第百二十四話 オウカ
命の実を組み込むことは出来ないようだが、とりあえず打ち直しをしてくれるということなので、黒影刀を頭領のドワルに預けて、俺たちは街の酒場で食事をとることにした。
「な~んか久しぶりね~。
4人でこうしてご飯食べるのも」
「ああ、そうだな」
ミツキがティーカップを傾けながら呟いた。
今日は休胃日らしく、軽食だけ食べたら、あとは紅茶を飲んでいる。
あとの2人はいつも通りだ。
今日はメニューを上から順に頼んでいって、全制覇するらしい。
「うまうまうま」
「これもおいしーわよ!」
「ホントだ。
うまうま」
「で、黒影刀を預けている間は、その刀を貸してもらったのね」
「ああ」
俺の腰には、銀色に輝く刀が下げられている。
これは【岩窟王】を頭領に貸与する前に、俺が頭領とともに打った一振りだ。
黒影刀を預けている間、丸腰なのも何だろうというので、貸してもらっている。
頭領はいまいちの出来だと言っていたが、そこらの刀よりもよっぽど良い仕上がりだ。
「これもおいしいです!」
「あ!ホントだ!
おいしー!」
「……なあ、ミツキ?」
「なぁに?」
「さっきから気になっていたんだが、彼女は誰だ?」
「私も思ってたわ」
俺とミツキが爆食する3人に目をやる。
プルとフラウと、もう1人。
「なんか、いつの間にか普通に食卓に加わってたわね」
「ああ。
プルたちもなぜか普通にシェアしてるし、あれって、彼女の分も俺たちが払うのか」
「まあ、そんな気がするわね」
濃い桜色の長い髪を耳にかけながら、次から次へと料理を口に放り込んでいく少女。
年は俺と同じぐらいか?
「でも、すごいかわいくて美人な子ね」
「ああ、そうだな」
鼻筋の通った整った顔をしている。
美人だが、どこか幼さを残した雰囲気。
そんな子が、プルたちと同じ勢いで俺たちの料理を吸い込んでいるわけで。
「ふー!
おいしかったー!」
「なかなか、やる」
「おねえさんすごいのです!」
そして、なぜか健闘を讃え合う3人。
「で?
君は誰なんだ?」
俺がいい加減つっこむと、少女がこちらに顔を向ける。
薄い真紅の大きな瞳がきらきらしている。
「私はオウカ!
冒険者よ!」
「魔王様ー!
どこですかー!?」
魔王の居城で、側近の魔族が声を張り上げていた。
「あらん。
魔王様なら、影人ちゃんに会いに行くって言って、楽しそうに出ていったわよん」
そんな側近に、スカーレットが応える。
「な、な、な、」
それを聞いた側近は口を開けて、体をプルプル震わせた。
「あんの、くそ魔王ーーー!!」
側近の嘆きは魔王城に響き渡ったという。
「なるほど、そうか。
冒険者か」
「うんそう!」
オウカが元気よく返事を返してくる。
「なら、自分で食った分は当然自分で払うんだよなぁ?」
「…………」
「……」
「……お金、ない……」
おい、顔を背けるな。
「なぜない?」
「屋台で食い散らかしたから!」
「よし、一緒に自警団に行こうか」
俺はオウカを捕らえるために手をつかもうとした。
「ちょっと待ってよ~!」
「なっ!?」
が、オウカはそれを予期していたかのように、するりと手を引っ込めた。
「……」
「ちょおっ……!」
そして、今度はそれなりに本気で捕まえにかかったが、それさえも簡単に避けられてしまった。
それならば……、
【影縫い】
「わっ!
動けない!」
俺はオウカの影にフォークを投げ、影を縫い付けた。
オウカは逃げようとジタバタしているが、一度縫い付けてしまえば、影長の【影縫い】からは簡単に逃れられない。
「さ、潔く自首しろ」
俺はため息をついてオウカの肩に手を置こうとした。
が、
「ぬぬぬ~。
こうなったら、オウカ忍法!
【桜隠れの術】!!」
「な、に!?」
「きゃー!
なによこれ!」
「む!」
「全然見えないです~!」
オウカの周りに突然、無数の桜の花びらが舞い、俺たちの視界を奪った。
「ごちそーさまー!
じゃーねー!
またねー!」
「なっ!
まてっ!」
俺は急いでオウカがいた場所に手を伸ばしたが、そこにすでに彼女の姿はなく、俺の手は桜の花びらを掴んだだけだった。
「……」
「……影人?」
「……いや」
俺はその花びらをぐっと握りしめた。