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第百七十六話 帰還、そして不穏

「……ふぅ、戻ったか。

……ん?」


「あっ!

ご主人様~!!」


「あ、フラウ……って、がふっ!」


 女王の作る亜空間から元の部屋に戻されると、フラウが泣きっ面で俺の腹に突撃してきた。

 その奥ではノアが困ったような顔をしている。


 俺に知覚されない速度で突進してくるとは、成長したものだ。

 いや、そうじゃなくて。


「どうした?

何かあったのか?」


「うぅ~。

ご主人様~……」


 何があったのかと尋ねてもフラウは俺の腹に顔を押し付けるばかりで、何かを答えられるような状態ではなかった。

 俺が仕方なく顔を上げてノアに状況の説明を求めると、ノアは困ったような顔のままそれに応じてくれた。


「えっとだな。

フラウが突然バッ!って起き上がったのだ。

それで私も起きたんだけど、フラウが『ご主人様がいない!』って騒ぎ出したのだ。

私が、きっとどっかに行ってるのだって言っても、『この世界にご主人様の気配を感じないです!』って言ってて、それならヴラドもいなかったからきっとヴラドの作った亜空間に行ってるのだって説明しても号泣して聞き入れてくれなかったのだ」


 ノアが困った顔でそう説明してくれた。

 どうやら頑張ってフラウをなだめてくれていたようだ。

 それは手間をかけたな。


 それにしても、この世界に俺の気配を感じない、か。

 フラウの気配感知能力はそこまですごいものなのか?


「きっと愛の力なのだ!」


 ノア、安心したからって適当なことを言わないの。


 だが、月影の魔女のスキルでもそうだが、本当に世界中の存在者の気配を感知するとなると情報処理が追い付かないだろう。

 そうなると、やはりノアの言う通り俺の気配だけを察知できるのかもしれない。

 光の巫女の能力だろうか。


「……うぅ。

ううぅぅ~」


「フラウ。

大丈夫だ。

俺はここにいる。

ここにいるぞ」


 俺は俺の背中をぎゅ~っと掴んでくるフラウを優しく抱き締めてやった。

 フラウはそれでようやく落ち着いてきたようだった。


「ん?

これはどういう状況だ?」


「あ、女王」


 そこに、女王とグレイグも亜空間から戻ってきた。

 女王の頬が若干赤いようだが気のせいだろうか。

 俺にしがみつくフラウを見て、女王は首を傾げていた。


「ああ、これは……」


 俺は2人に事の次第を説明した。






「ああ、そういうことか。

おまえらは互いに魂を引っ張り合う関係だからな。

その気配を感知できても不思議ではないだろう。

しかし亜空間までは及ばないから、突然気配が消失して驚いてしまったのだろうな」


 話を聞いた女王はそう解説してくれた。


 魂を引っ張り合うか。

 やはり闇の帝王の因子と光の巫女の力によるもののようだ。


 そして、女王が優しくフラウの頭に手を置いた。


「おまえは影人が大事なんだな。

勝手に持ち出して悪かったな。

この通りどこも壊れていないから心配するな」


「あぅぅ~。

ありがとうございます~」


 女王に頭をわしわしと撫でられ、フラウはようやく泣き止んだようだ。


 どうでもいいが、人のことをモノみたいに言うのはやめてもらいたい。

 あと、実際はけっこう壊れた。

 それを女王に治してもらったのだが、わざわざ心配させるようなことは言わなくていいだろう。


「さて、おまえも疲れただろう。

少し休むといい。

ノアたちも部屋を用意するから、きちんと眠るといい」


「ああ、ありがとう。

そうさせてもらう」


 実際、それなりに疲労感はあったので、ここはお言葉に甘えるとしよう。


「我らに睡眠は必要ないからな。

出来る準備は進めておこう。

部屋の前にグレイグを置いておくから、起きたら合流するとしよう」


「ああ、分かった」


 女王に言われてグレイグが俺たちを部屋まで案内してくれた。

 吸血鬼(ヴァンパイア)の中でも特に真祖は眠る必要がないらしい。

 俺と戦って消耗したであろうグレイグに不寝番をさせるのは忍びないと思ったが、どうやら余計な心配だったようだ。


 不死で疲れ知らずの、強力な力を持った集団か。

 これは確かに敵に回したくはないな。

 彼らが好戦的な種族でなくて良かった。





「そういえば、吸血鬼(ヴァンパイア)は食事はどうしてるんだ?

やっぱり血を吸うのか?」


 女王と別れて部屋に案内してもらったあと、俺はドアの外に立とうとするグレイグにそう尋ねた。


「ん?

ああ、俺たちは基本的には血を摂取するが、それは魔力を吸収するのに都合がいいからだ。

だから魔力を摂取できるのなら別に血を吸わなくても問題はない。

取り分け、真祖は補給する必要がないほど魔力が豊富だからほとんど食事を取らない。

まあ、味覚は普通にあるから、女王なんかは娯楽として人間と同じような食事を取ったりもするな」


 そういえば、俺たちをもてなしてくれた時に女王も普通に食事を食べていたな。

 あれは俺たちに付き合ってくれていたのもあるだろうが、自分も楽しんでいたのか。


吸血鬼(ヴァンパイア)と呼ばれているのは力の弱いヤツが魔獣なんかから、吸血によって魔力を摂取していたことが由来となるのだろう。

今はそれらを、魔力を保有したまま調理する方法が確立できているから、生物から直接血を摂取するヤツはいないな」


「そうなのか」


 前の世界では人類の天敵のように描かれることが多いが、こちらの世界ではきちんと住み分けが出来ているようだ。

 まあ、女王の影響で引きこもりがちな種族からしたら、その方がいいのだろうな。


 俺は吸血鬼(ヴァンパイア)とはどうやら平和に共存できそうなことが分かって、少し嬉しく感じていた。

 女王やグレイグの人柄を知った今、彼女たちにも平穏無事に過ごしてほしいという思いがあるからな。


「じゃあ、ゆっくり休め。

何かあれば声をかけてくれ」


「ああ、分かった。

ありがとう」


 俺はそう言ってドアを閉めるグレイグに礼を言った。

 ドアの外に座るグレイグの気配を感じる。

 どうやら本当にずっとそこにいてくれるようだ。


「影人。

フラウがもう寝そうなのだ」


「ん?

ああ、そうだな。

もう寝よう」


 先にベッドに入っていたフラウがうつらうつらと舟をこいでいた。

 泣き疲れたのだろう。

 俺も死にかけて疲れた。

 とりあえずは寝ることにしよう。


 俺はフラウとノアが寝るベッドにもぐり込み、ゆっくりと休むことにした。



「……そういえば、ミツキはどこで何をしているんだろうな」


 それだけ呟くと、唐突に襲われた眠気に身を委ねるように、俺は夢の世界へと旅立っていった。










「……う、嘘でしょ」


 その頃、吸血鬼(ヴァンパイア)に擬態して、【隠者】のスキルで完全に気配を消したミツキは衝撃的な光景を目の当たりにしていた。


 それは、路地裏に潜む大量の吸血鬼(ヴァンパイア)と、その中で異彩を放つスカーレットの姿だった。




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