第百三十七話 再びの闇の力
「その指輪は、スカーレットの障壁を打ち破った時の……」
ミツキが俺の右手にはめられた因果の指輪を見ながら呟く。
破理と同じ、魔王直属軍のスカーレットの障壁を破った、あの闇の力なら、破理の『魔天纏』も破れるかもしれない。
「……その力、使って大丈夫なの?
あの時は何とか抑えられたみたいだけど、最後の方はちょっと暴走しかけてたじゃない」
ミツキが心配そうに俺を見てくる。
「分かってる。
だが、影撃の英雄になって、俺のステータスも上がってる。
今なら、あの時よりもコントロール出来るはずだ。
それに、俺の考えが合っていれば、あいつは何よりも先に、今ここで始末しなければならないだろう」
「え?
殺すってこと?」
ミツキが驚いた顔をしている。
「……ああ。
でなければ、あいつは危険すぎる」
「たしかに、スキルを一時的に封じるスキルを使う上に、肉弾戦が無敵とか、強敵すぎるけど、なんでそこまで?」
ミツキはまだ気が付いていないようだ。
あいつが、魔王直属軍に所属しているという脅威を。
「……俺の万有スキルは、あいつの無効化フィールドの影響を受けない。
そして、おそらくだが、魔王のスキルも万有スキルだ」
「……それが何よ」
「魔王のスキルは、詳しくは分からないが、空間を自由に転移できるようだ。
それこそ、<マリアルクス>の王城にさえ。
そして、<ワコク>のカエデ姫の眼前にさえ」
「え、それって、まさか……」
そこまで言うと、ミツキが顔色を変える。
「魔王の転移にどんな制限があるのかは分からないが、魔王のスキルに、ヤツの無効化フィールドは効かない。
そして、破理がカエデ姫の元に転移できてしまえば、人間の領域を守るカエデ姫のスキルは使えなくなる」
それはつまり、魔王軍の大軍勢が攻められるようになることを意味する。
「おー!
坊っちゃん賢いなー!」
「……地獄耳だな」
だいぶ小声で話していたのだが、破理には、俺たちの会話が聞こえたようだ。
それを聞いていた破理は感心したように腕組みをした。
「うんうん、まさに坊っちゃんが言った通り、うちの魔王のお嬢ちゃんはそれを計画してるみたいだ。
今は<ワコク>に扉を設置するために、いろいろ画策してるみたいだぞ。
他にも手は考えてるみたいだが、今のところはそれが最有力だな」
「……ずいぶんはっきりと白状するんだな」
破理は俺の言葉など、まったく気にしていない様子だった。
「そりゃ、分かった所で止められないだろ」
破理の言う通りだ。
そのやり方で来られたら、はっきり言って止めようがない。
彼以外には所有者のいない、スキルを封じるスキル。
破理のスキルを無効化するスキルなどないのだから。
「それに……」
破理がにやりと笑う。
「教えた方が、坊っちゃんたちは本気でおじさんを殺しに来るだろ?」
「……戦闘狂め」
俺の言葉に、破理が肩をすくめる。
「言っただろ?
おじさんが求めているのは、強者との戦いだけ。
結界がなくなれば、人間たちと戦える。
さらにそれを話せば、全力で俺を殺しに来る坊っちゃんたちと戦える。
良いことづくめだ!」
破理は両手を広げ、笑ってみせた。
この男に言葉は通じない。
止めたいなら、拳で止めるしかない。
その息の根ごと。
「……解放しろ。
因果の指輪」
俺は黒影刀を持ち直し、因果の指輪を解放した。
「……ぐっ」
指輪を通して、凄まじい闇の力が黒影刀に流れ込んでいく。
「お~!
