第十五話 変態、延髄を蹴られる
「私が言うのも何ですが、
よろしかったのですか。
こちらに来て」
東の国<ワコク>に向かいながら、カエデ姫が俺に言ってきた。
「正直、私はマリアルクスに行かれるものと思っておりました。
南の最前線で戦闘しているのはマリアルクス軍が主ですし、そちらの方が情報も得やすいでしょう」
テツもカエデ姫に賛同するようにそう言った。
「まあそうだろうな。
だが、俺としては転生者で6年前に降臨したはずのカエデ姫が姫という立場で陣頭指揮をしていることに興味を持った。
戦況やらの情報は手に入りやすいが、あんたのパーソナルな部分はいま同行しなければ、きっともう手に入らないだろうと思ってね」
「そ、そうですか」
そして、もう一つの理由はテツの背中で寝息を立てている少女の存在だ。
この少女フラウは後々俺の助けになると、あの時、そう思った。
それに何より、フラウのためにも、俺が側にいてやることが必要なのだと分かったからな。
そのためには、フラウが懐いているカエデ姫と忍のトリアがいる東に行くのが良いだろう。
ライズ王子は悔しそうな顔をしていたが、まあいいだろう。
彼は彼で、一国の王子として人間のためを思って行動しているだけのようだしな。
「俺は、東に行く」
「草葉様!」
「草葉殿!」
俺がそう言ったあとの2人の反応は対称的だった。
カエデ姫は嬉しそうに両手を胸の前で合わせて飛び跳ね、ライズ王子は悔しそうに拳を膝の上で握りしめて前のめりになっていた。
「…………草葉様。
理由をお聞かせ願えますか」
ザジが我慢ならない様子で口を挟んできた。
俺はそれを一瞥してから、まったく別の、誰もいない方を見ながら、それに答えた。
「俺は、手の内を隠しすぎるやつを信用できない」
『!』
『!』
「どういうことでしょうか」
どうやらライズ王子たちにも知らされてなかったようだ。
だが俺は、ずっとそいつらの動向を追っていた。もちろん、突然気配も匂いも何もかもが希薄になった瞬間も。
あまりにも希薄すぎて、おそらくそれを感知できる者はほとんどいないだろう。
俺も、始めから追っていなければ気付くことはできないと思う。
完璧なまでの隠蔽能力。
何らかの特殊スキルだろうか。
「いい加減出てきたらどうだ?
これ以上、さらに心証を悪くすることもないだろう」
「いやー、バレてましたかー。
今度の転生者もなかなか面白い素材ですねー」
「私のスキルを看破するなんて、ただ者ではないですね」
俺がそう言うと、俺が見ていた何もない空間から声がした。
少しして、その空間がわずかに揺れ、ぶれる景色の中から2人の男女が現れた。
1人は白衣を着てメガネをかけた長身の男。
おそらく二十代前半から半ば。
端正なルックスだが、猫背で、きょろきょろと辺りを見回す様子から、人に不信感を与える印象だ。
もう1人は白の差し色の入った緑色のヒラヒラとした上着に、同じ色のスパッツのようなものをはいている。
衣装よりも薄い緑色の髪をポニーテールにしている。
隣の男が長身なのもあって、やたら小柄に見える。フラウといい勝負だ。
「フォルトナー博士!」
リードが突然現れた男に向かってそう叫ぶ。
「リエルのスキルか。
博士。
なぜあなたがここにいる」
ライズ王子が睨み付けるように冷たい視線を博士に向けた。
「いやー、ライズ王子。
すみませんねぇ。
実はこっそり王に頼まれてしまってー。
ライズ王子たちだけでは不安だから、こっそり様子を見に行ってくれってー」
博士は後頭部に手を当てて、まったく悪びれずにそう言った。
「正確には、マルクス博士が新しい転生者の能力を見たいからという理由で王をごり押ししたからです」
「ちょっ、ちょっと!
リエル君!
それは内緒でしょう!」
が、その後のリエルのチクリに焦った様子を見せていた。
「………余計なことを!
あなたのせいで、我々は貴重な戦力を得る機会を失ったのですよ!」
いやいや、勝手に協力することにするなよ。
「いやー、ほんとすみませーん」
この人はまったく反省してないな。
俺がそんな風に呆れていると、
「いや!それにしても!
あなたのその気配察知能力!
まことに素晴らしい!
リエル君の【森の隠者】は魔法やスキルによって看破されないはずなのですが、いったいどんな奇跡のような力を使ったのですか!
それにキマイラを一太刀で倒したあの戦闘能力!
私の【解析】を持ってしても計り知れない力!
ああ!
今すぐにでも調べたい!
眺めたい!
触りたい!
かいぼ……げふんげふん!
解析したい!」
博士がそう言って近付いてきた。
なんか今、解剖って言いかけなかったか?
俺はいろんな意味で身の危険を感じたため、テツやカエデ姫の後ろまで後ずさった。
「ああ!
その瞬発力!
どうなっているのですかー!」
そう言って、博士はこちらに走ってきた。
いや、怖いから!
そこのあんた!
助手だろ!
やれやれじゃないよ!
この人を何とかしてくれ!
俺がキマイラにも感じることのなかった恐怖を感じていると、俺の目の前にバッと小さな少女が飛び出てきて、博士の前に立ちふさがった。
「この人をいじめちゃいけません!」
さっきまですやすやと寝ていたフラウだ。
いつ起きたのか、俺と博士の間に立って、怒った顔で博士を睨み付けていた。
「フラウ。
どうした?」
俺は両手を目一杯広げている少女に声をかけた。
なんだか、子猫が精一杯威嚇しているのを思い出す。
するとフラウは顔だけをくるっとこちらに向かせて、
「ご主人様。
フラウにお任せください!」
そう笑顔で言ったあと、再び向き直って博士に対してフシャーし直した。
いや、いつから俺は君のゴシュジンサマになったんだ?
そう突っ込みたかったが、フラウに気を取られた博士がリエルによる延髄切りでドサッと倒れたために突っ込むことができなかった。
その後、目を覚ました博士は目を光らせるリエルとライズ王子のもと、俺に謝罪し、今回はこちらに落ち度があると、ライズ王子は引き下がることを認めた。
だが、<ワコク>での話が一段落したら、ぜひとも<マリアルクス>にも来てほしい。博士には2度と近付かせないからとも言っていたので、それなら行ってもいいかなと思った。
そのあと、いくつか話をして、ライズ王子たちは南へ。
博士とリエルは北へと帰っていった。
どうやら王への報告は博士(主にリエル)が代表して行うようだ。
その場に残った俺たちは、今日はこのままここで野営することになった。
フラウの事情を聞いておきたかったからだ。
黒装束の2人は報告のために一足先に<ワコク>に戻ったため、ここには俺とフラウと、カエデ姫とテツ、そしてトリアの5人だけとなった。
護衛の人数を減らしたのは俺を信用していると思わせるためでもあるのだろうし、カエデ姫の防御力なら大丈夫だという、カエデ姫への信頼の証でもあるのだろう。
「それで、フラウ。
君の事情を聞かせてくれないか?」
俺はフラウの目線の高さまで腰を落とし、フラウの目をしっかりと見てそう伝えた。
「えっと!
ご主人様は私のご主人様で!王子様で!
救世主様なんです!
って、おねえちゃんが言ってました!」
「………うん。
落ち着いて、ゆっくり説明してくれるかな」
自信満々にそう言い切るフラウに、俺はそう言うしかなかった。
カエデ姫がほわほわした笑顔でそれを見ている。
いや、癒されてないで手伝ってくれ。
子供の相手は慣れてないんだ。