第百十七話 ドワーフの国へ
「どーお?
影撃の英雄とやらは」
<リリア>をあとにした俺たちは、西の<アーキュリア>を越え、人間の領域を出て、一路、ドワーフの国を目指していた。
「いや、特に変化は感じられないな。
影撃の英雄になっただけでは、付随スキルもないみたいだ」
俺は自分の中の魔力やスキルをチェックしてみたが、今までと大差ないようだった。
「……英雄級のジョブは、王級のジョブよりも即時的な効果は実感しない、らしい」
「そうなのか?
というか、プルは知ってたのか」
「もち!」
いや、自信満々に親指立てられても。
というか、知ってたなら教えてくれても。
いや、知ってても言ってはダメだったのか。
「というか、王級とかいう、さらに上位のジョブまであるのか?」
「おっとしまった」
プルがのんびりと口を抑える。
どうやら、それはまだ言ってはいけないことだったらしい。
プルには反省の色はまったく見えないが……。
カミュは影撃の英雄が最上級職だと言っていたが、おそらく彼女は、その上の存在を本当に知らなかったのだろう。
「王級ってことは、法王とかもその類いなのか?」
「多くは語れぬ。
だが、その問いには是と答えておこう」
……いや、どんなキャラだよ。
カッコよく煎餅をパキッて噛まれても……。
まあ、何にせよ、とりあえずはこのジョブをマスターしていくだけだな。
付随スキルがあるなら、いずれは取得できるのだろう。
「……それにしても、遠いな」
<アーキュリア>を出てから、もうかなりの距離を移動している。
馬車なんかを使うよりも速いからと、カミュに教えてもらった、ドワーフの国への最短距離を走っているのだが、いっこうに着く気配がない。
実際、隆起した木の根などの障害物も多く、馬車ではかなり遠回りしなければならなかっただろう。
「今日はここまでにしよう」
日が傾いてきたので、足を止めて夜営の準備を始めることにした。
簡易テントを張り、魔物や虫避けの結界をプルに張ってもらい、俺たちは焚き火を囲んだ。
「それにしても、フラウも体力ついたわね。
やっぱり忍系の上級職はすごいわ」
「へへへへ」
ミツキに褒められ、フラウは嬉しそうにしていた。
ミツキの魔弓師も、長時間獲物を待つことが多い弓士の特性上、体力と持久力が多い。
プルも身体強化や、体力減衰抵抗の魔法で強化しているから問題なかった。
「影人。
前よりも足音が少ない」
「えっ?」
プルがマシュマロを棒に刺して火で炙りながら、ぽつりと呟く。
「少ない、というか、まったくない。
たぶん、気配を消したら、見失った影人を見付けられる人はなかなかいない。
隠密系のスキル並み」
プルは焦げ目がついたマシュマロを美味しそうに頬張っている。
「なるほど。
それが影撃の英雄の特性か」
「さすがは忍系の頂点ね!」
それは便利な能力だ。
スキルは確認できないから、単純に能力補正なのだろう。
この分だと、他にも何かありそうだが。
「あと、匂いもないです」
「そうなのか?」
フラウが鼻をくんくんさせているのが、火をはさんだ向こう側から見える。
プルがマシュマロ焼いていて、さらに火のこっち側なのに分かるとか、犬なのか?
「……ご主人様の匂い、好きだったのに」
「ん?何か言ったか?」
「あ!何でもないです~!
私もマシュマロ食べるです!」
焚き火の熱に当てられたのか、フラウは顔を赤くしているようだった。
「ドワーフの国には、明日には着けそうね」
ミツキが地図を確認しながら呟いた。
「それは良かった。
というか、前から気になっていたが、ドワーフの国って国名はないのか?」
「ないらしいわ。
頭領が鍛冶以外のことには興味ないらしくて、他にドワーフの国もないから、そのままの呼び方で落ち着いたみたい」
「そうなのか」
本当に職人さんなんだな。
会うのが楽しみになってきた。
「さ、そろそろ寝ましょ。
夜ふかしは美容に悪いわ」
ミツキはそう言うと、立ち上がって火を消し始めた。
空を見上げると、薄紅色の月がこちらを見下ろしているようだった。