第十一話 魔獣討伐
バキバキバキバキっ!
1本が数十メートルはある巨大な木々が立ち並ぶ樹海。
その木々を何なくなぎ倒していく1体の巨大な魔獣がいた。
その魔獣はキマイラと呼ばれ、獅子と山羊の頭を持ち、尻尾は蛇。さらに翼を持ち、空を飛ぶという、何ともずるい生物である。
「きゃあああああああっ!」
1本が数十メートルはある巨大な木々が立ち並ぶ樹海。
その木々の間を何とかすり抜けながら全力疾走していく1人の小さな人間がいた。
その生物はフラウと呼ばれ、人の頭を持ち、尻尾はない。もちろん翼も持たないし、空も飛べない、何とも不便な生物である。
ここまで圧倒的な差があるにも関わらず、フラウはよく逃げていた。
木の根をうまく利用しながら、ちょこまかと小回りを利かせて、あちらこちらに逃げることでキマイラを撹乱し、何とか一定の距離を保っていた。
キマイラはなかなか捕まらないフラウにイラつき、よりいっそうフラウを追い回す。
とっくに体力の限界を迎えているが、捕まりたくはないフラウもよりいっそう逃げ回る。
その一進一退の攻防を続けたまま、2人?は神樹の北西方面にまで到達していた。
「あそこ!
少女です!
まだ逃げてます!」
そんなフラウたちの所に、東の姫たちが到着する。
「キマイラ!?
なぜこんな所に!!」
姫のお付きの男がフラウを追いかける魔獣を見て驚いた様子を見せた。
「トリア!
あなたは私とともに少女の保護を!
他の者は魔獣の討伐に!
私も補助します!」
「「「「はいっ!」」」」
姫の号令のもと、皆が指示どおりに動いていく。
「おいおい。
あれってキマイラじゃないの?」
「なぜこんな所にいるんですか!」
「やれやれ。
しかもありゃあ、<ワコク>の姫様ご一行じゃないのか」
ほぼ時を同じくして、南の王子たちも現場に到着。
「ふむ。
まあ彼らも、今も本来も、目的は我々と同じだろう。
まずは魔獣の討伐が優先だ。
逃げていたのはあの少女だろう。
姫が保護しているのなら、俺たちはキマイラを討伐するぞ!」
王子の指令によって、4人もまたキマイラへと向かっていった。
「え?え?え?
何がどうなって?
あなたたちは?」
夢中で逃げ回っていたフラウはトリアに抱き止められて抱えられ、キマイラから距離をとった場所に運ばれた。
「私は東の国<ワコク>の姫、カエデ。
所用で神樹に訪れている際に魔獣に追われていたあなたを感知し、救出・保護するために来ました。
あなたは?」
混乱するフラウにカエデ姫は努めて冷静に話しかけた。
「<ワコク>の、ひ、ひめさま。
あ、助けていただいてありがとうございます。
私は、その、西の、<アーキュリア>のフラウと申します」
フラウはカエデが王族だと知って身構えたが、それでも助けてくれたことにはきちんとお礼を言っていた。
しかし、所属を名乗るのに少し躊躇しているように見受けられた。
「西の!?
…………そう」
カエデ姫も、フラウが西の<アーキュリア>の者だと知ると少し驚いたような顔をした。
そして、一瞬だけフラウのぼろぼろの身なりに目をやったが、すぐに少し悲しそうに笑い、
「よく、ここまで頑張ったわね」
そう言って、フラウの頭にポンと手をのせた。
「ガアアアァァァァッ!」
「くっ!」
「強い!」
キマイラの相手をすることになった東の部隊はその手強さに苦戦を強いられていた。
【黒鉄】!!
【影槍】!
《アイスバレット》!
カエデ姫のお付きの男が全身を鋼鉄のような硬度に変えるスキルを使ってキマイラを受け、黒装束の2人がそれぞれ、影を実体化した槍を放つスキルと、無数の氷弾を生み出す魔法とで攻撃をした。
しかし、こちらの攻撃はキマイラの魔法障壁で弾かれ、攻撃の手が緩んだ隙にキマイラが一気に押し込んできて、お付きの男は吹き飛びされた。
「ぐあっ!」
「テツ殿っ!」
黒装束の者がテツと呼ばれたお付きの男のもとに駆け寄る。
「大丈夫だ。
だが、手強いな。
常に魔法障壁が展開されているし、こちらの攻撃の手が緩めば、俺の【黒鉄】でもやつの突進を受けきれないぞ」
テツは黒装束に手を借りながら起き上がり、口元ににじんだ血をぐいっと拭った。
「<ワコク>のテツだな!
<マリアルクス>王太子のライズだ!
手を貸そう!」
そこに、ライズ王子率いる小隊が到着した。
「なっ!
ライズ王子!?
なぜここに!?」
ライズの登場にテツだけでなく、他の2人も驚いている様子だった。
「本来のここにいる理由なら、おそらくおまえたちと同じなのだろう。
だが、今ここに理由も、おそらくおまえたちと同じだ!」
ライズはそう言って、剣を抜いてキマイラの方に向き直った。
他の3人も同じように戦闘準備をした。
「助太刀感謝する!」
テツはすぐに状況を理解して、バッと立ち上がり、再び大剣を構えた。
「あのキマイラは常時魔法障壁を展開していて、並みの攻撃ではまったく届きません。
しかも、二頭と尻尾が別々に攻撃してくるので、テツ殿だけではやつの攻撃を受けきるのが難しいのです」
黒装束の1人が状況を手早くライズに伝えた。
「なるほど。
攻防どちらも手が足りないか。
リード。
キマイラのレベルは?」
説明を受けて、ライズはリードに【鑑定】の結果を尋ねた。
こういった場合、まずリードが【鑑定】のスキルで相手の強さを計ることが決められていた。
「あー、無理ですね。
相手のレベルが高すぎて、俺の【鑑定】じゃ届かないです」
キマイラに右手をかざしていたリードが諦めたように両手と首をふるふると横に振った。
「ということは、少なくともレベル80以上ということですね。
中隊でも厳しい。大隊以上で対処するレベルの魔獣でしょう」
リードの報告を受けて、ザジがそう補足した。
「ライズ王子。
これは怪しいですな」
話を聞いていたテツがライズにそう話しかけた。
「ああ。
神樹を中心としたこの森に、こんなレベルの魔獣が出現するなど通常ではあり得ない。
誰かの手引きがあったか。
魔族か、あるいは…………」
ライズはそこまで言って、考えるように右手を顎に当てた。
「あー、おふたりさん?
