王に向けて引き金を引いた。