それがスカーレットの障壁を打ち破ったとかいう力か~。
なるほど、こりゃすごいわ!」
俺の右腕から立ち上る闇の力を眺めながら、破理が声を上げる。
「ミツキ、援護を頼む。
威嚇射撃とか、目眩まし程度で構わない。
あいつがわずかにでも意識を散らしてくれればありがたい」
「わかったわ」
俺の言葉に応じて、ミツキが弓に矢をつがえる。
その間も、指輪から黒影刀への力の流入は止まらない。
溢れる力に、黒影刀が暴れたがっているのを感じる。
いっそ、この力に身を委ねてしまいたくなるほどに。
きっと、そうすれば、破理は難なく撃破できるだろう。
ミツキと、この国も巻き込んで……。
だが、そんなわけにはいかない。
俺が暴走すれば、この破壊の力はまず、俺が背中を預けているミツキに及ぶのだから。
俺は自分にそう言い聞かせ、理性でもって黒影刀を落ち着かせる。
「……よし」
少しだけ安定させた黒影刀を構え、俺は破理に向かって跳ぶ。
黒影刀に蓄えた闇の力を自分に再び還元させ、身体に纏わせることで、自身の身体能力を大幅に向上させることが出来た。
地面を弾き、最初の数倍の速度で接敵する俺を、破理は嬉しそうに視認しながら、俺と同じ速度で、俺に向かって飛び出してきた。
そして、2人の中間地点。
俺とあいつとが邂逅するであろう場所に向けて、闇の力をその身に湛えた黒影刀を思いきり叩き込んだ。
「よっ、と」
「なっ!」
破理は俺と接敵する直前で、滑るように上半身を後ろに倒し、空振りした黒影刀の柄を、勢いそのままに蹴り跳ばした。
黒影刀は俺の手からすっぽ抜け、後方に飛ばされてしまった。
渾身の力を蓄えた刀をあっさりと。
「武器は手離しちゃえるのが難点だよな」
破理はそう言いながら体勢を立て直し、俺に向けて拳を放つ。
「ちっ」
俺は指輪から漏れ出す闇の力を自分の身体に纏った。
黒影刀に伝わせるよりも負担は大きいが、身体能力はさらに向上する。
そこからは、単純な肉弾戦。
技と技の応酬だった。
「ほっ!
よっ!
おっと!
そりゃ!」
破理は一撃ごとに一言発してくる。
俺が破理の上段回し蹴りを身を屈めてかわし、軸足に足払いをすると、破理はその軸足でジャンプして、体をひねって再び回し蹴りをしてくる。
俺はそれをさらに身を低くして、地面に這うような形でそれをかわし、手で地面をつかみ、足を空に向けて、破理に蹴りを入れる。
破理はそれを手でガードしながら、後方にジャンプして距離を取る。
俺はその隙に立ち上がり、体勢を立て直す。
その瞬間を狙って、破理は再び俺に接近してくる。
よく見ると、拳が開かれて、指が揃えられている。
抜き手と言われる貫通技だ。
俺もそれに抜き手で応じる。
極限まで練られた魔力と、膨大な闇の力。
研ぎ澄まされた2人の右手は、磨き抜かれた刀剣のように、重なった瞬間、ギィン!と、剣戟のような音を立てる。
そのまま抜き手で互いに打ち合う。
破理の抜き手は一発でもまともにくらえば致命傷。
だが、俺の攻撃も、徐々に破理の『魔天纏』に衝撃を蓄えている。
打ち合いの最中、破理の抜き手が俺の頬を斬る。
「きゃっ!」
俺の頬から血がバッ!と吹き出し、ミツキが声を上げる。
ミツキは援護射撃の隙を狙っているようだが、俺たちの動きが速すぎて、その機会を見つけられずにいるようだった。
そして、俺はそのまま顔を振り、頬から流れる血を破理に飛ばした。
「おっと」
破理は反射的にそれを手でふさいだ。
その一瞬の隙をついて、俺は右手に闇の力を集結させる。
そして、右手を引き、腰を落とすと、破理もそれに気付いて、俺と同じ構えをとる。
「いい度胸してるじゃんか、兄ちゃん」
「どーも」
そして、俺と破理は正拳突きを打ち合った。
「おー!すごいのだー!」
その衝撃波は決闘場の外にまで及び、巨人の王がその余波にはしゃいでいた。