第百九十二話 それぞれの戦いへ
「……でも、同じ闇属性の力なのに吸血鬼をあんなに簡単に吹き飛ばせるものなのか?」
俺は穿たれた目の前の地面や吸血鬼の欠片を見やりながらプルに尋ねた。
「それほどあの魔力は高密度なだけ。
属性なんて関係なしに単純な力だけでゴリ押しした感じ」
「なるほど。
属性次第ではさらに威力が上がるのか。
これは加減を気を付けなければ大変なことになるな」
「うん。
ハンバーグがいっぱい出来そう」
やめなさい。
「……ん?」
そこまで話してふと気が付く。
プルが一緒に連れてきているはずの、牢獄にいた味方の吸血鬼が見当たらないことに。
「そういえば、牢獄の吸血鬼たちはどうした?
もう選別は終わってるんだろ?」
スカーレットの【魅了】にかかっているかどうかを判別する魔法。
それを開発し終えたプルは女王の要請のもと、嫌疑がかかって牢獄に入れられていた吸血鬼を選別し、援軍を連れてくるはずだったのだが。
「……いなかった」
「……え?」
表情は変わらないが、プルは少しだけうつむいてポツリと呟いた。
「吸血鬼専用の牢はほとんど血と肉しかなかったけど、一応個体は判別できた」
たしか、超速再生を持つ不死の吸血鬼を拘束しておくため、絶えず攻撃魔法が放たれていると言っていたな。
「でも、全部が赤い光に包まれてた」
「……それはつまり」
「……全員操られてたってこと」
「……マジか」
「マジマジ」
それは想定外だ。
せめて、投獄されていた吸血鬼の半数ぐらいは味方がいるものだと思っていたが、まさか騒ぎを起こしていた奴らが全員【魅了】にかかっていたとはな。
「……まんまとハメられたな」
俺はそこここで繰り広げられている戦いに目を向けた。
こちら(女王)側の吸血鬼も善戦してはいたが、敵の数はこちらの倍。
おまけにグレイグを含めた真祖が全部で3体。
さすがに少しずつこちらの戦力が減り始めて……ん?
真祖が1人減っている?
あらかじめ真祖の気配をマーキングしていた俺は改めて街に拡がった戦場の気配を探ってみたが、先ほどこの広場にいた2体の吸血鬼のうち、高位の方の真祖がこの国のどこにもいなかった。
「……まさか」
「……たぶん、女王の方に行ってる」
プルも俺と同じことを考えていたようで、俺の言葉に続く形でポツリと呟いた。
「……それはさすがにヤバくないか?
あっちの方の真祖はかなり高位な感じがしたんだが」
あれはおそらく、グレイグよりも……。
「ん~、たぶん大丈夫。
スカーレットがどれだけ能力を強化しても親である女王に【魅了】はかけられないし、きっと邪魔される方が困る、と思う」
「……そう、か」
プルがそこまで断言するのだからきっと大丈夫なのだろう。
同じ師の元で学んだ者同士、通ずるものがあるのかもしれない。
「なら、俺たちはこっちをどうにかするか」
「ん」
女王が国を託してまで、あちら側のトップ2人を請け負ってくれたのだ。
それに応えないわけにはいかない。
「広範囲殲滅が得意なノアと、特効を持つフラウに露払いは任せよう。
俺たちで真祖を倒す。
グレイグとは一度戦ったことがあるから俺が。
プルはもう1人を頼む」
「らじゃー」
プルはこくりと頷くと、転移魔法で真祖の元へと向かった。
「よし、俺も行こう」
それを確認してから、俺はグレイグの位置反応を確かめて【影追い】でその場を離れた。
「……この辺りでいいか」
「……ぐぅっ」
夜想国からだいぶ離れた森の中に女王は降り立つ。
スカーレットを地面に投げ出すと同時に、その体を貫いていた浄化の大剣カタルシスを引き抜き、亜空間にしまった。
「……ぐ、う。
せっかく、ワタクシの動きを封じていた剣を、抜いちゃって、良かったのかしらん?」
再生力を取り戻したスカーレットは貫かれた体を再生しながらゆっくりと起き上がる。
しかし、まだダメージが蓄積されているようで動きが鈍かった。
「問題ない。
もう1人に剣を引き抜かれて使われるよりは、この剣には舞台から降りてもらった方がやりやすい」
「……気付いてたのねん」
スカーレットが少しだけ驚いたような顔を見せると同時に、森の中から1人の少女が現れる。
その人物は真っ黒な長い髪で、真っ赤な瞳をした吸血鬼だった。
背格好は女王のそれに非常に似ていた。
「……久しぶりだな、カナ」
「……うん、久しぶりね」
カナと呼ばれた少女はスカーレットの【魅了】にかかっていながらも、たしかな意思を持っているようだった。
「さすがに第2位を完全に操るのは無理だったわん。
でも、お姉ちゃんと戦わせるぐらいなら可能なのよん」
久方ぶりの再会に水を差すようにスカーレットがニヤリと笑う。
「……おまえともあろう者が不意を突かれるとはな」
「仲良くしてくれてた村の人を人質にされたのよ。
無理やり抵抗してスカーレットも連れの吸血鬼も全部討ち滅ぼしても良かったけど、1人も犠牲を出したくなかったの」
「……そうか。
優しさが裏目に出たな」
悲しそうな顔をするカナに、女王も眉を下げる。
「ふふふ、吸血鬼のくせに人間なんかと仲良しこよしで暮らしてるからよん。
むざむざ操られちゃって、バカみたいねん」
「……そうね。
残念だけど、あなたをぶち殺せないのが口惜しいわ」
カナはスカーレットをぎらりと睨み付けるが、それとは対称的に、出現させた銃を女王に向けた。
「……哀れな。
すぐに楽にしてやろう」
女王は言いたいことの全てを飲み込んで、真っ黒な鎌をその手に掴んだ。