第百六十九話 王座をめぐる戦い
「近々、我は殺されるようでな。
吸血鬼の王が代わろうとしているのだ」
吸血鬼の女王であるヴラド・ツェペシは俺たちにそう告げた。
「殺される?
暗殺計画でも立てられているのか?
正直、あんたを殺せるやつがそうそういるとは思えないんだが」
彼女は強い。
魔王やルルに並び立つほどに。
ゆえに、彼女をそう簡単に殺すことなど出来なそうなのだが。
「ふむ。
直接的な戦闘で言えばそうであろうな。
だが、ヤツはじつに巧妙でな。
我の眷属たちを超強化させた【魅了】で操り、味方につけているようなのだ」
【魅了】のスキル。
しかも、始祖の眷属の指揮を奪うほどに強力な。
まさかそれは……。
「……そうか。
おまえはスカーレットを知っているのか」
「やはり、スカーレットか」
スカーレットは魔王直属軍の1人で、以前にエルフたちを操って<ワコク>の軍に戦争を仕掛けてきた吸血鬼だ。
「うむ。
さらにはあやつ自身の眷属も多く、夜想国内の吸血鬼の半数がすでにあやつの側についているようだ」
革命か。
あっちの世界じゃ吸血鬼ってのは完全な序列制度だって聞いたことがあるが、こっちではそうでもないのか?
「ん?
何か質問か?」
女王は俺の様子に気付いたようだ。
「すまない。
俺は転生者で、こちらの世界の吸血鬼に関しての知識がほとんどないんだが、おそらく最初の吸血鬼であろう貴女に逆らうことなんて出来るのか?
あと、貴女以外の吸血鬼も眷属を生み出せるのか?」
「ああ、そうか。
転生者だったのか。
こちら側の血の匂いもするから、てっきり身近に転生者がいるだけの者なのかと思った」
匂い?
転生者の匂いというものがあるのだろうか。
まあ、吸血鬼だし、血の匂いには敏感なのかもな。
「おまえが言う通り、我は始まりの吸血鬼。
いわゆる始祖だ。
ルルの元で修行している最中に吸血鬼に目覚めた」
「吸血鬼は後天的なものなのか」
「そうだ。
これでも元は普通の人間だからな」
それは驚きだ。
ただの人間が突然、吸血鬼としての力に目覚めたというのか。
……あるいは、それさえ何者かの仕業なのか。
「で、そのあとはルルから吸血鬼としての力の使い方を学び、我は在野に下った。
ルルも我を後継者にするつもりはなかったようだ。
そして我は眷属を増やし、夜想国を作った」
女王はそこまで言うと、ああと思い出したように再び口を開く。
「そうだ。
おまえの質問に答えていなかったな。
結論から言うと、我の眷属に眷属を作る力はない。
さらに、我の眷属は普通なら我に逆らうことなど出来はしない。
これは我だけのスキルだからな」
スキル。
彼女の力もまたスキルなのか。
はたしてどこまでがスキルなのか。
眷属を作る力か。
あるいは、吸血鬼自体がそういうスキルなのか。
だが、その前に……。
「それならば、なぜスカーレットは眷属を作れる?
さっき、貴女はスカーレット自身の眷属も多いと言った。
それはスカーレットが眷属を作っているということだろう?」
「……ふむ」
女王は少しだけ悲しそうな目をしてみせた。
今まで、自分が殺されると言った時でさえ感情の揺らぎを見せなかった彼女が。
「スカーレットは我の妹だ。
そして、妹を吸血鬼にしたのは我なのだ」
「えっ!?」
スカーレットが妹?
そして、妹を吸血鬼に目覚めさせたのが女王?
「我が在野に下ってすぐ、平和に暮らしていた妹の村が魔獣に襲われてな。
妹は瀕死の状態で、回復魔法も受け付けない状態だった。
それを我が助けた。
多くの血を与え、我が心の臓の一部を与えた。
そして、妹は助かった。
人外の化け物になるのと引き換えにな」
吸血鬼の核は心臓と聞く。
その一部を与えたことで、スカーレットに吸血鬼としての力と、眷属を作る力の一部が渡ったのか。
「だが、所詮は一部。
あやつにここまでの力は、ましてや我が眷属にまで及ぶほどの力はなかったはずだ。
つまり、何者かがスカーレットに手を貸し、あやつの能力を大幅に強化したのだ」
何者か?
そんなの分かりきってる。
「……魔王か」
「そうだ」
他者のスキルを奪うだけでなく、スキルを強化することも出来るのか?
いや、そういうスキルを奪ったのだろうか。
いずれにせよ、それはかなり厄介な能力だ。
「……魔王の狙いは吸血鬼を自軍に引き入れることか?」
「そうだろうな。
我らが軍門に下れば、やつらは強大な力を持つ不死の軍勢を手に入れることになる」
それは、恐ろしく由々しき事態だ。
一人ひとりが不死、かつ強力な力を持つ吸血鬼。
それが国ごと魔王側につけば、人間側に勝ち目はなくなる。
それはなんとしてでも阻止しなければ。
「……その前に確認したいんだが、貴女のスタンスはどうなんだ?
魔王に協力してはいないようだが、吸血鬼はこの戦いにどう関わる?」
俺の質問に、女王は肩をすくめた。
「興味がない。
ルルの弟子だったと言ったろう。
基本は無為自然。
あるがままに。
我は、我らは何もしない。
それが我のスタンスだ」
「……そうか」
大きな力を持つ存在がそう在ってくれるのは正直ありがたい。
「……だが」
「ん?」
女王の瞳が紅く染め上がる。
「我らの安息を邪魔するのなら、何者であろうと容赦はしない。
我らは全力でもって、その排除に当たろう」
「……っ」
この重圧。
やはり、彼女を敵に回すのはマズい。
「……分かった。
俺たちにも協力させてくれ。
こちらからしても、吸血鬼が敵に回るのは好ましくない」
「ふむ。
共闘か。
敵の敵は味方。
いいだろう。
おまえたちの助力に、女王として感謝の念を示す」
そう言うと、女王は俺とフラウに深々と頭を下げた。
俺たちの礼儀作法に倣ってくれたのだろうか。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
俺も、それに対してしっかりと頭を下げて応えた。
「さて、まずもって問題なのが、我の眷属で誰がスカーレットに操られているかが判別できていないことだ。
これでは味方がどれだけいるかも分からぬし、後天的に操られた者を判別できないのも問題だ」
「……そうだな」
そういったものはスキル、というより魔法に近いか?
吸血鬼の女王でも分からないものを判別するには、もしかしたら既存の魔法にはないかもしれないな。
そうなると、
「……女王。
少し、助っ人を呼んでもいいか?」
「む?
構わんが、誰だ?」
「……神樹の守護者の弟子。
貴女の妹弟子に当たるヤツだ」