第百十四話 影人の趣味?
「鍛冶!
ドワーフ!!」
「ご、ご主人様?」
フラウが困惑した顔をしている。
実は、俺は刀鍛冶が好きで、前の世界でもよく日本刀の鍛冶場にお邪魔していたのだ。
それが、まさか異世界の、しかもドワーフという鍛冶の達人の所に行けるとは!
「影人?
ニヤニヤして、ちょっとキモいわよ」
ミツキに引かれているが、そんなことはどうでもいい。
正直、この世界に来てから一番楽しみなんだ。
『ドワル老は気難しい方ですが、話が分からない方ではないので、きちんと説明すれば刀を打ち直してくださるでしょう』
フラウの姉が、俺たちの話が一段落したところで再び話を進めた。
「分かった。
まあ、ドワーフは職人だろうからな。
そういう輩の相手は慣れているから任せてくれ」
『ふふふ。
頼もしいですね。
さて、そろそろ、私は再び眠りにつきます。
封印された状態で思念波を送るのは、存外疲れるもので』
そうだったのか。
それでも、無理を押していろいろ話してくれたんだな。
「お姉ちゃん……」
姉が再び眠りにつくと聞き、フラウが寂しそうに、クリスタルに手を添える。
『フラウ。
私は安心しています』
「えっ?」
『正直、私の力を使っているとはいえ、ここに来るまで、あなたは大変な思いをしたでしょう。
ですが、あなたにはもう、あなたのことを大切に思ってくれている仲間がいる。
だから、私は安心して、あなたに託せます。
どうか、私の封印を解いてください。
待っていますよ、フラウ』
「……はい!」
姉の言葉を受けて、フラウは言おうとしていた全てを飲み込んで、笑顔で返事を返していた。
「では、戻りましょう」
そうして、エルフの長に誘われ、俺たちは命の樹の空間から帰還した。
「そう。
失敗しちゃったのね~」
魔族の領域。
その最奥に居を構える魔王。
その魔王城の一室で、魔王とスカーレットはお茶菓子をパクつきながら話していた。
「そうなのよん。
影人ちゃんが意外とすごくてん」
スカーレットはまったく悪びれた様子もなく、魔王と向かい合わせで座ったソファーで、優雅に紅茶を楽しみながら寛いでいた。
「でしょー!
影人はすごいのよ!」
魔王は桜色の髪をぴょんぴょん跳ねさせながら、ソファーの上ではしゃいでいた。
「でも悪かったわねん。
ご所望のものを手に入れられなくてん」
「あ、別にいーのよ。
命の樹の力は確かに欲しかったけど、未来決定能力の方はついでだったし」
スカーレットが形ばかりに謝るが、魔王はまったく気にしていないようだった。
「でも、未来決定能力はけっこう強力よん?
良かったのん?」
「まー、ちょっと興味があっただけだからねー」
魔王は数あるビスケットの中から好みのものを選んでいる。
「興味ん?」
「そー。
未来決定能力って、人類にとっての嫌な未来でしょ?
それを私が奪って使えば、まさに人類にとって最悪の魔王が誕生するのかなって思ってねー」
魔王は選びとったビスケットを、大きな口を開けて一口で口に入れ、バリッと砕く。
「……おっそろい魔王様ねん」
「そーおー?」
スカーレットが退室し、まだビスケットをパクつく魔王に、スカーレットのお茶を片付けていた側近が話し掛ける。
「魔王様。
スカーレットのあの態度はよろしいのですか?
いささか不敬では?」
魔王の側近は軽蔑するような視線で、スカーレットの飲んでいたカップを見つめた。
「あの子は私の直接の部下じゃないし、あの方が面白いからいーのよー」
だが、魔王はそれをまったく気にしていないようだった。
「魔王様が宜しいのなら良いのですが。
吸血鬼め。
あんな淫靡な輩を送ってきて、何のつもりだ」
側近はスカーレットが出ていった扉を忌々しげに見つめていた。
鮮血色の月の光が差す廊下を、鼻唄を歌いながら楽しそうに歩くスカーレットの口元には、2本の大きな牙が輝いていた。