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第百七十五話 油断、そして……

 首から上をはね飛ばされた体が、糸が切れた人形のように膝をつく。

 鍛え上げられた肉体が弛緩し、とうに切られた首をもたげる。


「……やられたな」


「……!

首だけになっても話せるのか。

もはやホラーだな」


 地面から頭が生えたような不気味な状態でグレイグが喋る。

 絨毯との接地面にじわりと血が滲んでいる。


「数を減らすほど力を増す影の分身体か。

最後の方はかなり手強かった。

ベストは2、3体ってところだな」


「……まあ、そうだろうな。

初めて使ってみたが、なかなか使い勝手が良さそうだ」


「……初めてだったのか」


 グレイグが驚いたような顔をしている。

 首と対話していると思うと妙な気分だが、それもだんだん慣れてきたな。

 首と胴を切り離されても死なない存在。

 そんなのは初めてだ。


「……ああ、いい実験になったよ」


「ったく、勝手に人を実験台にしやがって」


 グレイグは悪態をついたが、心なしか嬉しそうだった。


「……だが、おまえもまだ油断するには早いんじゃないか?」


「……なに?

……っ! ……なっ! がっ……!」


 グレイグのニヤリと笑う顔が見える。


 そして、それと同時に背中と腹にとてつもない衝撃。


 下に顔を向けると、尖った大きな石の塊が俺の腹を貫いていた。


「……ぐっ」


 燃えるような痛みに意識を持っていかれそうになりながら後ろに目をやると、屑折れたグレイグの肉体が地面に手をかざしていた。

 そして、そのかざした手の真下の地面から、石の槍のようなものが飛び出して俺の背中に突き刺さっていた。


「……がはっ!」


 口から血を吐き出す。

 もはや体のどこが痛いのかさえ分からないほどに全身が熱い。


「……頭を切り離しているのに、体だけが意思をもって動くのか」


 グレイグのスキルはおそらく物体の変形操作。

 始めに剣だけを変形させてみせたのはわざとだろう。

 そこだけに注意が向くように。

 だが、実際は自分の周囲の物体を変形させて操ることが出来る。

 それで俺の影たちはやられたワケだが、当然俺もそれを警戒していた。

 だがまさか、司令塔たる脳と切り離した肉体が独自に動くとは。


「……ちっ。 ……っはぁ!」


 俺は黒影刀で俺を貫く石の槍を切った。

 腹側と背中側の両方を切り、とりあえず動けるようにした。

 刺さっている部分はそのままの方がいいだろう。

 魔力や筋肉で傷口を収縮させているが、一気に引き抜いてしまうとさすがに塞ぎきれない。


「……ちょっと、聞いてもいいか」


「……よくその状態で喋れるな。

まあ、構わないが」


 首だけのヤツに言われたくはない。


「あんたは、そこからどう再生する?」


「ん?

まあ、こうだな」


 そう言うと、グレイグの肉体がずかずかと歩いてきて首をひょいと持ち上げ、元あった位置に据え置いた。

 少しすると首は体にくっつき、グレイグは確認するかのように首をごきごきと動かしていた。


「……たとえば、首が完全に消し飛ばされたらどうなる?」


「ん?

その場合は体から新しい首が生えるな。

逆もまたしかりだ。

再生するのが早い方から生えてくるかな」


「……それなら、首と肉体を完全に隔離してしまったらどうなる?

世界の裏側や、亜空間なんかに」


「そうだな。

その場合は任意の方から欠損部位が生えてくるな。

で、残った方は消滅する」


「……なるほど。

だが、脳が指令を出すという内部構造において、肉体から新しい頭が生えたら、それは自分だと言えるのか?」


 たしか、そんなSF作品があったような。


「ん?

いまいち何を言っているのか分からんが、肉体はしょせん肉体だろ。

俺という存在がここにあるんだから俺は俺だ」


「……そう、か」


 我思うが故に……ってやつか。

 人間よりも高位な存在である吸血鬼(ヴァンパイア)は精神がまず在って、自分の肉体を俯瞰的に観ているような感じなのかもな。

 不死という特殊環境が精神のレベルを押し上げた、か?


 あー、ダメだ。

 なんだか無駄なことばかり考えている気がする。


「……」


「おい、大丈夫か?

そろそろ治癒魔法とかで治した方がいいんじゃないか?

