第百三十六話 『覇者の挑戦』
「ありゃ、やりすぎたかね~」
破理の正拳突きは、目の前の舞台を吹き飛ばし、決闘場の端までの地面を大きく抉りとった。
「死んじゃってたらどうしよう。
お嬢ちゃんに怒られちまうな~」
舞い上がる噴煙で視界が不明瞭になっており、破理は魔力を感知しようと前方を探ったが、突きを放った方向に生物の放つ魔力は存在しなかった。
「やべっ。
粉々にしちまったかね」
後頭部をかきながら破理が困った顔をしていると、破理の影から、影人とミツキが飛び出してきた。
「おっ!
あの2人、生きてたのだ!」
巨人の王ギガント・ノートが手のひらで、目の上に陰を作るようにして、決闘場の外から戦いを観戦しており、2人が生きているのを見て、嬉しそうに飛び上がっていた。
「おっ!
【影追い】!
坊っちゃん、影長持ってんのか!」
破理は俺たちが自分の影から現れた瞬間に、それを察知し振り向いた。
「まー、な!」
ミツキは後ろにバックステップで下がり、俺は黒影刀の切っ先を破理に向け、体重をのせて突きを繰り出した。
「ふむ、手段は悪くないね」
「くっ……これでもダメか」
突貫力のある、魔力を込めた突きでも、破理の『魔天纏』を破ることは出来なかった。
「……ふむ」
「! くっ!」
破理がこちらに手を伸ばそうとしてきたため、俺はさっと、バックステップでその場を離れる。
俺が離れると、ミツキがすぐに、弓につがえていた3本の矢をまとめて打ち放つ。
その距離は、ミツキの矢に一番力がのる距離だった。
「ふむふむ」
破理は自分に向かってくる矢をよく観察しながら、微動だにせずに矢を弾いた。
「ちっ。
飛び道具も効かない、か」
俺は破理から目を離さないようにしながら、ミツキと合流する。
「……手強いわね」
「ああ」
破理が破壊した舞台を見つめるミツキの頬に汗が伝う。
「いやー、【影追い】なんて珍しい技を使えたんだなー!
おじさんビックリだよ」
破理がのんびりした顔でこちらに話し掛けてくる。
「まあでも、そう何度も逃げられるのもめんどくさいからね。
それはもう使えなくしてしまおう」
破理はそう言って、空に手をかざした。
だが、何か変化が起こったりはしなかった。
少しして、破理は手を降ろし、口角を上げた。
「さ。
これでガチンコだ」
「……ミツキ。
確認を」
「……あ!
うん!」
俺に言われて、ミツキが何かを掴むように手のひらを握る。
【錬成[鉄の矢]】
だが、
「……ダメね。
出ないわ」
ミツキの手のひらは空を掴むばかりで、何も出現しなかった。
「それはつまり……」
「スキルが使えないわ」
「……くそ」
予想はしていたが、やはり破理はスキルを封じる力を持っているようだ。
「でも、スキルは魔法とともに、この世界の根幹を成す力よ?
それを使えなくするなんて……」
ミツキは信じられないというような顔をしていた。
たしかに。
こんなとんでもない力が存在するのか。
世界そのものを否定するかのような力。
あの男は、世界自体に喧嘩を売っているようなものだ。
「……ミツキがスキルで生成した矢は消えないんだな」
「そういえば、そうね」
ミツキが肩に背負う矢筒を見ると、事前にスキルで出しておいた矢は消えずに残っていた。
『それは、ミツキ様の生成した矢は物体として、すでにこの世界に在るからです』
『サポートシステムさん!
あんたは無事なのか!?』
頭の中で、俺の万有スキル『百万長者』に付帯するサポートシステムさんの声が響いた。
『はい。
あの者のスキルは万有スキルには影響を与えないようです』
『そうか。
やはり、あれはスキルなんだな』
『はい。
拳聖王という、歴史上初めて確認されるジョブをマスターした際に付帯されるジョブスキルのようです』
『……他には使い手がいないってことか。
不幸中の幸いだな。
百万長者内のスキルはどうだ?』
『他者への貸与は可能ですが、他者に貸与した瞬間から、あの者のスキルの影響下に入ります。
これは、王級以下の全てのスキルが対象です』
『つまり、実質使用不可ってことか』
それはつまり、万有スキルは王級よりも上のスキルということになるんだが、今はそれはいいか。
『ヤツのスキルの無効化フィールド?の範囲は分かるか?』
『実測できていないので不明です、が、この国に入った時に、ミツキ様のスキルが使えなくなった際は、あの者との距離が300メートルありました』
「300メートルか。
絶望的だな」
「え?なに?」
「あ、いや……」
俺はいつの間にか声に出していたようで、ミツキがこちらを見て首を傾げた。
「あー、おじさんの無効化フィールドの影響範囲の話か?」
俺の言葉を聞いて、破理が話に入ってきた。
「おじさんのスキル【覇者の挑戦】の、無効化フィールドの最大範囲は半径1kmだ。
まあ、疲れるから普段はそんなに広げないけどな」
「……より絶望的なアドバイスだな」
ミツキの矢なら、1km先の的に当てることは出来るが、それは当てられるというだけで、たいした威力にはならない。
そもそも、ベストの距離で放った3本矢を挙動なしで弾いたんだ。
威嚇にすらならないだろう。
世界の理への挑戦、か。
恐ろしく厄介なスキルだな。
「まーでも、実際そこまで強力なスキルでもないわけよ。
おじさんじゃなきゃ、そこまでの脅威じゃないんじゃないか?」
破理が小指で耳をほじくりながら欠伸をしている。
たしかに、スキルが使えないと言っても、魔法なら使えるわけだし、魔力による身体強化は有効。
つまり、強力な魔法や肉弾戦でなら打ち破れるということ。
だが、肝心の相手が肉弾戦最強の拳聖王とやらだ。
拳ひとつですべてを吹き飛ばし、『魔天纏』であらゆる攻撃を弾く。
おまけに、拳圧のようなもので遠距離攻撃まで出来る。
魔法士からしたら天敵のような存在。
それ以外だとしても、スキルが封じられていたら大したことは出来ない。
つまり、有効な魔法を持たない者は、拳聖王相手に肉弾戦を挑まなければならない、というわけだ。
「ミツキ、強力な魔法は使えるか?
たしか、エレメントマジシャンまでいってたよな?」
「私の魔法はあくまで弓を強化補助するために修めたから、単純な魔法攻撃として使えるものはほとんどないわ。
私なんかより、影人はどうなのよ?
スペルマスターまでいってるじゃない」
「ん?
あー、えーとだな」
「なによ、気まずそうな顔して」
「……実は、『百万長者』の実験と、プルの検証とやらのために、戦闘用魔法のほとんどを『百万長者』内に取り込んで、いろいろ融合させて、プルに渡してしまっているんだ。
俺がいま使えるのは、簡単な生活魔法ぐらいだ」
「……」
「……」
「……使えないわね、私たち」
「……そうだな」
「おーい、そろそろ再開していーかー?」
俺たちが途方に暮れていると、破理が口元に手を当てて、こちらに呼び掛けてきた。
「……どうしようかしら」
「……これを、使うしかないか」
俺は自分の指にはめられた因果の指輪を見つめた。