第百二十三話 ワタル
「もぉ~。
なんなんですか師匠~。
旅の疲れがまだ取れてないんだから、もう少し寝させてくださいよ~」
「うるせぇ!
一晩寝りゃあ、もう十分だろ!
大仕事なんだ!
さっさと準備しやがれ!」
「うへぇ~」
鍛冶場に現れた青年は気だるげで、眠そうに欠伸をしていた。
あれが、カエデ姫が言っていた転生者のワタルか?
「おら!
しゃきっとしろ!」
「ぎゃふん!
暴力反対!
パワハラだ!」
……ぎゃふんて初めて聞いたな。
だが、間違いなく転生者だな。
「カエデ姫は、世話を焼きたい人なのかしらね」
ミツキがこっそり耳打ちしてきた。
まあ、あの父と兄がいるからな。
手がかかる方がいいのかもしれない。
「あ、そうだ。
ドワル老、これを黒影刀に組み込んでほしいんだが」
「ああん?」
俺はプルの亜空間収納から出してもらった命の実を取り出した。
リンゴのような果実が黄金色に輝く。
「おめえ、こりゃあ、命の実か!」
「知ってるのか」
「そ、そんなもん、どこで。
神樹なわけないし……エルフの大森林、か?」
どうやら、ドワルは命の樹のことも知っているようだった。
俺は一通りの事情を説明することにした。
ワタルに聞かせても問題はないとドワルが言ったので、そのまま説明した。
「……なるほど。
神託の巫女の封印を解くためだったか」
ドワルは腕を組んで髭をもしゃもしゃしながら難しい顔をしていた。
「だとしたら、命の実を組み込まなければならないが、現状ではそれは難しいな」
「なぜだ?」
俺が尋ねると、ドワルは命の実を掲げた。
「こいつの加工には特別な道具や術式が必要だ」
ドワルはそう言うと、命の実を上に放り投げて、手元に置いてあった戦斧を振るい、命の実を切りつけた。
「なっ!」
が、壊れたのは戦斧の方だった。
命の実には傷ひとつ付いていない。
「見た通り、こいつはとんでもなく硬い。
刀に組み込むにはこいつを溶かし、術式とスキルでもって刀と融合させにゃならん」
「……そうか。
なら、すぐには無理ってことか」
「ふむ。
まあ、とりあえず打ち直しはしておこう。
それだけでも十分強化になるはずだ。
あとは、命の実の加工に必要なものも教えておこう。
それが集まったらまた来い」
「なるほど。
頼む」
「ああ、任せろ!
スキルは俺の【岩窟王】とワタルのスキルがあれば事足りる。
あとは鎚と、実を溶解させる威力の魔法と、刀と融合させる術式だな」
魔法の方は魔導王であるプルの魔法で十分だと言うから、あとは鎚と術式があればいいようだ。
「鎚は巨人の国<ギガステス>にあるだろう。
紹介状を書いてやる。
せいぜい踏み潰されないように気を付けるんだな」
そんな縁起でもない。
変なフラグを立てないでくれ。
「術式の方は、すまんが手掛かりがないんだ。
ドワーフに伝わる言い伝えによると、
『滅ぼすための力が2つを融合させる』
と言うんだが、よく分からなくてな」
ドワルは頭をぼりぼり掻いてみせる。
たしかに、それだけでは何のことだか分からないな。
「まあ、とりあえず鎚の方を当たってみるよ。
まずは黒影刀の打ち直しを頼む」
「おうよ!」
黒影刀を差し出すと、ドワルは嬉しそうに受け取った。
鍛冶を出来ることが楽しくてたまらないといった表情だ。
それに比べて……、
「おい!
ワタル!
寝るな!
打つぞ!」
「ん?
あ、俺寝てました?」
任せて大丈夫なんだろうか。
不安になってきたな。
「すまんな。
こいつ、腕は確かなんだが、やる気と根気がなくて」
……それは致命的なのでは?
「だが、こいつのスキルと鍛冶の腕はたしかだ。
俺はこいつを後継者にするつもりだ。
だから、俺の技術をみっちり叩き込んでやる!
しばらく休んでいた分、覚悟しておけよ!」
「ひぇ~」
この国、潰れないか?
まあでも、ドワーフを差し置いて、ドワーフの国の頭領に選ばれるぐらいだから、その実力は確かなんだろう。
「ワタルさん」
「ん~?
なんすかー?」
俺が名前を呼ぶと、ワタルは眠そうな顔をしながらこちらを向いた。
短髪で、黒目黒髪。
長袖な上に細身だから、パッと見では分かりにくいが、引き締まった筋肉はたしかに鎚を振ってきた証なのだろう。
「よろしくお願いします」
「……へーい」
俺が深く頭を下げると、ワタルは欠伸をしながらそれに答えた。
「……あ、カエデ姫から様子を見ておくよう言われていました。
元気にやっていると伝えておきますね」
「それを早く言えよ!
任せろ!
最高の刀にしてやるぜ!」
ワタルは急に元気になって腕まくりをした。
「ベタ惚れのお調子者と、調子に乗るのが分かっていながら、つい世話を焼いちゃうお姉さんって関係ね」
ミツキさん。
分析ありがとう。