第十三話 クサレ王子と薬草茶と、くぴくぴフラウ
「草葉殿。
あの力。
やはりあなたが転生者でしたか。
私の名は」
「知っている。
ライズ・マリアルクス。
マリアルクス王国の王太子、だろう?」
「草葉殿はこの世界には来たばかりなのでは?
なぜ私の名を?」
「それは、」
「やはり、見ていたのですね」
俺は東の奴らが魔獣の元に着いた所からずっと観察していたことを明かそうとしたが、横で見ていたカエデ姫に横槍を入れられた。
「気付いてたのか」
油断ならないな。
この姫さんは。
「ええ。
確証はありませんでしたが、あの開けた場所での小休止のあと、動きが妙に直線的でした」
「あんたも気配が読めるのか」
「草葉様ほどではないですが。
それにトリアも、今回は使っていませんが、スキルを使えば立体で気配を捉えることも可能なのです」
俺が気配を読めることも、自分たちの感知がバレていることも前提の上での話なわけね。
「それでも、草葉様がどこにいるのか、本当にどこかに潜んで、私たちを見ているのか、まったく確証が得られず、私の勘違いかとも思いました。
この世界に来たばかりの方が、どこでそのような技を?
それは、スキルではないですよね?」
「そうだ!
スキルでも魔法でもなく、そのような芸当。
通常ではあり得ない!
いくら異世界から来た転生者とはいえ、降臨したばかりの頃は剣すら握ったことのない軟弱者ばかりと聞く!
なのに、そなたはなぜ!?」
カエデの問いに、テツも食い気味に質問を重ねる。
「まあまあ、いきなり質問責めにしたら草葉殿も困惑してしまうでしょう。
我々も戦いのあとだ。
休息とともに、お茶でも飲みながら話しましょう」
「ああ。
そうしてくれると助かるよ」
俺はライズ王子の提案にのっかることにした。
正直、姫さんの圧が少し怖かった所だ。
そうして、俺はザジに案内されて、休憩できる場所まで移動することになった。
この時の俺は、王子の思惑にも、カエデ姫の悔しそうな顔にも、まだ気付くことが出来ずにいた。
「薬草茶です。
体が温まりますよ」
「ありがとう」
休息地に到着し、腰を下ろした俺たちは、ザジが魔法で沸かしたお茶をいただくことになった。
薬草茶はハーブティーのような香りがして、確かに体の芯から温まるような感じがした。
フラウもカエデの隣に座って、ふーふーと冷ましながら、楽しそうに薬草茶を飲もうとしていた。
「カエデ姫。
べつに毒なんて入れませんよ」
渡されたお茶に一口たりとも口をつけようとしないカエデ姫に、ライズは苦笑いをしていた。
「申し訳ないですが、今の状況であなたたちを信用することは出来ません。
先ほどまでは少女の救出と魔物の討伐という優先事項があって共闘しましたが、本来の目的では、私たちは敵対関係です。
このまま馴れ合うわけにはまいりません」
カエデ姫はそう言って、取り付く島もなかった。
当然、テツや他の東の者も一切口を付けていない。
「そうですか。
それは残念です」
ライズはそう言って、実に残念そうに苦笑いをした。
この王子は取り繕うのが上手すぎて、なかなか本音が見えない厄介なタイプだ。
というか、あっさり飲んでしまった俺を少しは立ててほしい。
それに、ようやく飲める温度になって、嬉しそうに飲もうとしていたフラウが何となく手を付けずらくなってるぞ。
さすがにフラウが可哀想だったので、俺は助け舟を出してやることにした。
「フラウ。
君のには、別に毒も変な薬も入ってないから大丈夫だよ。
安心して飲みな」
フラウは急に自分の名前を呼ばれたことに驚いたようだが、そう言われて、嬉しそうにクピクピとお茶を飲み始めた。
「…………」
その後も他愛ない話をしばらく続けていると、
「あらあら、疲れちゃったんでしょうね」
フラウがカエデに寄りかかり、すーすーと寝息を立て始めた。
その姿に、皆がほっこりした表情を見せた。
「さて、」
ライズは倒木に改めて座り直し、仕切り直しとばかりに話を始めた。
「草葉殿は、初めから気付いてらしたのですね。
あのお茶に、何かしてあると」
「なにぃっ!」
ライズの言葉に、テツが立ち上がって憤ってみせた。
「テツ。
落ち着きなさい」
「姫!
気付いてらしたのですか!?」
カエデ姫の落ち着き払った態度にテツはバッとカエデ姫の方を向いた。
「当然です。
あのクサレ王子はそういう輩ですから」
「ははっ。
それは人聞きの悪い。
この魔王との戦いに勝つために必要なことなら、手を抜く気などないだけです」
カエデ姫の刺すような視線にも、ライズ王子は笑顔で向き合っていた。
「まあ、なんかあるとは思ったよ。
でも飲んだ感じ、多少眠くなる程度のようだったから、フラウには寝ていてもらおうと思っただけだ。
俺や姫さんたちのよりは効果は薄くしてあるみたいだったしな」
この2人のやり取りを見てたら切りがないことは知っていたので、俺はさっさと話を進めるためにライズ王子の質問に答えてみせた。
「それなのに、すべて一気に飲み干したのですか?」
俺の答えに、ライズ王子は少し呆れたような顔をしていた。
「まあ、あの程度なら特に問題ないしな」
「あなたのはあれ一杯で、2日は眠り続けるぐらいの魔力を込めたのですが…………」
ザジが何か言っていたが、俺は聞こえなかったことにした。
再びいろいろと話しているうちに、ライズ王子たちの後続部隊が合流した。
全部で17人。
指揮官であるライズ王子を除いて総勢20人。
特殊状況下で1人が指揮するには妥当な人数。
気配を探っても、他にはいないようだ。
後続部隊が合流すると、カエデ姫たちの顔はますます険しくなり、ライズ王子は勝ち誇ったような表情を見せた。
なるほど。
ライズ王子が休息に誘ったのは、後続が来るまでの時間稼ぎか。
道理で堂々巡りのような会話が多いと思った。
カエデ姫たちの表情の正体もこれか。
やれやれだな。
自分たちの力でも示したかったのかね。
俺はそう思いながら、バレないように軽くため息を吐いた。