第百八十五話 投獄
「……そうか。
それは難儀だったな」
俺たちは女王の館に移動し、事の次第を説明した。
女王は牢獄に幽閉された吸血鬼一人ひとりに声をかけていたそうだ。
「……あの牢獄は我が作った特別製でな。
絶えず消滅しない程度の攻撃を続けることで幽閉を可能にしている」
強力な能力を有する不死の存在をどうやって閉じ込めておくのかと思ったが、どうやら身動きが取れない程度に自動で延々と攻撃魔法を打ち続けているらしい。
中の吸血鬼自身の魔力でそれらは補われるから、一度発動してしまえば女王の負担にはならないそうだ。
「……操られていない者には酷な話だが、潔白が証明されるまでは仕方あるまい」
そう語る女王は口惜しそうな表情をしていた。
我が子のような眷属たちにしたい仕打ちではないのだろう。
「……だが、おまえたちだけでも無事で良かった。
ミツキのことは残念だが、影人やノアが敵に回るのは避けたかったからな」
「……ミツキお姉ちゃん」
フラウが心配そうにうつむく。
たしかに心配だが、ミツキはあちらからしても貴重な戦力だ。
無下には扱わないだろう。
「それはどうでしょうか?」
「ん?」
「……グレイグ?」
女王と話していると、側に控えていたグレイグが口を挟んできた。
いったい何の話だろうか。
「どう、とは?」
女王に問われ、グレイグは跪いてそれに応えた。
「はっ!
口を挟むような差し出がましい行い、申し訳ありません。
恐れながら申し上げます。
スカーレット様と接触した影人を、無事と断じても宜しいものかと思い、声を上げさせていただきました」
「!」
「……そんなことっ! ……っ」
「……ふむ」
……そういうことか。
たしかに今までの流れで言えば、俺は敵と接触した存在。
スカーレットの【魅了】にかかっていないとは言えない。
グレイグの言うことはもっともだ。
フラウも抗議しようとしていたが、そのことに思い至り、口を出せずにいるようだった。
「……つまり、俺も牢獄で幽閉されるべき。
そう言いたいわけか」
「そんなっ!」
フラウが青い顔を向ける。
「……そう取ってもらって構わない」
「……ふむ」
グレイグが頷き、女王は顎に手を当てて考えているようだった。
考えてみれば、俺がスカーレットの【魅了】にかかっていないと断言できるのは俺しかいない。
フラウやノアは途中からの参戦だから、それ以前のやり取りは知らない。
そうなると、たしかに俺がスカーレットに操られていないと言い切ることは出来ないな。
俺がいくら潔白を訴えようと、当人の訴えなど意味をなさない。
「……俺は、何も言えないな。
女王の裁定に任せるよ」
「ご主人様……」
フラウが不安げな表情を向ける。
ノアは黙って女王の判断を待っているようだ。
「…………ハァ」
女王は一度困ったように眉間に皺を寄せたあと、諦めたように大きくため息を吐いた。
「……わかった。
当初の取り決め通り、影人を牢獄へ」
「そんなっ!」
「……わかった」
女王の命に従い、グレイグが俺の横につく。
「……悪い、影人。
俺は万が一にも女王を危険にさらすわけにはいかない。
そして、おまえの力は敵に回ると危険すぎるんだ」
「……ああ、わかってるよ」
グレイグの呟きに、俺はそれだけ答えた。
「……グレイグ。
連れていくのは普通牢だ。
吸血鬼専用の牢でなくてよい」
「はっ!」
どうやら、俺はただの鉄の檻に入れられるようだ。
女王からの、せめてもの温情なのだろう。
絶えず攻撃されるのはしんどいだろうから助かった。
「……ノア。
悪い。プルが戻るまで頼んだ」
「うむ!
任せるのだ!」
ノアは笑顔で胸をドン!と叩いたが、その笑顔が少し引きつって見えた。
強がってはいても動揺しているようだ。
「……ご主人様ぁ」
フラウがうるうると目を輝かせながら見上げてくる。
「悪いな、フラウ。
無理はするな」
俺がそれだけ伝えると、フラウはこくりと頷いた。
本当は頭の1つでも撫でてやりたいが、下手な接触はフラウにも不利に働きかねない。
今は余計なことは避けるべきだ。
「……影人。
すまないな。
プルが戻ってくるまで辛抱していてくれ」
「……ああ」
そして、俺は地下の牢獄に連行されたのだった。
「あらそう。
影人ちゃんは地下牢に入れられちゃったのねん」
どこかから情報を入手したスカーレットはにぃぃと口角を上げる。
「影人ちゃんはいろいろと危険だったから助かったわん。
味方に出来ないなら敵にはしたくなかったのよねん」
スカーレットは右手を見つめると、指を2本曲げたあと、残りの指も順番に1つずつ折り曲げていった。
「これで2人。
あとは光の巫女ちゃんと神樹の守護者の弟子と巨人の王ねん。
まったく、とんでもないパーティーだわん」
その頃、亜空間で新魔法の開発に勤しむプルは、
「アカン!
間に合わん!
こりゃ間に合わんで!」
無表情で凄まじいスピードで魔方陣を構築しながら、とてつもなく焦っていた。