第百五十二話 滅びの王
フラウだけでもバラムのもとに転移できればと思ったが、バラムが影分身を潰してくれたおかげで俺も【影追い】が可能なだけの影を確保できた。
【影追い】によって転移した俺たちの眼前には、骨だけの口を開けて驚いているバラム。
「フラウ、やれ」
「はいです!」
フラウが二刀短剣に改めて力を流す。
『はっはっはっ。
そんな不完全な巫女の力で私を消そうなどと!』
バラムはカタカタと歯を鳴らしながら右手を挙げ、フラウの攻撃を防ぎにかかる。
完全には消せずとも、少しでもダメージを与えられればいいが。
その時、俺は無意識のうちに、フラウの肩にのせた手を通して、俺の中の力をフラウに流していた。
「……あれ?
ご主人様、なんか、いけるかもです!」
それを感じたのか、フラウは自分に溢れる力を形にしようとしていた。
「おまえの好きにやってみるといい」
「はいです!」
そして、フラウは改めて光の巫女の力を短剣に流しつつ、両手に持ったそれを天に掲げる。
「……【錬成[聖剣]】!」
青白く輝く光が短剣の形に沿って纏う。
そして、その光は刀身部分のみが急激に伸びていく。
それはかつて、仮面の男を吹き飛ばした光と同じ力だった。
これは、イケる!
「いけ!
フラウ!」
「えああああっ!!」
そして、フラウは天を貫く青銀の剣をバラムに向けて振り下ろした。
『……ふむ』
バラムはその青銀に輝く剣を見上げ、挙げていた手をスッと下げた。
「!」
『……見事』
そして、バラムは聖剣をそのままその身に受けた。
振り下ろされた剣は天井も壁も玉座も破壊し、バラムは地に伏せた。
『……ぐっ、がはっ。
ぐはははは、見事、じつに見事だ!
不完全な巫女の力を闇の帝王の因子が補ったか!』
バラムの手足がスウッと透けていく。
『ふははは。
どうやら、私は終わるようだな』
自らの死期を悟ったというのに、バラムは愉快そうに笑っていた。
「……なぜ、攻撃を受けた。
あれだけ大きなモーションなら防御するなり、避けるなり、あんたなら対処は出来たはずだ」
それなのに、最後はその手を下ろした。
そして、主の最期を悟ったかのように、広間中に蠢いていたスケルトンどもは影に溶けるように消えていった。
『……ふふふ。
簡単だ。
それが私の願いだったからだよ』
「……死ぬことが、願いだったのか?」
バラムは薄くなっていく自らの存在を確かめながら、少しだけうつむくように頷いた。
『……私は罪深き王。
私のせいで民は死に、国は滅びた。
これは愚かな私に神が与えた不死の呪いだ』
……不死の、呪い。
「神って、あの女神か?」
あのパンダがそんなことをするのだろうか。
『ああ、そうか。
貴様ら転生者は女神と直接対話したことがあるのだったな。
ならば、あまり安易に彼女を信じない方がいい。
神は貴様が思っているよりもしたたかで計略的だ。
私とて、いまだにどこまでが神の盤上なのか分からんからな』
「……あんたは、何をしたんだ?」
バラムは少しの間、沈黙し、やがて口を開いた。
『私は、魔族との対話を望んだ。
魔王とも話し合いで何とかならないかと思ってね。
しかし、その返答を持ってきた者はすでに魔王直属軍の者のスキルによって洗脳操作されており、私はその者に刺され、王国は内と外から崩壊した。
その後、私の遺体は<マリアルクス>軍の手によってこの大墳墓に安置されたが、そこで私は甦った。
死ぬことのない、不死の化け物として』
魔王との対話。
この人は、武力をもって侵攻してくる敵に、武力ではなく言葉でもって対抗しようとしていたのか。
『私はこれを神の罰だと考え、民たちへの贖罪と思って、永遠を生きようと思った。
だが、そんな折り、この大墳墓を探索に来たゲタンが現れた。
ヤツも初めは驚いていたが、私を滅する手伝いをすると言ってきたのだ。
死ねるかもしれない。
そう考えた時、私は死を渇望していた。
どうせなら、民と、皆と同じ処に行きたい。
そう思ったのだ。
それからは、この城の結界から出られない私の代わりにゲタンがいろいろと動いてくれた。
そして、私を滅せる力を持つ光の巫女の存在を知った。
