第十七話 お約束?
「おおっ!」
目の前に広がる光景に、俺は思わず声をあげた。
広大な神樹の森を抜け、国境の門を通り、俺たちはようやく東の国<ワコク>についた。
門の近くの物見小屋から国内を一望できるというので上らせてもらったのだが、<ワコク>はまさしく想像した通りの町並みだった。
国土は地平線の先まで続いているので全てを網羅できるわけではないが、江戸時代の下町のような平屋造りの住居郡。
整備された河川で洗濯や水浴びをする町人。
当然、道行く人々も着物だ。ああいうのは、着流しって言うんだったか。
時期的には夏が近いらしく、ちらほら浴衣の人もいる。
そして、国の中心には天守閣のある広大なお城!
シャチコホまでついて、ロマンあるな!
なんだか、江戸村に観光に来た気分だ。
と思って実際に町を歩いてみたら、洋服を来た金髪碧眼の人や、軽鎧を身に付けた獣人。
シャーマンみたいな格好のドラゴニュートまでいて、ここはやっぱり異世界だと再認識させられた。
別に鎖国なんかしていないので、他国や他種族の者も普通にいるらしい。
まだ他国の人間なら観光客で通るが、さすがに異種族がいるとファンタジーを感じずにはいられない。
ちなみに、亜人という言葉は差別用語になるから使わない方が良いとのことだ。
しかし、人間以外の種族というのは違和感半端ないな。
二足歩行して、ガハハハハ笑いながら小さい人間の女の子の頭をなでている虎の獣人を見るとハラハラしてしまう。
人を見た目で判断することはないが、これにはさすがに慣れが必要だな。
そんなことを思いながら町を散策しつつ城に向かっていると、町人たちが集まってきた。
「姫様!
戻られたんですね!」
「姫様!
良い野菜が採れたんです!
良かったらどうぞ!」
「ひめさまー!
あそぼー!」
「姫様はお仕事中だから今はダメよ!」
「姫様!
おかえり!」
皆一様に、カエデ姫に次々声を掛けてきたのだ。
カエデ姫も、それに対して一人ひとり丁寧に相手をしていた。
しばらくして、テツの声かけで人々は散っていき、カエデ姫は両手いっぱいに食べ物やら花やらを抱えながらこちらに戻ってきた。
「すみません。
お時間をとらせてしまって」
そう言って謝るカエデ姫だが、久しぶりに人々と触れ合えて嬉しそうにしていた。
「いや、大丈夫だ。
人望があるんだな」
「いえ、お恥ずかしい所をお見せしました」
俺の言葉に、カエデ姫は恐縮したように恥ずかしがっていた。
先ほどの光景だけでも、この国が平和なのが伝わってきた。
その後、フラウが疲れてしまったようなので、ちょうどあった団子屋でお茶と団子をいただきながら休憩することにした。
そこで、<ワコク>の概要を説明してもらった。
東の国<ワコク>は殿と呼ばれる王が一極統治する国で、国の周りをぐるりと壁が囲い、その周りをさらにカエデ姫の結界が囲んでいる。
円状の国土である国内は殿が住まう城を中心に形成され、城下に殿の直接の家臣や重臣たちが住む。
城下の外側は4つに分けられていて、扇形の領地を4人の大将が殿の代理人として治めているそうだ。
国から出るための門は各領地に1つずつ、計4門存在する。
俺たちはその中の西門から入ってきたことになる。
人口は約120万人。
国内に完全自給自足が可能なほどの畑や牧場があり、かつては実際に鎖国していた時期もあったようだ。
各国にだいたい3人はいるらしい転生者がカエデ姫1人だけなのも、その辺りが要因とのことだった。
鎖国が終わり、1人でも多くの転生者を抱えたい<ワコク>は喉から手が出るほど俺を手にしたいようだ。
簡単に説明を受けて、俺たちは再び城を目指した。
俺とフラウがせっかくだから町を散策したいと駕籠を断ったのだが、フラウはやはり疲れたようなので、そこからはテツに背負ってもらって行くことになった。
途中、トリアの家の近くを通り、せっかくだからと挨拶をした。
トリアの両親は日本人風の父親と西洋人風の母親だったのでハーフなのかと思ったが、この世界では人間内での人種などは特になく、ハーフというのは異種族同士の子供を指すらしい。
その後もしばらく歩き、俺たちはようやく国の中心であるお城に到着した。
「草葉様。
お疲れかとは思いますが、さっそくこの国の王である父に会っていただきたいのです」
「ああ。
俺もそのつもりだったからな。
手配してくれ」
俺の返事に安心したように、カエデ姫はすぐにそのことを城の者に伝え、俺たちは天守閣に招かれることになった。
その部屋には畳が敷かれ、座布団が2枚置かれていた。
俺とフラウの分だろう。
カエデ姫とテツは少し離れた場所にすでに正座で座っていた。
「どうぞ。
そちらに座ってお待ちください。
すぐに殿が参ります」
カエデ姫が恭しく俺たちを促した。
俺はそれに従って座布団に座り、フラウにも座るように伝えると、俺の隣の座布団にちょこんと座り、辺りをキョロキョロと見回して緊張している様子だった。
さすがに俺も緊張する。
こんな大国を一極統治するとは、いったいどんな人物なのか。
そんなことを考えていると、
「殿のおなーりー!」
という、テレビで聞いたことのある声が聞こえた。
すると、
すぱん!