おまえは不死ではないんだろう?」


「……あー、そうしたいのはやまやまなんだが、じつは治癒魔法はいま使えなくてな」


「おいおいマジか」


 実際、スペルマスターまで修得した俺は治癒魔法もそこそこ使える。

 だが、じつは魔法系のスキルや魔法はプルが研究のために欲しいからと、そのほとんどを渡してしまっているのだ。

 スキルは『百万長者』を介せば渡せるし、魔法は術式ごと渡してしまった。

 そうすると魔法もスキルも使えなくなる。

 プルは、俺がケガをしたら自分が治すから平気などと言っていたが、肝心のプルが今はいない。

 別行動した時の対策ぐらい考えておくべきだったな。

 だいたいいつもフラウたちの中の誰かと一緒にいたから、いざとなれば『百万長者』内の治癒魔法を貸与すればいいと思っていたが、俺一人になった時にこうなるとはな。

 

 前の世界では用心に用心を重ねていたのに、いつの間に、こんなに甘くなってしまったのか。

 いつでも側にいて当たり前。

 そんなふうに考えていた俺がいた。


「……皮肉、な……話……」


「おいおい、これはマジでやばいんじゃ。

俺は不死だから治癒魔法なんて使えないぞ」


「やれやれ。

仕方ないな」


「……女王?」


 気が付くと俺は床に寝かされていて、女王が膝枕をしていた。


「ほら。

これを飲め。

飲めばそれぐらいすぐ治る」


 そして、自らの指先を切り、血を滴らせた指を俺の口に近付けていた。


「……それを、飲んだ、ら、俺は……」


 吸血鬼(ヴァンパイア)になるんじゃないのか?


「心配しなくても、この程度で眷属になったりはしない。

我が眷属にしようと思って首に牙を通さなければ眷属は作れんから心配するな」


「……そう、か」


 俺は女王の言葉を聞いたあと、薄れ行く意識の中で女王の指に口をつけていた。


 こくん、と、女王の血が俺の喉を潤す。


「……!!」


 途端、意識が覚醒し、痛みが和らぐ。


「……この邪魔な槍、もう抜くぞ」


「……ぐっ!」


 その様子を見ながら女王が俺の腹に突き刺さったままの石の槍を引き抜いた。

 衝撃が駆け抜けたが、痛みはそれほど感じなかった。


「ほら。

もう少し飲め」


「……くっ」


 女王が指をさらに突っ込んできて、俺は反射的に女王の指から滴る血を飲み込んだ。


「……あっ!」


 すると、腹がもぞもぞと動くような気持ちの悪い感覚に襲われる。


「……これ、は」


 そして、気が付けば腹に空いた穴は塞がり、傷跡ひとつ残らずに傷が治っていた。


「……ふむ。

治ったな」


「あだっ!」


 女王は俺のケガが治ったと見るや、さっさと俺の頭の下から膝を抜いて立ち上がった。

 おかげで俺はしたたかに床に頭を打ち付けることになった。


「……完全治癒か。

すごいな」


「普通は外の者に見せたりはしないが、おまえならまあ、馬鹿な真似はしないだろう」


 俺が腹をさすりながら感心していると、女王は後ろを向いたままそれだけ言ってきた。

 俺のことを信用してくれているようだ。


「……ありがとう。

おかげで命拾いした。

このことは誰にも言わない。

そして、今回の問題解決に向けて全力を尽くすことを誓おう」


 俺は女王に対してしっかりと頭を下げた。

 命を救ってもらった恩はきっちりと返さなければ。


「……あ、ああ。

おまえはそういうヤツだ。

だから助けた。

せいぜい頑張ってもらうぞ」


「……? ああ、もちろんだ」


 女王の様子が少し変な気もするが、まあいいか。

 とにかく、俺は今回の件にしっかりと尽力するとしよう。


「よし!

じゃ、じゃあ、おまえを先に元の空間に戻す。

我もすぐに戻る。

なあに。

時間の流れの遅いこの空間での差異など微々たるものよ!」


「ん?

ああ、わかった」


 なんだか変なテンションな気もするが、血を失ったからか?

 だったら申し訳ないことをしたな。


「よし、いけ!」


 そして、俺は一足先に女王の亜空間から元の場所へと戻っていった。









「……女王。

宜しかったのですか?

吸血鬼(ヴァンパイア)にとって自らの血を与える行為は……」


「黙れ!

我が良いと思ったのだ!

良いか!

このことは他の誰にも言ってはならないぞ!

これは絶対命令だ」


「しょ、承知しました」


 吸血鬼(ヴァンパイア)にとって自分の血を分け与えることは愛情行為にあたる。

 俺がそのことを知ったのはすべてが終わってからだった。




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