そんな悠長にしている余裕はないみたいですよ?」
考え込む2人に、ガルダが目線だけを向けてそう言った。
「ガアアアァァァァッ!」
キマイラは突然現れた増援を警戒していたが、再び襲いかからんと、大きな咆哮をあげた。
「くそっ!
もう来るか!
ガルダ!
テツとともにキマイラを受けろ!
リードと東の2人は手数で撹乱!
ザジは詠唱魔法でやつの障壁を破れるぐらいの強力なのを決めろ!」
「おっしゃー!」
「承知!」
「へーい」
「「はっ!」」
「やれやれ。
簡単に言ってくれますね」
各々がライズの指示に返事を返し、各自準備に入った。
「防御は必要ありません。
私が一手に引き受けますから、テツたちも攻撃に回ってください」
「姫っ!」
後方から聞こえたカエデの声に、テツがいち早く反応した。
「これは、カエデ姫。
あなたもこんな奥地まで来られていたのですね」
カエデの姿を見たライズが、恭しく頭を下げた。
「白々しいですよ。
私がいたことなど、とっくにご存知でしたでしょう?」
そう言って笑うカエデは、冷たい空気をまとっていた。
「えっと、これは?」
2人の間に走る殺伐とした空気に、黒装束の2人がおろおろして尋ねた。
「あー、あの2人、めっちゃ仲悪いんすよ」
リードが呆れたようにそれに答えた。
「だいたい、そんな自信満々なこと言って、あのキマイラけっこう強いんですよ?
ご自慢の結界が破られたらどうなさるのですか」
「あらあら、見くびっていただいては困りますわね。
誰が各国と、ヒューマンエリアの大結界を維持していると思っているのですか?
あれがなければ、人間の領域など、とっくに侵略されておりますでしょうに」
「いやいや、それにはほんとに感謝してもしきれませんなー。
おかげで、結界の綻びから侵入してくる魔族軍との戦闘で身が休まらないですよ」
「あらあらあらあら、」
「いやいやいやいや、」
「ちょっと!
いつまでやってるんですか!
もう来ますよ!」
いつまでも終わらない言い合いに、ザジが突っ込みを入れた。
「ガアアアァァァァッ!」
キマイラが再び躍りかかり、同時に3つの頭が光弾を放つ。
カッ!!
ドガァァァァン!!
凄まじい爆発と轟音で砂ぼこりが舞い上がった。
その砂ぼこりが収まると、キマイラの攻撃はカエデの結界ですべて防がれていて、彼らには傷ひとつついていなかった。
「ほら。
きちんと攻撃は防いでさしあげましたよ?
せいぜい頑張って倒してくださいね?」
カエデはそう言って、怪しげに微笑んだ。
「ふん。
誰に言ってるんだか」
ライズはそれを鼻で笑って、各員に指示を出した。
「総員行動開始!
ガルダとテツはリードたちの撹乱に乗じて障壁にダメージを与えろ!
ザジの魔法で障壁を破砕したら、俺が止めを差す!」
「「「「「「はっ!」」」」」」
その指示を受けて全員が動き、ザジとライズは詠唱を始めた。
【影槍】!
《アイスバレット》!
【錬成[ナイフ]】!
「ガアアアァァァァッ!」
手数の増えた多重攻撃を打ち落とすのに、キマイラは手を焼いているようだった。
【黒鉄】!
【国士無双】!
その隙を突いて、肉体強化系のテツとガルダが大剣を振るう。
その間も、先陣の3人の攻撃は続けられていた。
「詠唱終わり!
総員退避!」
ザジの言葉を受けて、全員がその場を離れた。
《ジオ・ブレイズ・フレイム》!!
レーザーにも似た巨大な炎熱系の光線が炎を纏って、ザジからキマイラに向けて、一気に走り抜けた。
ガガガガガガガガッ!
「グガアアアァァァァッ!」
ザジの大魔法に、キマイラは障壁に力を集中して堪え忍ぶ。
そして、
ガアアアァァァァン!
という凄まじい轟音とともに、ザジの魔法はキマイラに覆い被さった。
「すみません。
王子。
完全には破りきれませんでした」
ザジはそう言って、こめかみから汗を流して膝をついた。
「いや、十分だ」
ライズはそう言うと、砂ぼこりの中を跳躍し、持っていた剣を空に掲げた。
キマイラは多少ダメージを受けていたようだが、ぼろぼろになった障壁がまだ辛うじて残っていた。
「《雷神剣》!!!」
ライズがそう唱えると、上空からライズの剣に雷が落ち、剣は強力な雷を纏う。
青く迸る雷を纏った剣を、ライズは力一杯に振り下ろした。
「あああああああっ!」
ピシャアアアアアアンッ!
振り下ろされた剣の先、キマイラを中心として、凄まじい閃光と轟音が周囲に鳴り響いた。
『なるほどね。
参考になったよ。
さて、ここからか』