第百三十八話 決着
「……ぐっ」
「いてててて」
互いに渾身の力を込めた一撃。
俺の右腕は骨が折れ、ところどころの肉が剥がれている。
右腕を動かそうとしても、全身に痛みが走るだけで、ピクリとも動かない。
痛みで頭がガンガンする。
だが、ダメージを受けたのは俺だけじゃないようだ。
破理の『魔天纏』にはヒビが入り、その右腕もまた、だらんと下に垂れていた。
「いてて。
さて、互いに右腕は使い物にならなくなったな。
まだやるかい?
兄ちゃん」
「当然だ」
俺は答えると同時に走り出す。
もう闇の力はほとんど引き出せていない。
力自体は底をついていないが、俺自身が力の反動に耐えられない。
俺は最低限の力を身に纏い、破理に向かって跳んだ。
「ふむ。
さっきのスピードはどこへやらだな。
痛みで動きも粗い」
破理は飛び蹴りをする俺を軽くかわし、残念そうな顔をしながら、空中の俺に左の拳を放った。
手傷を負ってなお、その拳には凄まじい魔力が込められていた。
「……あまり速いと、受け取り損ねるからな」
「はっ?」
そして俺は、俺に向かってくる黒影刀を左手でつかんだ。
「はぁっ!?」
破理が黒影刀が飛んできた方向を見ると、ミツキが弓を構え、にやりと笑っていた。
ミツキが黒影刀を弓につがえ、俺に向かって射ったのだ。
黒影刀に残った闇の力が俺の体を無理やり動かす。
俺は体をひねって破理の拳をかわすと、引き出せるすべての闇の力を黒影刀に込めた。
「終わりだ」
俺が黒影刀を振りかぶると、破理は嬉しそうに笑った。
「はは、すげーよ、兄ちゃん」
「あああああーっ!!」
そして、俺は破理の体に思いきり刀を振り下ろした。
「ご主人様!」
「どったの?
フラウ」
星空巡るルルの書庫で、目を閉じて瞑想をしていたフラウが突然、立ち上がり、声をあげた。
「な、なんか今、ご主人様が見えた気がして……」
フラウは額に汗して、ハーハーと息を乱していた。
「ふむふむ、順調に進んでる、のかな?」
プルがフラウの身体を巡る魔力を見つめると、先程よりも輝きが増しているのが分かった。
「もう少し具体的に視えるようになったら、次の段階に進むでー」
「うん、分かった」
フラウはふーっと、一度深呼吸をしてから、再び腰を下ろし、瞑想を続けた。
プルはようやくお目当ての本を見つけ、真剣な顔でそれに目を落としていた。
「ぐ、ぬぅぅ」
「くそっ!
浅かったか!」
俺は着地すると、黒影刀を支えに膝立ちする。
闇の力は左手の黒の指輪で抑え込むことが出来たが、もう、まともに立つ気力も残っていなかった。
俺はハーハーと肩で息をする。
右腕を中心に、全身が悲鳴を上げている。
闇の力による身体能力向上の反動だろう。
一方、破理は右肩から左腰にかけてを大きく切られ、傷口から大量の血を流していたが、まだその場に立っていた。
「『魔天纏』が邪魔をしたか」
ヒビが入っていたとはいえ、黒影刀の斬撃を弱めるには十分だったようだ。
「ふふ、ふはははは!」
破理は傷を抑えながら、嬉しそうに笑った。
「すごいぞ!
兄ちゃん!
まさか俺の『魔天纏』が完全に破砕されるなんてな!」
「ちっ!
真っ二つにするつもりで斬ったんだがな」
俺が悪態をつくと、破理は肩を竦めた。
「怖い怖い。
ま、戦いはおじさんの負けってことでいいよ」
破理はそう言うと、懐から小さな黒い水晶を取り出した。
それを左手で握り潰すと、破理の前に黒い扉が現れた。
あれは、逃げる気か!
「ミツキ!」
「うん!」
俺の声に合わせて、ミツキが手持ちの矢を使い切る勢いで破理を射る。
「おっとっと!」
が、破理はそれらをすべていなし、かわした。
「くっそー!」
ミツキは矢をすべて使い切り、持っていた短剣で破理に向かおうとした。
「待て!
ミツキ!」
だが、俺がそれを止めた。
ミツキもその場に立ち止まる。
「……いい判断だ。
兄ちゃん」
自分に向かってこようとするミツキに向けた殺気は危険そのものだった。
ぼろぼろになってもなお、ミツキを粉々にするぐらいなら出来る。
その殺気に、俺はそんな脅威を感じ取った。
そして、破理の前に現れた扉が開く。
「……兄ちゃん、名前はなんだっけか?」
「……影人」
俺が名乗ると、破理はニッ!と歯を見せて笑った。
「影人!
楽しかったぞ!
またやろうな!」
破理はそう言って、扉の中へと消えていった。
そして、扉は閉まると、スウッとその姿を消した。
「……もう、二度と勘弁だよ……」
「影人っ!」
それだけ呟いて、俺の意識は遠ざかった。