と、襖が勢いよく開かれ、町人のような格好をした妙齢の男性がずかずかと歩いてきて、カエデ姫の前で立ち止まった。
「ひめ~!
よくぞ無事で戻った~!
もう儂は心配で心配で夜も眠れなかったぞ~!
今日は疲れたろう。
湯浴みの準備をしてあるから、まずはゆっくり疲れを流しなさい。
そのあとはお前の大好物をたくさん用意してあるからな。
一緒にご飯を食べよう!たくさん話を聞かせてくれ!
そしたら、ゆっくりと休むと良いぞ。
布団も干しておいたから、きっとふかふかだ!
いやー!
ほんとにご苦労だった!
偉いぞ!
カエデ!」
そのおっさんは現れるなり、カエデ姫にそう捲し立てた。
えーと、
まあ、白塗りちょんまげの変な殿様が出てくるよりはマシだが、まさかこう来るとはな。
こっちのことはチラリとも見やがらない。
フラウもきょとんとしている。
「あのー、お父様?
お言葉はありがたいのですが、お客様もいらしてますので、まずは殿としてのお仕事をお願い致します」
カエデ姫がようやくと言った感じで、まだ喋り続けている殿様にそう言った。
「おお。そうかそうか。
ようやくカエデに会えた喜びですっかり忘れておった。
お客人。
これは失礼した」
カエデ姫に言われて我に帰った殿様は、ようやく自分の椅子に座り、こちらを見た。
「改めて、儂がこのカエデ姫の父であり、<ワコク>の国主でもある、イエナガだ。
本日はよくぞ我が国にいらした!
国をあげて歓迎いたそう!
どうぞ!
ごゆるりとお過ごしくだされ!」
せめて、カエデ姫の父ではなく、<ワコク>の国主の方を先に名乗るべきではないかと思ったが、俺は突っ込むのを我慢した。
カエデ姫も諦めたような呆れ顔をしていたし、テツも困ったような表情をしていた。
どうやら、普段からこの様子で皆を困らせているようだ。
俺としては娘を溺愛する姿はそれなりに好感を持てるのだが、カエデ姫はこりごりといった様子だった。
今はとりあえず挨拶だけで、詳しい話はまた後日ということで、その場はお開きとなった。
その後、フラウはトリアにお風呂に入れてもらうことになって、俺は1人でだだっ広い浴場を独占させてもらえることになった。
「ああ~~~~~!」
ようやく1人になれた上に、手足を伸ばしてもなお余裕がありすぎる風呂に浸かりながら、俺は今日の疲れを流した。
初日からずいぶん忙しい1日だった。
本来ならば秘密裏に動いて情報収集に走る予定で、数日は森で過ごすつもりでいたから、結果的には悪くはなかったのかもしれない。
いずれは転生者であることを話して、この世界の事情に深入りしていくことになるであろうとは思っていたが、まさか初日からずぶずぶ入り込んでいくとは。
なかなか予定通りにはいかないものだ。
まあ、すべてはパン神が仰々しく俺を降臨させたせいなんだがな。
そんなことをぐるぐると考えていると、
「おお!
草葉殿ではないか!
私も失礼するよ!」
大声でそう言いながら、殿様が入ってきた。
「と、殿様!?
急になんですか!?」
いきなりこの国の王が全裸で入ってきたものだから、俺はさすがにびっくりした。
いや、いくらなんでも無用心すぎないか。
お付きも誰もいないのかよ。
「うう~~」
などとうなり声をあげて、殿様は俺の隣に座ってきた。
「どうだね!
ここの風呂は良いだろう!
カエデも風呂が好きでね!
カエデのために最新式のものを導入したのだよ!
入口を通過した者の体温や状態に応じて、湯の温度や水質を瞬時に切り替えるのだ!」
いや、それは確かにすごいけど。
それよりも、
「殿様。
なぜここに?
話は明日にするのでは?」
そう。
この国のトップが護衛もつけずに裸一貫で来たからには、何かしらの目的があるはずだ。
「ふむ。
それなのだがね。
草場君」
あれ?
この人、俺のことは草葉殿って呼んでなかったっけ?
