第十九話 殿様は親バカだけど、やっぱり殿様
「先ほどは愚息が失礼をしましたな。
優秀な男なんですが、まだ若く、頭が固いもので」
「そのようですね。
相手の出方を見る前に喋りすぎてしまった」
「その通りですな。
任せてみたはいいものの、なかなかうまくいかないもので」
殿様はそう言って頭をがしがしかいて苦笑いをした。
やはりこの人は、分かっていて何も言わなかったんだな。
俺と殿様は先ほどとは別の部屋で、窓から外を眺めながら、並んで話をしていた。
フラウは殿様に随伴してきたトリアに、部屋の中央あたりで遊んでもらっている。
「俺がどんな人物なのか、見極めたかったって所ですか?」
俺の指摘に、殿様は軽く苦笑いしてみせた。
「いやぁ、バレておりましたか。
お恥ずかしい。
もちろん、イエツグを鍛える意味もありましたけどねえ」
今までのは演技だったのか。
なかなか食えないおっさんだな。
「昨日のも、今日のための布石だったのですか?
正直、最初はなかなかヤバいおっさんだなと騙されてしまいましたよ」
俺がそう言うと、殿様はハッハッハッ!と大口を開けて笑った。
「いやいや、確かにカエデのことは我が子として可愛がってはおりますが、さすがに公私は分けておりますよ。
まあですが、実はカエデを迎えてからは、イエツグやカエデの前ではああするようにしているのですよ。
反面教師な父親を見て、子供たちがしっかりしてくれればと思ってね。
実際、あの子達は本当によくやってくれている。
まあ、風呂にカエデが来てしまったのはさすがに想定外でしたがね」
我が子の成長のために、進んで道化を演じるか。
こういうのが立派な父親ってやつなのかもな。
「ところで、草葉殿はいつから儂が演技だとお気付きに?」
「今日のトリアさんの様子を見てからですね」
「え?」
俺の返答を聞いて、フラウと遊んでいたトリアがこちらを向いた。
「昨日は殿様のあまりのインパクトに気付きませんでしたが、トリアさんだけが殿様の態度に対して自然ではない反応を見せておりましたので」
殿様はトリアにだけは事情を説明していたのだろう。
もちろんトリアも常人に見破れるような演技をしてはいなかったが、何も知らされていないのであろうテツと並ぶと、俺からすればそれは一目瞭然だった。
「ハッハッハッ!
トリアよ。
お前もまだまだ修行の余地があるということだな」
「はっ。
精進いたします」
殿様にそう指摘され、トリアは照れくさそうに片膝をついて返事をした。
「謀ったのは悪かった。
だが、魔王のような前例があった手前、転生者を手放しで救国の英雄だともてはやすのは危険だと思ってな。
申し訳ないが、草葉殿を試させていただいたのだ」
「それで俺が、昨日の風呂場で殿様に危害を加えようとしたらどうなさるおつもりだったのですか?」
多少は脅しをかけてそう言ったつもりだったが、殿様はハッハッハッ!と大口を開けて笑ったあと、
「まあ儂なら何とかなっただろう。
儂を傷つけられるやつなどそうそうおらんからなぁ。
だからトリアも、昨日の儂の行動を良しとしたのだ。
それを知らぬ者が、のちに儂を敵に回したことを後悔することも多くてのう」
そう言い放った。
強力なスキルを有する可能性のある転生者に無防備な状態で攻撃されても無傷でいられる自信がある。
だからこその行動だと。
そしてそれは同時に、
自分の方がお前よりも強いと。
もてなしてはやるが、自分の方がお前よりも上だと。
暗にそう言っているのだろう。
「味方になれとは言わないが、敵にはなるなと、そういうことですか?」
そういうことなのだろう。
「あまりオススメはせんぞ、というだけだ」
殿様はそう言って、ニヤリと笑ってみせた。
ほんとに、食えないおっさんだ。
「心配しなくても、殿様の敵にはなるつもりありませんよ」
「おお!
そうか!」
「今のところは」
「ふははっ!
お主のそういうところは良いぞ!
儂はそういうパーソナルな所が見たいのだ!」
一人称が儂の殿様がパーソナルとか言うと違和感がすごいな。
だが、この人のことが何となく分かってきたな。
この人は俺と似たタイプだ。
だからこそ、確かに敵には回したくはない。
「殿様。
1つ、お聞きしたいことがあるのですが」
その後も何気ないことを話したりしながら対話を重ね、それなりに気心が知れてきた頃、俺は当初から気になっていたことを聞くことにした。
「ん?
なんだ?」
「どうしてこの国には、カエデ姫しか転生者がいないのですか?」
「…………
ああ。
そのことか」
今まで楽しそうに笑顔で話していたのとは一転して、気落ちしたような表情を見せた。
「…………儂のせいでな」
「殿様!
それは違います!」
殿様の発言に、トリアがバッと立ち上がった。
フラウもその様子に驚いてこちらを見ていた。
「よろしければ、お聞かせ願えませんか?」
言いにくいことなのだと思うが、この人のことをそれなりに気に入ってきているいま、信用に値する人物だと判断するためにも、この話はきちんと聞いておかなければならない。
俺はそんな気がしていた。
「…………ああ」
殿様は少ししてから、そう小さく返事をした。