しかし、その力を持つ少女はまだ未覚醒だった。
本来は対で存在しているはずの神託の巫女がいなかったから。
そして、神託の巫女の代わりに光の巫女を覚醒させられる可能性があったのが、闇の帝王の因子を持つ者だ。
この地に貴様が降り立った時ほど、すべては神の掌の上なのだと思ったことはない。
そして、私はゲタンに命じて、捕らえておいた少女を放った』
……やはり、フラウの逃亡は仕組まれたものだったか。
それに、俺とフラウの出会いは神託の巫女の未来決定能力によって定められていたとも聞く。
『……貴様、名前はなんだったか』
「……影人だ」
『そうか。
影人。
もっとこちらへ。
頭を貸すのだ』
バラムは消えかけの腕を何とか持ち上げる。
「ご主人様、危ないです!」
「……大丈夫だ」
フラウが止めようとしたが、俺はバラムに頭を垂れた。
もう、バラムにはそんな力はないし、何より殺気も悪意も感じなかったからだ。
『……』
バラムが何事かを呟くと、バラムの中の何かが俺に流れ込んできたのを感じた。
「これ、は?」
俺の身体を、新たな力が巡る。
『それは滅びの王という称号、ジョブだ。
いまそれが私から貴様に引き継がれた』
「滅びの王……王級か」
それは、今までの力とは一線を画する気がした。
なんというか、力の質が変わったようだった。
『じつを言うと、貴様らが求めていた術式というのは、この滅びの王の称号のことなのだ。
この称号を持つ者でなければ、黒影刀の本来の姿の力を扱うことが出来ない。
そのために必要とされるもののようなのだ』
「……なるほど」
バラムはなぜそれを知っているのか。
かつて、黒影刀がその姿であったことがあるのなら、滅びの王という称号を持つ存在が他にもいたのだろうか。
ならばなぜ、不死であるはずのそいつは今いないのか。
「ん?
というか、俺はあなたと同じ不死になってしまったのか?」
「えっ!?」
『それは心配ない。
言ったであろう?
私の不死は罰だ。
称号とは関係ない』
「そうか、ならばいいが」
フラウも隣でほっと胸を撫で下ろしていた。
「……」
そこまで話を聞いて、ふと気が付く。
黒影刀の本来の姿を取り戻すのに滅びの王の称号が必要。
黒影刀を持つのは闇の帝王の因子を持つ俺。
俺に滅びの王の称号を与えるにはこの人を倒さなければならない。
それには光の巫女の力が必要。
さらに、光の巫女であるフラウの覚醒には俺が必要。
そして、神託の巫女の力によって俺たちは引き会わされた。
そもそも、彼が滅びの王になるためには、西の<アーキュリア>が滅びなければならない……。
そして魔王は対話を望んだ<アーキュリア>の王に刺客を送った。
『……貴様の考えていることは分かる。
いったいどこまでが神の意志なのか、ということだろう?
一部なのか全てなのか、あるいは、いまそう考えている自分の意思でさえ、もしかしたら……と』
……その、通りだ。
『それを考えるのは正直無駄というものだ。
私も散々頭を悩ませたが、結局は私は私の意志のもとに行動したと結論付けた。
だが、これだけは言える。
この世界の神をあまり信じすぎてはいけない……』
たしかにな。
どっかの哲学者もそんなことを言っていたし。
神に直接問いただせるわけでも……ん?
いや、聞けるな。
そうか。
今度教会に寄って、あのくそパンダに聞いてみるか。
出てこなければ、あいつの偶像を全部叩き割ってやろう。
そう思ったら、なんだかスッキリしたな。
『ん?
なんだか分からんが、貴様の中で解決したのならいい』
バラムがそう言うと、時間切れとばかりにバラムの足先が消え始めた。
そしてそれは、徐々に体全体へと及んでいく。
『ふむ。
ようやく終われるな』
バラムの瞳に宿る紫の炎が消え行く。
『影人と、そしてフラウと言ったか。
不完全な者同士、互いに補完しあうのだ。
そして、願わくば、世界に、平和、を……』
それだけ告げて、バラムはこの世界から完全に消失した。
「……ご主人様。
これで良かったのでしょうか?」
「……ああ、これが彼の望みだった。
これで良かったんだろう」