第百三十四話 王の条件
「緑茶でいいかー?
紅茶嫌いだから、うちには置いてないのだー」
「あ、お構い無……」
「ええ、緑茶でいいわ」
俺が定型文を口にしようとすると、ミツキがそれを遮った。
「転生者でも、ましてや人間でもないんだから、そんなこと言ったら、ホントに何にも出てこないわよ」
ミツキがこそっと耳打ちしてくれた。
なるほど、そういうものなのか。
ドワーフを相手にするようなものだと思えばいいか。
「ほい、お茶なのだ!
クッキーもあるぞ!」
しばらくすると、巨人の王は冷たい緑茶の入った湯呑みと、巨大なクッキーを持ってきてくれた。
「……大きいな」
「小巨人のお菓子屋さんのなんだが、それが一番小さいやつだったのだ!」
大皿からはみ出さんばかりに並べられたクッキーは、1枚が80cmほどの大きさだった。
どうやら、巨人の作るものはその大きさも巨大なようだった。
「夢のような光景じゃない!
いただくわ!」
ミツキはそう言うと、嬉しそうに巨大クッキーを取ってかぶりついた。
「おおっ!
やるのだ!
じゃあ、私も!」
ミツキの食いっぷりに喜んだ巨人の王は巨大クッキーをつかむと、一口でそれを口に放り込んだ。
物理的に一口でイケるものではないと思うのだが、影人は面倒だったのでツッコむのをやめた。
「それで?
おまえたちの話ってなんなのだ?」
巨人の王はばりぼりとすごい音を立ててクッキーを噛み砕きながら、用件を尋ねてきた。
「ああ、じつは、命の実を加工するのに、巨人の国にあるという鎚をお借りしたくてきたんだ」
影人はお茶を飲みながら王に用件を伝える。
「ああー、なるほど。
それは確かに、巨人の大戦鎚でもないと加工できなそうなのだ」
王はお茶でクッキーを一気に流し込み、ゴクンと音を立てて、それを飲み込んだ。
ミツキは果敢にも2枚目に挑戦していた。
俺なら1枚で腹いっぱいだな。
「貸すのは構わないけど、ひとつ条件があるのだ」
「……その条件というのは?」
何となく予想はつくが。
「私たち巨人は強さが至上!
語るなら拳で語れなのだ!
戦って、もしおまえたちが勝てたら、大戦鎚を貸してやってもいいのだ!」
「なるほど。
シンプルでいいな。
あんたと戦えばいいのか?」
正直、勝てるかどうかは微妙なところだが。
「ホントはそのつもりだったのだ。
でも、めんどくさいヤツが横槍を入れてきたのだ」
「めんどくさいヤツ?」
王は頬をぷくっと膨らませて拗ねてみせた。
「お嬢ちゃん、お待たせ~」
「あ、めんどくさいの来たのだ!」
そして、俺たちが入ってきた玄関から、赤ら顔の破理が現れた。
「そのオヤジが、自分に戦わせろって言ってきたのだ!
さもないと、この国で巨人相手に暴れちゃうぞなんて脅してきたのだ!」
「お嬢ちゃん、それはバラしちゃダメだよ。
まあでも、お嬢ちゃんとおじさんが本気で戦えば、この国もタダじゃ済まないからね。
そうなるよりは、この子たちをおじさんにくれた方がいいよね」
「あっ!」
「!」
そう言うと、破理は3枚目に突入しようとしていたミツキのクッキーを砕き、自分の口に放り込んだ。
さっきもそうだったが、この男、かなり速い。
ミツキの持つクッキーが砕けるまで、男が移動したことにさえ気付けなかった。
「ま、私としては面白い戦いが見られればそれでいいのだ。
巨人の勝負の場所を貸してやるから、あんまり国を荒らしたらダメなのだ」
「分かってるよ。
おじさんだってこの国は好きなんだ。
出来ることなら、このまま平和なままでいてほしいさ」
王の忠告を、破理はさらりとかわす。
だが、嘘は言っていなそうだ。
それに、先ほども巨人たちに好かれている感じだった。
「……あんた、本当に魔王直属軍の人間なんだよな?」
「んー?
そだよ~。
こわいこわいおじさんだぞ~」
ダメだ。
酔っ払っていて話にならない。
「とにかく、こいつと戦って、勝てばいいんだな?」
「うむ!
健闘を祈るのだ!」
そう言うと、王は立ち上がり、勝負の場所へと案内するからと、家の外に出ていった。
「……あんたが影人か。
なるほど、面白い力だな」
「ん?
何か言ったか?」
「んにゃ、なんも~」
そうして、俺たちは巨人の決闘の場へと赴くことになった。