「明日の話の前に、どうしてもはっきりさせておかなければならないことがあるのだ」
殿様はそう言って、真剣な表情で俺の方を見つめた。
「なんでしょう」
どうやら、しっかりと聞いた方が良さそうだな。
「ふむ。
君は、
うちのカエデのことをどう思っとるのだ?」
「は?
カエデ姫のこと、ですか?」
話がよく見えないのだが。
「うむ。
カエデはあの通り、ものすごく美しいしかわいいだろう?
もしも君があの子を見初めてしまっていたら、転生者の力は惜しいが、君には他の国に行ってもらわねばならん!」
「……………」
なにキリッとした顔で言ってんだ。
このおっさんは。
「ど、どうなのだね!」
あ、なんか黙ってたら焦りだした。
俺が悩んでるとでも思ってるのかね。
「どうなんだ!
惚れておるのか!」
もうちょい遊んでてもいいが、へそを曲げられて話を聞けなくなっても困るから、そろそろちゃんと否定しておこう。
「あー、殿様?
俺は別にカエデ姫様のことを好いてはおりませぬよ?」
思わずこっちまで時代劇みたいなしゃべり方になってしまったじゃないか。
「ほ、ほんとか!?
カエデを見て惚れぬとは、そんな男がいるのか!?」
どんだけ親バカなんだこのおっさんは。
「えーと、それだと、この国の男性の方々は皆カエデ姫に好意を寄せていることになってしまいますが」
「はっはっはっ!
この国の野郎共は儂のことをよおく知っておるからな!
そんな大それたことをしようとする輩はおらぬよ!」
あー、なるほどね。
すごい殺気ですね、殿様。
了解です。
てか、鎖国って、カエデ姫を他の国の男に引き合わせないためにした訳じゃないよな。
「しかし、来たばかりの転生者がカエデに惚れんとは、君は男色か?」
ちゃうわ。
あー、江戸時代って、わりとそういう文化が盛んなんだっけか。
「いえ、そういうわけでは。
実は、向こうの世界に想い人を残してきまして」
ということにしよう。
「なんと!
それは災難だったな!」
ふう。
これでようやく解放されそうだな。
「だが、もう会うことは叶わぬだろう。
よし!
では儂が良き娘を見繕ってやろう!」
余計なお世話だこのやろう!
「い、いや、殿様?
いきなり異世界に来てそれはちょっと」
いつかはあるかもしれないが、今は正直それどころではない。
「いやいや、男は女がいればいくらでも強くなれる!
儂も妻を亡くしてからは失意のどん底だったが、カエデを娘に迎えてからは、再び不死身のイエナガとなれたのだ!
君はまだ娘という年でもないだろう。
まずは女を作れ!」
このおっさん、ずいぶんな二つ名をお持ちで。
というか、このままでは明日は俺の見合い話になってしまう。
そうだ!
「殿様!
俺には森で出会ったフラウという少女がいます!
先ほど俺の隣に座っていた子です。
縁あって、俺は彼女を育てなければなりません。
言うなれば、俺の娘です!
なので、あの子が育ちきるまでは、女性に現を抜かしている暇などないのです!」
これでどうだ!
「ふーむ。
そうか。
確かに子育ては大変だ。
儂にはカエデの上に、亡くなった妻との間に出来た息子がいるが、あれは小さい頃はなかなかに利かん坊でな。
子育ての大変さは身に染みて分かっておる」
お!
これはいけそうだ。
「わかった!
ならば、見合い話はなしだ!
その代わり、何か困ったことがあれば何でも相談してくれたまえ!
特に子育てに関することならば、援助は惜しまんぞ!」
「それは嬉しいです!
ありがとうございます!」
「うむ!」
殿様はかっかっかっ!と笑っていた。
無事に納まって良かった。
殿様も良い人そうだしな。
「それでは、私はそろそろ上がらせていただきます。
明日はよろしくお願い致します」
「うむ!
今日はゆっくり休みなさい!」
俺は湯から上がり、殿様に一礼してから出口に向かった。
殿様は湯船に浸かりながら、右手だけを上げて見送ってくれた。
がらっ!
「お父様!
今は草葉様が入られている時間じゃないですか!
って、
え?」
あー、カエデ姫様?
それなら、俺もここにいるだろうって思いますよね、普通。
当然いま全裸ですよ俺。
そんな一点集中で見ないでもらっていいですかね。
「っ!
きゃああああーー!!!」
「草葉殿ー!
カエデになんてものをー!」
いや、せめて普通逆じゃね?
俺が男湯と女湯を間違えるとか、侍女が間違えて案内するとかで、俺が後から入っちゃうパターンが一般的だと思うのですが、殿様に乱入されて、姫様が入ってきて、2人に俺が怒られるって、そんなことある?
理不尽だ。