第百三十二話 巨人の王と、『アカシャの手帳』
「待たせたな!
ここが王の家だ!」
「……え?」
赤髭の巨人、ディーダの手のひらに乗って案内された、巨人の王が住むという家。
そこは、だいぶ小さかった。
というより、普通の人間の家と同じサイズだったのだ。
「王は巨人族の中で唯一、体の大きさが人間と同じでな。
種族的には間違いなく巨人なんだが、詳しいことはよく分かってないんだ。
まあ、王も俺たちも、そんなに気にしてないしな」
ディーダはそう言うと、俺たちを地面に降ろし、大きく息を吸った。
俺とミツキは嫌な予感がして、耳を両手でふさぐ。
「おーい!!
王よ!
客人だぞぉーーー!!!」
「くっ!」
「ひゃっ!」
案の定、ディーダはバカデカい声で王に呼び掛けた。
巨人には、ノックするとかいう文化はないのか。
「……ひとつ聞いていいか?」
「なんだ?」
王が出てくるまでの間に、俺はディーダに気になったことを尋ねてみることにした。
「巨人の王はどうやって決まるんだ?」
ディーダはきょとんとした顔をして、さも当然というように、それに答えた。
「そりゃ、おまえ、一番強いやつが王になるに決まってるだろ!
自分より弱いやつに従えるかってんだ!」
「……ああ、やっぱりそうか」
ディーダは赤髭をもしゃもしゃといじりながら、自信満々に答えた。
つまり、現王は人間と同等の大きさで、10メートルを優に越える巨人たちを倒したってことだ。
「……これは、ちょっと大変そうね」
「ああ」
嫌な予感しかしない中、玄関の扉が開かれた。
「ここ」
プルが足を止めたのは、<マリアルクス>が世界に誇る大図書館『アカシャの手帳』。
その蔵書量は50万とも、100万とも言われ、正確な量を把握しているのは、ほんの数人だと言われている。
と言うのも、この図書館は亜空間を有しているため、本以外の、概念的な資料も保存可能となっていて、さらにはその蔵書スペースの貸し出しも行っているため、秘密厳守のそのスペースに収納されている情報量を推し量ることは、最早不可能に近いのである。
ちなみに、『アカシャの手帳』という名前の由来は、それほどの蔵書量であっても、女神アカシャからすれば、手帳のほんの1ページにしかすぎないという、女神に対する賛辞からである。
「ふわぁ~!
おっきな所ですね~」
フラウが巨大な図書館を見上げながら声を上げる。
「いらっしゃい。
お嬢ちゃんたち。
来館希望かな?
来るのは初めて?」
建物をキョロキョロと見回していたフラウに、図書館の入口で案内役を務めている男性がにこやかに声をかけてきた。
それに対し、プルが首を横にふるふると振り、自身の冒険者証を掲げた。
「プルは神樹の守護者、ルル=ド=グリンカムビの弟子。
ルルが借りている蔵書スペースを閲覧しに来た」
「はい?」
男性はプルの言っていることがよく理解できず、プルの冒険者証をまじまじと覗き込む。
「……ジョブ、大賢者。
え?
というか、
神樹の守護者様の、お弟子様?
……え~と」
男性はしばらく思考停止したあと、ようやく事の重大さに気付いて、その場にひれ伏した。
「こ、こ、こ、これは!
大変失礼を致しました!」
案内役の男性が突然、土下座をし始めたので、周りの人々もなんだなんだと集まってくる。
「そんなのはいい、から、早く案内して」
「は、はいぃ!
ただいまぁ!」
男性がプルに言われて、ビシッ!と立ち上がる。
「おい!
いったい何の騒ぎだ!」
ちょうどその時に、騒ぎを聞き付けた彼の上司が図書館から現れる。
男性が上司に耳打ちすると、その上司も土下座し始めた。
「こ、こ、こ、これは!
大変お騒がせしましたぁ!」
「案内……」
「ははぁ~!
今すぐに!」
上司はバッ!と立ち上がると、先ほどの部下とともに、へこへこと頭を下げながら、プルとフラウを中に誘導した。
周りの人々が、
「どこかの王族の方かしら」
「きっとそうよ。
大図書館の運営に関わる大事なお客様なのよ」
などと言っていたが、フラウはそれを聞かないようにしていた。