第百八十一話 ノアとフラウの場合
「フラウ!
そっちは任せたのだ!」
「はいっ!
てりゃっ!」
揉めていた吸血鬼たちをノアとフラウは難なく片付ける。
「ふう。
それにしてもフラウもずいぶん強くなったのだな!」
ノアが地面に亀裂を作り、そこに吸血鬼どもを放り込む。
女王との連携によって、そこから女王の館の牢獄へと送れるようになっていた。
「いや、まだまだ頑張らないと!
まだ光の巫女の力をちゃんと使えてないもん!」
そう言って、フラウはぐっと両方の拳を握りしめた。
「うむ!
向上心があるのは良いことなのだ!
もっと強くなったら私と戦ってみるのだ!」
「ええ~。
ノアとじゃぜんぜん敵わないよ~」
「ダメなのだ!
逃がさないのだ!」
「が、がんばる~」
2人は楽しそうに次の場所へと走って移動する。
フラウからしたら背格好も近く、話しやすいノアとは気が合うようだった。
ノアからしても、謙虚に自己研鑽に励むフラウは戦いを好む巨人族からしても好ましい存在のようだった。
「あ!
次はあそこだね!」
しばらく走ると、次の騒動の現場に到着した。
「よし!
おい!
おまえら!
騒ぐのをやめるのだ!」
ノアは現場に着くやいなや、争っている吸血鬼2人を止めに入った。
今度の吸血鬼は、肉弾戦だった先ほどの2人とは違って、武器や魔法を使っていた。
どうやらだいぶヒートアップしているようだ。
「ああっ!?
なんだチビ!
邪魔すんな!」
吸血鬼の矜持とやらはどこへやら。
髪を逆立てた片方の男はノアが話し掛けるなり怒鳴ってみせた。
「……あ、あなたはまさか……」
もう片方の長髪の吸血鬼はノアを見るなり顔を青くした。
どうやら彼はノアのことを知っているようだった。
「……ふむふむ。
ほい」
「なっ!? うぎゃぷっ!」
ノアは2人の態度を見ると、髪が逆立っている方の吸血鬼を鎚の一振りで粉々に粉砕した。
そして、その欠片をすべて地割れの中に回収し牢獄送りにした。
「ノ、ノア。
そんないきなり……」
様子を見ていたフラウがノアに近付くと、ノアはくるりと振り返った。
「この国に私のことを知らない吸血鬼はいないのだ!
新参者ならまだしも、あれぐらいの高位のやつなら余計にな!
あれはたぶんこの国を追放された野良の吸血鬼なのだ!」
ノアはえへんと胸を張ってみせた。
夜想国ではまれに国を追放される者がいるようで、追放は罪を犯した者で存在を消されるまではいかないほどの罰らしい。
とはいえ、国の外で騒ぎを起こされては吸血鬼の沽券に関わるので当然枷をつけられる。
それは悪行を犯せばすぐに発動し、存在を完全に消去される類いのものらしい。
ノアが粉々にした吸血鬼もおそらく追放された者で、国の外でそれなりにおとなしくしていた所をスカーレットに見つかったものと思われる。
「いやはや、助かりましたよ。
ギガント・ノート様」
残ったもう片方の長髪の吸血鬼が恭しくお辞儀をして、ノアに礼を述べた。
「……ふむ。
とりあえず経緯を聞くのだ」
残った吸血鬼は礼節をわきませたこの国の住人のようで、ノアは彼から状況を聞くことにしたようだ。
「……」
だが、フラウは何となく目の前の吸血鬼を信用できずにおり、少し離れた所から2人の会話を聞いていた。
「……それが、私にもよく分からなくて。
私はそこの家に住んでいるのですが」
長髪の男は自分のはす向かいにある大きな屋敷を指差した。
それなりの大きさの邸宅。
その規模からも彼が高位の存在であることが見てとれた。
「女王から要請を受けて女王の館に向かおうとしている所を先ほどの男に突然襲われまして……」
「……そ、そうなんだ」
男は困惑した顔でそう答えた。
どうやら彼はスカーレットとの戦いのために女王から集合要請を受けていたようだ。
フラウがその返答にほっと一息つく。
「……わかったのだ。
要請を受けたのなら最低限の情報は聞いているのだ?」
「……ええ。
スカーレット様が高位の吸血鬼ですら操る力を持って国に潜んでいる、と。
そのために早めに館に戦力を集めたいと仰っておられました」
スカーレットは女王の妹で第1位の真祖。
敵となったとはいえ彼がスカーレットを様付けで呼んでも不思議ではないだろう。
「……それなら話が早いのだ。
残念だけど敵と接触した者はその真偽が分かるまで牢獄に入ってもらっているのだ」
「……ええ。
承知しております。
その時が来ればいち早くお力になりますと女王にお伝えください」
「……わかったのだ」
ノアが地面に亀裂を作ると、男は少しだけ悔しそうな顔をしながらおとなしくそこに消えていった。
「……あの人は、きっと味方だったんだよね?」
「……たぶんなのだ」
ノアもやりきれないといった顔をしていた。
「……」
フラウはおとなしく牢獄に向かった彼を信用できなかった自分を恥じた。
それと同時に、そんな状況になっていることに恐怖を抱いた。
「……なんかもう、誰を信用したらいいのか分からないね」
「……うむ。
けっこう嫌らしい戦略なのだ。
集まろうとしている戦力も削られてしまうし、疑心暗鬼にもさせられる。
スカーレットは戦い方をよく分かってるのだ」
「……急ごう」
「……うむ」
2人は足早に次の現場へと向かうことにした。
「うーん。
光の巫女ちゃんにはワタクシの【魅了】が効かないみたいだし、巨人の王はそんな隙がないのねん。
この2人を手駒にするのは無理そうねん。
狙うなら、やっぱりあっちかしらん」