第百十話 エルフの秘奥
「こっちです」
戦いを終えた俺たちは、エルフの部隊長であるシバの案内でエルフの大森林の奥にある牢獄に来ていた。
スカーレットの【魅了】が効きづらいエルフたちがいて、彼らはここに投獄されているらしい。
殺されなかったのは、すでに【魅了】にかかっている者が、魅了が浅い状態で強い刺激を受けると魅了が解ける可能性があったからだろうと、殿様が言っていた。
いまこの場には、俺とフラウとプルとミツキ。あとは殿様とイエツグが代表として来ており、エルフからはシバが案内役を勤めていた。
ケガの治療を終えた他のエルフもすでに大森林に戻っていて、ワコク兵も、カエデ姫の指揮のもと、<ワコク>への帰還を果たしている。
イエツグがついてきた理由は、彼の婚約者である、エルフのエルザの姿が見当たらなかったからである。
シバが牢獄へと続く扉を開け、地下へと歩いていく。
俺たちもそれに続く。
婚約者のエルザがいるのかと、イエツグはハラハラした表情をしていた。
冷たく、じめじめとした壁に囲まれた通路を降りると、頑強な鋼鉄製の扉が現れる。
その扉にシバが鍵を差し込み扉を開ける。
真っ暗な室内に、シバが魔法で明かりを灯すと、多数の檻をたたえた牢屋が姿を現す。
「シバです!
みなさま!
助けに参りました!」
シバが声を上げると、そこここで人の動く気配がする。
「シ、シバか!
あの女の術が解けたのかっ!」
「はいっ!
<ワコク>の方々があの女を撃退してくださいましたっ!」
「おお!おおっ!」
男性の声が聞こえ、それにシバが答えると、男性は喜びにうち震えているようだった。
その男性はエルフの長だと教えてくれた。
《小爆裂》
プルが牢屋の鍵をまとめて破壊すると、中に閉じ込められていたエルフたちがそろそろと様子を見ながら出てくる。
「エルザっ!」
「イエツグ様っ!」
その中の1人。
長く美しい銀髪と切れ長な目が特徴的な美しいエルフが、イエツグを見つけるとバッ!と駆け寄る。
イエツグもともに駆け寄り、2人はぎゅっと抱きしめあった。
「ああ!エルザ!
無事で本当に良かった!」
「イエツグ様!
必ず、来てくださると信じておりました!」
2人の感動の再会を眺めていると、他のエルフたちも集まってきた。
そして、先ほど声を上げたエルフの長が、他の者に体を支えられながら出てくる。
「長っ!
おケガをっ!」
エルフの長は全身にひどいキズを負っていた。
キズの具合を見ると、スカーレットによって尋問されていたのだろう。
プルが治療してやると、長はすぐに1人で立てるようになった。
ケガの治療をしたプルが不機嫌そうな顔をしていたのが気になったが。
「みなさま、この度は、本当にありがとうございました」
エルフの長がそう言って頭を下げると、他のエルフたちも地面に片膝をつき、一斉に頭を下げた。
「よいのだ。
長よ。
頭を上げてくれ」
「<ワコク>の殿よ。
本当に、どう感謝の意を示せばよいか」
「そんなことはもうよいのだ。
それよりも、詳細を説明していただけますかな?」
殿様にそう言われ、エルフたちはようやく頭を上げ、ここではなんだからと、場所を変えることになった。
大テーブルの置かれた部屋に移動すると、長は事の経緯を説明した。
洗脳されたエルフに連れられ、スカーレットがやって来たこと。
次々に仲間を魅了され、事態に気付いた時には、魅了がかかりにくい者は、洗脳された同胞に囲まれていたこと。
魔法の使えない牢屋に入れられ、長は自分のケガすら治せない状況だったこと。
スカーレットが長から情報を引き出すために尋問をしていたこと。
結局、長は口を割らず、スカーレットは<ワコク>に戦争を仕掛け、エルフとワコク兵の亡骸を突き付けて、長に口を割らせようとしたようだった。
「スカーレットは、何を知りたがったんだ」
「それは、長だけにしか知ることのできない。
エルフの秘奥についてです」
「そんなものが……」
俺たちは長と殿様の話に耳を傾けている。
俺は隣に座るプルがどんどん不機嫌になっている気配を感じていて、不思議に思いながらも、下手に触らぬようにしていた。
「実は、それをお見せしたいのです」
「よいのか?」
「はい。それが、私なりの誠意だと……ぶっ!」
「プルっ!?」
長たちが真剣に話している中、プルが突然、杖で長の頭を叩いた。
「ちょっ!いたっ!
プルちゃん!
いま大事なとこだからっ!
やめてっ!
いたいって!」
しかも、何度も。
長も困りながら、それを甘んじて受けていた。
「まっ、たく。
あん、な、女、に、やら、れる、なん、て、未、熟」
プルはぶすっとした顔のまま、しゃべりながら何度も長を叩き続けた。
プルさん?
さすがにやりすぎでは?
「ごめんよ~。
プルちゃん。
心配かけちゃったねよ~」
ん?長のキャラが。
カイゼルのお仲間ではないよな?
「父様情けない。
エルフの恥」
「父様ぁ!?」
「ん?あ、そう」
驚くミツキに、プルがあっけなく頷く。
まさか、プルの父親がエルフの長だったとは。
「いや~、でもプルちゃん、また強くなったんだね~。
パパは優秀な娘を持って幸せだよ~」
「ウザい」
なんだ、ただの親バカか。
また叩かれてるし。
「ゴ、ゴホン。
話が反れましたな」
長は気を取り直して、話の続きを話し始めた。
プルも発散して落ち着いたのか、出されたお茶菓子を三人官女で取り合いながら話を聞くことにしたようだ。
「実は、エルフは神樹の守護者となったルル様から、大森林の大結界の元となる源泉を預かっているのです」
あの強力な結界の源泉。
それはおそらく、とてつもなく強力な力を有しているのだろう。
「それは、魔族が欲しがっても不思議ではないのう」
「ええ。
長しか知らないはずの源泉のことをどこから知ったのかは分かりませんが、スカーレットはその源泉の力を狙って、この地に踏みいったのでしょう」
長はそう言うと、亜空間収納から鍵を取り出した。
「これは、エルフの長に代々伝わる、大森林の最奥へと繋がる鍵です」
長はその鍵を持って立ち上がると、部屋の壁にその鍵をつけた。
「長殿?」
何もない壁に鍵をつけた長に、殿様が首をかしげる。
「この鍵は大森林内であれば場所を選びません。
エルフの長たる者が鍵を回せば、そこが最奥への扉となるのです」
そう言って長が鍵を回すと、何もない壁に突然扉が現れた。
「どうぞ、こちらへ」
長がドアノブを回して、その扉を開ける。
中は光に包まれていて、外からでは窺い知ることができない。
俺たちは先導する長に続いて、光の扉に足を踏み入れた。