第百七十九話 出動
「た、大変です!」
「……なんだ?」
突然、執事服のような衣裳を身に纏った吸血鬼が女王の部屋にノックもなしに転がってきた。
どうやら彼は女王の小間使いのようだ。
とはいえ、彼自身の力も相当なものを感じる。
「夜想国のそこここで小競り合い、いえ、小さな戦闘が発生しています!
それも争っているのは他種族ではなく、吸血鬼同士のようで!」
「……ほう」
女王が眉間にシワを寄せる。
プルが開発している、スカーレットの【魅了】にかかっているかどうかを判別する魔法が出来上がるまでは、極力この館に滞在して、スカーレット側との接触は避けるようにという話をした矢先にこれだ。
「どちらかか、あるいはどちらもスカーレットの手の者か」
「そうだろうな。
吸血鬼同士はそうなかなか争わない。
不死者同士の戦いなど不毛だからな」
「なるほどな」
「それに、あまり他に迷惑がかかるような行いや争いは上位の者に止められるし、そもそも明確な実力差があることが多い我らにそんなことが起こること自体、実に稀だ」
女王の眷属は先に眷属になった者ほど力を持つらしいからな。
端から勝ち目のない戦いなど起こらないし、力のある上位の者は矜持を持ってわきまえているのだろう。
そもそも女王には誰も敵わないわけだしな。
「だから、普段は些細な諍いは我には報告されない。
大抵、その場にいる上位の者の裁定に任せている。
それを飛び越えて我に直接報告に来たということは普段の枠内を逸脱した出来事ということだろう?」
女王は前半は俺に、後半は報告に来た執事服の吸血鬼に言っていた。
問われた吸血鬼が姿勢を正しながらそれに答える。
「はっ!
ご慧眼の通りでございます!
そもそも今回の争いを起こしているのが、本来は場を収める立場であられる上位の吸血鬼たちなのです!
お互いに言い争いながら戦っている所もあれば、一方的に言いがかりをつけて戦闘に入っている所もあるようです!」
「……ふむ。
前者はどちらも黒。
後者は片方が黒、といったところか」
「……あるいは、そう見せかけてどちらも黒とかな」
「……ふむ、それもあり得るな」
スカーレットの【魅了】にかかっているか否かを明確に確かめる手段がない以上、現状ではそれに答えを出せない。
「……とりあえず現場を制圧するぞ。
騒動に関わった者はいったん全て拘束するしかあるまい。
グレイグと、館にいる上位の吸血鬼にも出動するよう伝えろ。
急がねば周囲に影響が出る。
上位の吸血鬼同士の戦いとなればそれなりに規模が大きいからな」
「はっ!」
執事服の吸血鬼は女王からの指令を聞くやいなや部屋を飛び出していった。
さっそく鎮圧のための戦力を集めるのだろう。
「……俺たちも行くか?」
「……いいのか?」
「うむ!
任せるのだ!」
「私も大丈夫です!」
「私も行けるわよ!」
俺が助力を申し出ると、女王の確認にノアたちが答えた。
「助かる。
が、1人では行動するな。
どこにスカーレットがいるか分からないからな」
女王はぺこりと頭を下げると、それだけ注意してきた。
女王の言う通りだろう。
下手に戦力を分散して、各個で【魅了】にかけられたらたまったものじゃない。
「ああ、分かってる。
ノアはフラウと、ミツキは俺と組んで行動しよう」
「わかったのだ!」
「わかったです!」
「オッケー!」
先に部屋を飛び出していったノアたちに続こうと思って、ふと立ち止まる。
「そういえば、ここはどうするんだ?
グレイグなんかも出したらだいぶ手薄になると思うんだが」
俺なら、戦力が出払うタイミングで本丸を攻めるが……。
「それなら心配ない。
我がここにいるからな
我はここで皆からの情報の収集と指令に務めよう。
不届きな輩が来ても対処しながら役割をこなすのは容易い」
愚問だったな。
すべての吸血鬼の祖である彼女には要らない心配だったようだ。
「分かった。
なら行ってくる」
「うむ。
逐一、連絡は入れるように」
「ああ」
そして、俺とミツキも女王の屋敷を飛び出していった。
「……ふむ」
誰もいなくなった部屋で女王が目を閉じる。
頭の中に夜想国のマップを展開し、魔力反応を探る。
戦闘行為が行われている箇所をピックアップし、それを鎮圧部隊に念話で送る。
女王からの指示があることを分かっているから、鎮圧部隊は場所も聞かずに飛び出していたのだ。
「……スカーレットめ。
何を狙っている」
女王は並列思考でスカーレットの狙いや戦闘以外の不穏な動きを考えながら、散っていった部下たちに指示を送り始めた。
「……あら、ようやく出てきたわねん」
その頃、スカーレットは女王の屋敷を監視できる場所に潜んでいた。
「……ふふ、やっぱり影人ちゃんたちもいるのねん」
そんなスカーレットの瞳が影人を捉える。
そして、それは影人の隣にいるミツキに向かう。
「頼んだわよん、ミツキちゃぁん」
2人を見つめながら、スカーレットの口元が卑しく歪むのだった。