第百八十二話 短剣
「はっ!」
「えいっ!」
俺とミツキは再び争う吸血鬼を鎮圧し、牢獄送りにした。
これで3組目だ。
「……女王から次の行き先が来た。
いくぞ」
「まだあるの~?
私たちだけで4組目よ。
いったい全部でどれだけの騒動が起きてるのよ」
女王から念話を受けたことを話すと、ミツキが呆れたようにぼやいた。
たしかにもっともな意見だ。
仮に俺たち鎮圧組が5組程度だとして、1組4ヵ所に出向いたら計20ヵ所。
撹乱や陽動にしては戦力を投入しすぎている。
吸血鬼の始祖である女王との決戦前に戦力を消耗するのは本意ではないはず。
いったいスカーレットの目的はどこにあるのか。
俺たちを館から出すのが目的だったとしても、あそこには女王がいる。
並みの吸血鬼では目隠しにすら使えないだろう。
むしろ俺たちがいない分、女王が遠慮なしに敵を排除できるようになるだろうから、あまりメリットが感じられない。
「……スカーレットの目的はいったい……」
「え?
なに?影人?」
「いや、なんでもない」
「……」
「いこう」
「……うん」
「あそこか」
そして、俺たちは4ヶ所目に到着した。
「……」
先ほどと同様に剣や魔法で攻撃しあう吸血鬼2人。
何やら言い争っているが、それよりも気になるのはこれまでの3ヶ所との相違点。
まず観衆が多い。
これまでの場所では数人が争いを眺めていて、あとは家の中や他の場所に避難していることが多かった。
だが、今回は十数人が争う2人を取り囲むように観覧している。
そして、周囲の家にこもっている者も多い。
1つの家に2、3人が隠れている。
そう、隠れているのだ。
気配を探らなければ分からないほどに微弱な反応。
意図的に魔力を抑えて、息を殺していなければこうはならない。
隠れる?
何から?
それはまあ、争う2人からだろう。
高位の者たちの争いに巻き込まれたくはない。
そのために息を潜めて隠れる。
それは心理としてはよく理解できる。
だが、何かがおかしい気がする。
なんだ、この違和感は……。
「影人、どうしたの?
早く行こうよ」
「……ん?
ああ、そうだな」
俺はその違和感にたどり着く前にミツキに促されて、騒動の中へと入っていった。
「……ふむ。
たいしたことはなかったな」
「そーね」
俺の心配をよそに、ここの吸血鬼も他と同様あっさりと牢獄送りにできた。
「……さて」
俺は顔を上げ、取り巻き連中を見回した。
「おまえらはどうする?」
「は?
い、いや、騒ぎを収めてくれて助かったよ。
ありがとな」
1人の吸血鬼が俺の問いに答える。
それに同調するように他の奴らもそうだそうだと声を上げる。
だが、こいつらはいっこうに解散素振りを見せない。
気配を探ると、家に潜んでいた連中も入口付近に集まって、いつでも出られるように準備を始めた。
「……そうか。
スカーレットからはそう言えと指示されているのか?」
「……」
無言。
しんと静まり返った空気に緊張が走る。
1体1体の操作力が弱い。
個々の操作ではなく、グループとしての指示出しになっている。
スカーレットの【魅了】なら個々に特殊な任務を与え、過去の自分をトレースさせた上で違和感なく動作させることなど簡単なはず。
これは、俺にわざとバレるようにしたのか?
それとも……。
「……!」
俺がそんなことを考えていると、俺たちを取り巻いていた吸血鬼たちがいっせいに襲い掛かってきた。
いつの間にか全員武器を手にしている。
さらに、家々からも吸血鬼たちが飛び出してきた。
全部で30人以上。
数が多い。
全員が不死の吸血鬼。
このまま戦うのは得策じゃない。
「ミツキ!
いったん引くぞ!」
俺は足元の影を女王の館に繋げ、そこに飛び込もうとした。
「……え?
なんで?」
「……え? ……ぐはっ!」
が、ミツキが短剣で後ろから俺を突き刺してきた。
「……逃げたら、あなたを捕まえられないじゃない」
「……ミ、ツキ?」
腹から飛び出る剣の痛みを感じながらも何とか後ろを向くと、ミツキはうつろな目で剣を手にしていた。
「……すでに、やられてたのか」
油断。
完全に油断した。
騒動を起こしていた奴らを倒し、周囲の異変にも気付き、それに対処するための対応策を練り、今まさに行動に移そうという時に背後から味方にやられる。
スカーレットはここまでタイミングを練っていたのか。
「ようやく隙を見せたわねん。
影人ちゃん」
スカーレットがミツキの影からずるりと姿を現す。
「……スカーレット」
そうか。
狙いは、俺か。
「そういうことん。
王級のジョブに魔人武器の所持。
真祖を引き入れるより、よっぽど手っ取り早い戦力じゃないかしらん?
どれだけの雑魚を投入してでも実行する価値はあるわん」
「……ぐ。
く……そ」