第百二十七話 魔王会議
魔王会議。
「魔王様に礼っ!」
側近の魔族の声に合わせて、各人、差はあれど、各々で現れた魔王に頭を下げる。
きちんと立ち上がって深く礼をしているのは、ゴーシュと黒鬼、一三四だけだった。
天狐はしっぽをふりふりしながら魔王にすり寄っていった。
「おー!
天狐は相変わらずかわいいねー!」
魔王は頬を緩めながら、もっふもふの天狐を撫で回し、そのまま椅子に座った。
魔王の3倍ぐらいの大きさの天狐はしゅるしゅると小さくなると、子犬ほどの大きさになり、椅子に座る魔王の膝にピョン!と飛び乗って丸くなった。
「じゃー、会議を始めまーす!」
魔王は天狐を優しく撫でながら、会議の開始を合図した。
「では、まず始めに、エルフの大森林の掌握失敗に関して。
スカーレット、報告を」
側近の魔族が進行係を務め、スカーレットに報告を促す。
「え~っとぉ、<ワコク>の人たちに邪魔されてん、エルフたちの洗脳は解かれちゃったわん。
結局、命の樹も、神託の巫女も分からず仕舞いねん。
申し訳ないわん」
スカーレットはまったく申し訳なさそうな素振りもなく、手をひらひらさせていた。
「貴様!
失敗しておいて、なんだその態度は!」
鬼人である黒鬼が立ち上がって憤慨しているが、スカーレットは自分の仕事は終わったとばかりに椅子に座ってワインを楽しんでいた。
「まあ、それはもういいのよ」
そこに、魔王が口をはさんでくる。
「スカーレット。
そんなことより、影人ちゃんはどうだったの?」
魔王はテーブルに肘をつき、両手で頬を包んで、前に乗り出した。
その様子に、スカーレットもふふっと楽しそうに笑う。
「すごかったわよん。
魔王様が興味を持つのも分かるわん。
私の障壁を力ずくでぶち破ったものん」
「まあ!それはすごい!」
魔王とスカーレットは楽しそうに笑いあっていた。
「その影人、という人物は何者なのですかな?」
ゴーシュがかけていたメガネを指で直しながら訪ねる。
顔はフード付きのローブで隠れていて窺い知ることは出来ない。
「あ、言ってなかったっけ?
私のお気に入りなのよ!」
魔王は輝くような笑顔を見せた。
「な、なるほど。
しかし、スカーレットの障壁を破るほどの強者。
危険なようなら、わたくしが始末して……うっ!」
影人を始末するよう提案しかけた黒鬼は、魔王から発せられた殺気を含んだ魔力に圧されて押し黙った。
「影人は私のなの。
余計なことをすれば、消すわよ」
「は、はっ!
も、申し訳ありません!」
魔王から向けられた殺意に、黒鬼は頭を深く深く下げるのがやっとだった。
「さ!
次いってみよー!」
「では、次、一三四。
報告を」
「あ、はい」
「ぶはっ……!」
魔王の殺気から解放され、黒鬼は額に汗しながら、思い出したように呼吸を荒くした。
そんな黒鬼を尻目に、一三四が報告を進める。
「……と、言うわけで、オーガはこちら側に引き込むことが出来ました。
鬼人である黒鬼さんが直属軍にいたのも大きかったですね」
「そっか!
良かった良かった!
黒鬼やるじゃん!」
「あ、へ、へへ」
魔王に褒められ、黒鬼はようやく持ち直したようだった。
「では、そんな黒鬼、報告を」
「よし。
人間の領域における南の<リリア>の国境線での戦闘ですが、相変わらず小競り合いを続けているのが現状です。
やはり、あの大結界がある限り、部隊を送り込むのは難しいでしょう
それに、国境線の防衛隊長であるライズが手強い。
結界のわずかな綻びを通り抜けられる程度の雑魚魔族では、まったく歯が立ちません」
「そっかー、その結界に関して、ゴーシュの方はどうなの?」
魔王に話を振られ、結界の破壊・解除を担当している黒衣のゴーシュが答える。
「順調、というわけではないですが、何とかなりそうではあります。
ただ、もう少し時間がかかりますね」
ゴーシュはうつむいたまま、ポツポツと報告した。
「ふ~ん。
ま!そんなら気長に待とっか~。
あ!天狐は、結界の中にいる魔獣に言うこと聞かせられないの?」
『ん~、やっぱり結界がある間は無理だね~。
一瞬でも結界が消えれば、簡単な命令ぐらいなら出来るかもだけど。
僕の声が聞こえないと命令できないから、結界が消えた瞬間に、僕の半径3キロ圏内にいないと無理だね』
「そっか~」
魔王の呼び掛けに、膝の上の天狐が念話で答える。
「では、そちらはゴーシュ待ちということで。
次、最後は破理」
「へ~い」
側近の魔族に言われ、破理がぼりぼりと頭をかきながら立ち上がり、気だるげに報告する。
破理の外見は人間のそれと、何ら違う所はなかった。
40代半ばの、無精髭を生やしたおじさんである。
「え~と、巨人の国<ギガステス>は軍門に下る気はないみたいだな。
でもって、力で従わせるのも難しいかねぇ。
全面闘争になれば、こちらの被害も大きい。
こりゃあ、吸血鬼の夜想国みたいに、不可侵の停戦協定が望ましいだろうな」
「破理!
貴様が戦えばいいだろう!
貴様なら、たかが巨人など、恐るるに足らんはず……うっ!」
机を叩いて破理を指差す黒鬼に、破理は涼やかな視線を送る。
「俺はねぇ。
自分で戦いたいと思ったヤツとしか戦わねぇんだよ。
嬢ちゃんはそれでも構わないって言うから、ここにいるだけで、そんな気の乗らない戦いに興じるつもりはないねぇ」
「……ぐっ!」
破理の気に圧され、黒鬼は押し黙るしかなかった。
「ま!そーゆーこと!」
その沈黙を破るように魔王が気楽に口を開く。
「それなら、巨人はそれでいいよ。
協定とかのメンドいのはよろしく~」
「はいよ」
破理は適当に返事だけ返すと、再び椅子に腰を下ろした。
「じゃ!まあ、そんな感じかな!
私の方は、奪ったはずの【岩窟王】がまた頭領に現れたから様子を見に行ったけど、あれはまあ、もういいや!
しばらくはおとなしく、影人たちの様子を見守るよ!」
「ああ、そうだ」
魔王の言葉を聞いて、破理が思い出したように口を開く。
「その、影人ってやつ、次の目的地は<ギガステス>らしいじゃねえか。
もし、協定を結んでる時にかち合っちまったら、どうするんだい?」
「ん~、破理ちゃんの意見も聞きたいから、ちょっと、ちょっかい出してみてよ」
魔王の提案に、破理は意外そうな顔をした。
「それは、俺が戦いたくなるヤツってことかい?
それなら、面白そうだな」
破理はニヤリと口角を押し上げた。
「あ、でも、殺しちゃダメだよ~。
影人は私のだからね!」
「へいへい。
ちゃんと生かしとくよ。
生きてて、五体満足ならいいだろ?」
「ん~、そうだね!
それならいいよ!」
「オッケー」
2人はまるで夕飯の献立を決めるかのように、和気あいあいと話していた。
その狂気に、黒鬼や一三四がごくりと唾を飲み込んだ。