第百四十四話 足止め
『ふむ。
ようやく来おったか』
地下の大墳墓で影人たちを待つ男が結界への侵入を感知する。
男の名はバラム。
玉座に座るその男は全身骸骨姿だった。
そして、その骨の体を漆黒の衣で纏い、指にはいくつものギラギラとした指輪をはめ、頭には金色に輝く細身の王冠を被っていた。
また、その眼球のない目には赤い炎のような光が灯っている。
「我が主。
まずはいかがいたしましょう」
仮面の男、ゲタンが執事のようにお辞儀をしながらバラムに尋ねる。
バラムは結界の感知によって知り得た4人の侵入者の情報を頭の中で確認する。
『ふむ。
巨人の王と、神樹の守護者の弟子とやらは邪魔だな。
技が大味すぎるし、障害にしかならないだろう。
まずは、その2人の足止めだな』
「ならば、私が参りましょうか?」
ゲタンが顔をあげて提案する。
『いや、貴様は万が一のために取っておきたい。
この前、新たに手駒に加えた奴隷商だった者たちがいるだろう?』
バラムに言われ、合点がいったゲタンがにやりと笑う。
「ああ、光の巫女や他の奴隷たちを管理させていた人間だった男たちですね」
ゲタンが語るように、フラウを閉じ込め、他の奴隷とともに管理させていた男たちがいた。
が、その者たちはフラウを解き放った時点で不要となったため、生ける屍として再利用することにしたのである。
そして、バラムの力によって生ける屍と化した者は特殊なスキルを身に付けることが多い。
『うむ。
その中に、なかなか面白いスキルを得た者がいてな』
バラムは楽しそうに言うと、燃え盛る瞳の光を強く輝かせた。
『巨人の王に、神樹の守護者の弟子。
そなたらの力を試すとしよう!』
「よく建ってるな、これ」
見れば見るほどボロボロな、巨大な城。
崩壊しないのが不思議なぐらいに穴があき、壁が崩れている。
「魔法の力。
これだけの大質量を安定させるのは、けっこうすごい」
プルがぽつりと呟く。
「……いや、これは……幻術?」
「え?」
プルがぶつぶつと呟く声に聞き返そうとしていたら、突然、城へと向かう道が隆起し始めた。
「な、なんだ!?」
「地面が揺れてるのだー!」
「じ、地震ですー!」
「む」
そして、そこここで盛り上がった地面を突き破るようにして、大量の生ける屍が這い出てきた。
「キモいのだー!」
ノアがそう叫ぶのも無理はない。
出てきたのは、いらゆるゾンビだ。
顔は崩れ、破れた腹から内臓を飛び出している者もいる。
肌は青白く、手足を引きずるように歩く。
そして、何より、
「くさいです~!」
フラウが鼻を抑えて悶えている。
そう。
鼻がもげそうなほどの腐臭を放っている。
死んで、腐っているのだから当然か。
犬並みに鼻がいいフラウは余計だろう。
「あ、結界張ってる」
プルはさっさと防臭効果のある結界の中に引きこもっていた。
そして、ゾンビたちはわらわらと歩きだした。
が、こちらを狙って襲ってくるのではなく、思い思いの方向に歩いているようだった。
こちらに向かってきた個体はきちんと俺たちを襲ってくる。
どうやら、近くにいる人間を襲うようだ。
そうでない場合は徘徊するのか?
俺たちは向かってくる鈍足のゾンビたちを蹴散らしながら様子を伺う。
やはりゾンビたちは多少の攻撃では沈黙しなかった。
どうやら、頭を潰すのが最も有効のようだ。
その辺りはゾンビ映画と同じだな。
「……影人。
マズいかも」
「プル?」
プルが俺の袖を引っ張る。
「ゾンビたちが向かっていく方向。
ボルクスがある」
ボルクスというのは、以前にゲルス子爵を調べるのに協力してもらった、ギルドマスターのゴリアテがいる街である。
西の《アーキュリア》復興の要となる場所だ。
「それはヤバいな。
より多くの人を求めて進むつもりか」
そうなると、ここにいる無数のゾンビどもをすべて始末しておかなければならない。
それは、なかなかに骨の折れる作業だ。
「まーまー。
ここは私に任せるのだ!」
「ノア?」
ノアはそう言うと、2メートルほどの大きさにした大戦鎚を呼び出し、それを地面に叩き付けた。
すると、ちょうど城を囲う城壁と同じ広さの高い岩壁が出現し、ゾンビも俺たちも、そのすべてを内側に閉じ込めた。
ゾンビたちはその岩壁に阻まれ、外に出れずにいるようだった。
「これで奴らは外に出れないのだ!」
ノアが腰に手を当てて、えっへんと胸を張る。
が、その間にもゾンビたちは次々と地面から溢れ出てくる。
「こいつら、無限湧きか?
これはゾンビの流出自体をどうにかしないと、いずれゾンビで溢れるんじゃないか?」
それに、あまり数が増えすぎると、さすがに俺たちでも対処しきれなくなる。
「それなら、私がこれから大地を浄化するのだ!」
ノアはそう言うと、地面に置いたままだった大戦鎚をつかみ、力を流し込んだ。
すると、大戦鎚から白い光の波が生まれ、大地に伝播していく。
その光に触れると、ゾンビたちは苦しみだし、新たに生まれるゾンビのペースも遅くなったような気がする。
「そんなことも出来るのか」
「そーなのだ!
ノアはすごいのだ!」
ノアはそう言いながらも、額に汗していた。
この技は、見た目以上に魔力を消費するようだ。
「でも、これをやってる間は無防備なのだ。
だから、なんとかしてほしいのだ」
「ん。
フラウさん。
お手を拝借」
「え?
あ、はい」
ノアの要望を受け、プルがフラウの手を取る。
そして、フラウから、光の巫女の魔力がプルに流れる。
《聖域結界》
プルが魔法を発動すると、ノアの周りに三角柱の透明な結界が張られる。
それに触れたゾンビは一瞬で燃え尽き、消え去っていた。
「魔法創造者の大賢者と、光の巫女の合わせ技。
ゾンビどころか、リッチーでも破れない」
「おおっ!
すごいのだ!」
「ふふふ、それほどでも、ある!」
ノアに褒められ、嬉しそうなプルだった。
「これなら安心して浄化作業を続けられるのだ!
おまえたちはさっさと城の中に進むのだ!」
「1人で大丈夫か?」
「心配無用なのだ!
未来の旦那様は未来の妻が心配なのだ?」
「なっ!
行きますよ!
ご主人様!」
「おっとと」
ノアのイタズラな笑みに、フラウは俺の腕を引っ張って、城にずんずんと進んでいった。
「ノア!」
「んー?」
進みながら、フラウがノアに声をかける。
「ノアがいなくなれば、ご主人様が悲しみます。
それは、許さないのです」
「おう!
必ずまた会おうなのだ!」
嬉しそうに返事をするノアに、フラウは照れくさそうな顔を見せないように前に進んだ。
俺とプルもそれに微笑みながら、フラウのあとを追うことにした。