第百十六話 初代のジョブ
「久しぶりだな」
「そーねー。
『赤い月見亭』の皆は元気かしら」
<ワコク>を後にし、プルの転移魔法で<リリア>に飛んだ俺たちは、とりあえずギルドに向かった。
<リリア>は相変わらず活気に満ちている。
ちなみに、『赤い月見亭』とは、ミツキが働いていた喫茶店のことだ。
別にうどんもないし、おあげもないし、生卵を汁物に落としたりもしていないらしい。
「あら。ミツキさん。
お久しぶりです」
「あ~!
カミュちゃん!
久しぶり~!」
ギルドに着くと、受付嬢の、エルフのカミュがミツキに声をかけた。
どうやら、2人は仲が良いようだ。
「影人さんと旅に出たとは聞きましたが、ご無事で何よりです」
カミュは嬉しそうに俺たちを眺める。
冒険者というのは常に危険と隣り合わせ。
今日いた者が、明日には帰らぬ人となっていることなど、しょっちゅうなので、しばらく旅に出ていた冒険者がギルドに顔を見せると、ギルドの職員は嬉しいらしい。
「フラウちゃんも……強くなったのね」
カミュはフラウをじっと見つめたあと、にっこりと笑顔を向けた。
カミュは【鑑定】持ちだから、フラウの強さを見たのだろう。
「それで?
今日はどういったご用件でしょう?」
カミュはすっと受付嬢の顔に戻ると、
用件を尋ねてきた。
「ジョブの確認と、場合によっては変更をしたい」
「承知しました。
少々お待ちくださいませ」
カミュは恭しくお辞儀をすると、裏に引っ込んでいった。
少しして戻ってきた彼女の手には、大きな水晶があった。
以前にこのギルドで、ジョブなどの選定をしたものよりも一回り大きい。
今回はジョブの変更も兼ねているから、それ用なのかもしれない。
そうして、俺たちは別の部屋に案内された。
この部屋には俺たちとカミュだけだ。
「では、始めましょう。
どなたから参りますか?」
カミュはこちらを一瞥してから、水晶に何やら呪文を唱えた。
すると、水晶が淡い光を発する。
これで対象者が水晶に触れると、ジョブの確認が出来るようだ。
「私からやるわ~。
まだ魔弓師マスターしてないしね」
そう言ってミツキが水晶に手を置く。
この水晶の結果は、本人とギルドマスターしか閲覧できない。
なかなかに高度な品だが、どうやら過去の転生者がパン神からもらったスキルで精製したものらしい。
「ん~、まだ7割ってとこね~。
さすがに高位のジョブは上がるの遅いわ~」
確認を終えたミツキがぼやきながら戻ってくる。
「よし。
じゃあ、次はフラウが見てくるといい」
「は、はいっ!」
そして、俺たちは順番に確認を進めていった。
結果、フラウは忍をマスターしており、そのまま上級職の影長になった。
プルは魔導王を8割近くまで修得していた。
本来、極めるのに数年はかかると言われている、魔法系の最高職を数ヶ月で極めようとしている。
さすがは、あらゆる修得スピードを加速させる【時の旅人】だ。
そして、俺はスペルマスターを無事に修得していた。
「プルはスキルがあるから早いとしても、あんたの修得スピードも異常よ。
化け物ね」
「ん。
影人は変態」
ミツキとプルが何かぼやいていたが、聞こえなかったことにする。
「では、影人さんは次のジョブはいかがいたしますか?」
「う~ん、どうするかな」
「影人!
賢者!賢者!」
「影人は刀を使うんだし、戦士系にすれば?
スペルマスターまで行ったなら、魔法剣士もありよね」
魔法剣士はソードマスターとエレメントマジシャンを修得したものがなれる複合ジョブだ。
ライズ王子の雷撃剣士や、カイゼルの閃撃剣士がそれに当たる。
「賢者!賢者!」
……プルの賢者推しがすごい。
だが、すでに魔法系を極めているプルがいるのに、わざわざ俺もその道に進むメリットは少ない。
「影人さんは影長とソードマスターを修得してますよね?
それなら、影撃の英雄はいかがでしょうか?」
「なんだそれ?」
「カミュ?
そんなの、聞いたことないわよ?」
どうやら、ミツキも聞き覚えのないジョブのようだ。
「これは、本来でしたらギルド職員側から教えるのはダメなんですが、ギルドマスターが影人さんのジョブを見て、今度また来ることがあったら伝えて良いと言われたのです」
「カイゼルが……」
「私も初めて聞いたのですが、何でも、初めて忍のジョブを開発した者が到達した、忍系の最高職らしいのです」
そんなものがあるのか。
「ちょ、ちょっと待ってよ!
複合ジョブじゃなくて、上級職のさらに上があるって言うの!?
そんなの、全然聞いたことないわよ!」
カミュの話を聞いて、ミツキが慌てた様子を見せている。
「はい。
どうやら、ギルドの上層部で止められている情報なのだそうです。
強力すぎる力を無下に開示する必要はない、とのことで」
それほどの力が、そのジョブにはあるというのか。
「なら、なぜそれを俺に?」
いくら転生者とはいえ、一介の冒険者に過ぎないのだが。
「それは、法王様からの推薦があったからです」
「法王が?」
「はい。
初めは上層部もギルドマスターからの申請を渋っていましたが、法王様の推薦とあっては断ることも出来なかったようです」
……なるほど。
カイゼルと法王の働きかけがあったのか。
たしかに、法王からしたら俺は命の恩人に当たるのだろう。
「……分かった。
影撃の英雄、とやらにしてくれ」
そこまで言われたら、それ以外に選択肢はないだろう。
「……むう、仕方ない」
プルもしぶしぶ納得したようだ。
が、心なしか嬉しそうだ。
たぶん、影撃の英雄に付随されるスキルや魔法に興味があるのだろう。
「分かりました。
それでは、影人さんを影撃の英雄にジョブチェンジします!」
そうして、無事に全員のジョブ選定が終了したのだった。