第百六十二話 ドワーフの昔語り
「……ん」
ベッドに身を預けた途端に眠ってしまっていたようだ。
昼過ぎぐらいから寝たようだが、今は何時ぐらいだ?
用意してもらった宿のベッドから身を起こし、窓にかけられていたカーテンを引くと、辺りはすっかり暗くなっていて、薄紅色の月が夜空に浮かんでいた。
月の位置からして真夜中、0時を過ぎたぐらいか。
「半日近く寝ていたのか」
数日寝ずにいることなど、前の世界では少なからずあったが、思ったより疲れていたようだ。
「……皆は別の部屋で寝てるのか」
外では交代制で雑魚寝だし、街で部屋を取るときも節約のために全員同部屋だからな。
とはいえ、今回は手配してもらったから、男女別にしてくれたのだろう。
「……少し風に当たるか」
喉も渇いていたし、飲み物を買いに行くついでに夜風に当たることにした。
「……ドワーフの国は夜でも稼働してるんだな」
街に出ると、真夜中だというのに店を出している者たちがいた。
その中に飲み物も販売している露店があったので、鉱山の名水とかいう体にいいんだか悪いんだか分からない飲み物を買った。
まあ、他は酒しかなかったから仕方ない。
味も、まあ普通の水だった。
「壮観だな」
その後、国の奥にある展望台のようなところまで足を伸ばしてみた。
そこからはドワーフの国が一望できた。
夜中だというのに道を歩く人々が散見され、鍛冶屋と思われる家々の煙突からもモワモワと煙が上がっている。
日夜問わず武器の精製を行っているのだろうか。
「おう。
影人か。
変な時間に起きちまったな」
「! 頭領」
眼下に広がる街並みを眺めていると、赤ら顔の頭領が話し掛けてきた。
そういえば、ここは頭領の鍛冶場からすぐだったな。
「ずっと起きてたのか?」
俺が尋ねると、頭領は手に持った火酒の瓶を煽りながら頷いた。
「あの刀は俺の最高傑作だ。
飲まずにはいられなかったんでなぁ。
弟子連中集めて酒盛りだぁ」
ヒックと喉を鳴らしながら話す頭領は嬉しそうだった。
「この国は元気だろ。
夜中だろうと構わず武器を打つバカばかりだからな」
頭領は街を見下ろしながら、愛し子を愛でるように呟く。
「……ああ。
こういうのは好きだ。
こんなバカばかりなら、世界は平和なんじゃないかと思うよ」
これは本音だ。
前の世界でも、こんな子供みたいな連中がいる国はだいたい平和だった。
「はっはっはっ!
そりゃ最高の褒め言葉だ!
人を殺すための武器を作ってる国が一番平和ってか?
皮肉がきいてていいじゃねえか!」
「それは解釈の違いだ。
人を守るための武器を作っている国は一番平和であるべきなんだ」
「……なるほどなぁ」
頭領はうんうんと頷きながら再び酒を煽る。
「……結局はどいつもこいつも、何かを守るために殺してる。
それをちゃんと理解した上での言葉だな。
おまえは、ただの甘ちゃんばかりの転生者連中とはひと味違うみたいだな」
「……そんなことはない。
俺はただの、1人のちっぽけな人間だ。
しょせんは1人では生きられない、ひ弱な人間に過ぎない」
「そのことを実感したことがなきゃ言えないようなセリフだな。
影人。
おまえはあっちの世界でもなかなか大変だったみたいだな」
……大変、か。
「……まあ、そうだな」
実際、端から見ればそうなんだろう。
俺は生まれた時から一族の家業を継ぐべく育てられたから特に違和感は感じていないが、一般家庭で育った学校の連中を見ると、やはり自分は大変なんだと思う。
「……それで、こっちに来てもまた特別に大変な命運をつかまされたわけか。
難儀なことだ」
そう語る頭領は訳知り顔だった。
「……なあ。
俺も、俺自身の運命?とやらをよく理解していないんだが、頭領の知ることを教えてはくれないか?」
この世界に来てから聞いたキーワードや言葉の端々から、ある程度の類推は出来るが、きちんとした話は結局聞けていない。
「……ん~」
頭領は頬をボリボリとかきながら頭の中で言うことを整理しているようだった。
「俺も、そんなに詳しいことは知らねえんだけどよ……」
そう呟いてから、頭領は静かに語り始めた。
「人間はスキルが。
魔族は魔法が得意だって話は聞いてるか?」
「ああ。
聞いたことはある」
「そうか。
今ではどっちも研究が進んで、人間も魔法を使うし、魔族もスキルを獲得するようになったが、昔は完全に使い分けされていたんだ。
つまり、人間はスキルしか使えないし、魔族は魔法しか使えなかった。
使わなかったんじゃない。
使えなかったんだ」
「……なぜだ?」
「そういうふうに作られたからだ」
「……作られた?」
なんだか、いきなり雲行きが怪しくなってきたな。
「そうだ。
人間と魔族はもともと1つの、同じ種族だったんだ。
それを女神様が魔と技の、2つの種族に分けたんだ」
「……」
ここでまた、あの神が出てくるのか。