第百三話 動き出す女王
神樹の森にあるミツキの修行場に転移したミツキとプルはしばらくそのまま意識を失って倒れ伏していた。
ミツキの【偽装】もいつの間にか解けている。
「……ん」
しばらくして、プルが目を覚ます。
体はまだ重たかったが、【魔力徴収】を使って周囲の魔力を集めると、ようやく起き上がれるようになった。
ミツキはまだ目を覚ましていないようだ。
プルはミツキの前髪にさらりと触れる。
「ありがと。
助かった」
プルは呟くと、ミツキとともにイエツグの元へと転移した。
驚くイエツグに、
「ごめん」
とだけ告げて、プルは全員を連れて<ワコク>まで転移していった。
「……そうでしたか。
エルザは探せなかったのですか」
詳細を聞いたイエツグは肩を落とし、意気消沈としていた。
「ごめんなさい。
何も出来なかったわ」
ミツキもそれに肩を落とし、頭を下げた。
「仕方ありますまい。
お二人が無事に戻られただけで良しとしましょう」
殿様が間を取り成すように会話に入ってくる。
「それにしても、エルフの長が代替わりしていたなんて」
「まったくだ」
驚いた様子のカエデ姫に、殿様が同意する。
城の会議室のような部屋には、俺たち以外にはこの3人だけだった。
「普通は、長が代わったら分かるものなのですか?」
「ああ。
エルフは長命だから、詳しくは伝記での話になるが、代替わりした際には<ワコク>を含めた近隣各国に挨拶に来るものだからな。
それも、女王などというのは、おそらく初めてだろう」
「……あれは、エルフじゃない」
「えっ!?」
それまで黙っていたプルが口を開く。
どうやら、ずっと考え事をしていたようだ。
「エルフの長である女王がエルフではない?
いったいどういうことですかな?」
殿様もぐっと身を乗り出して、プルの話を傾聴する構えを見せた。
「ミツキ、よく思い出してみて。
大森林で会った、他のエルフたちを」
プルに言われて、ミツキが考える動作をしてみせた。
「えっと、みんなほっそりしてて、背が高くて、耳がとんがってて、で、全員が銀髪碧眼だったわね」
「ふむ。
それがエルフの特徴ですな」
「そこまで言えて、ミツキは女王の容姿に何の疑問も抱かない」
「え?」
ミツキは本当に何の事か分からないかのように首を傾げる。
そして、プルはまるで予言を口にするかのように、するすると言葉を紡いでいく。
「女王は銀髪でも碧眼でもなかった。
背は高いけど、体型もエルフとは思えないぐらい豊満。
それにそもそも、すべてのエルフの共通項である尖った耳を持ってない」
「えっ!?」
プルの言葉に、ミツキ以外の全員が驚く。
そして、それを受けて、ミツキの表情がだんだんと曇っていく。
「ま、待って。
そう言われると、たしかにおかしいわ。
え?
でも、なんで私は今までそれに、何も疑問を感じなかったの?」
プルが困惑し始めたミツキの肩をがしっと掴み、目と目をしっかりと合わせた。
「ミツキ。
はっきりと口に出す。
あれは、エルフじゃない」
プルに導かれ、ミツキが口を開く。
「あ、あれは、エルフ、じゃない」
「な、なんだあれはっ!」
ミツキがその言葉を口にした途端、ミツキの体に半透明の鎖がぼんやりと巻き付いているのを全員が目撃する。
「もう一度!」
「あれは、エルフなんかじゃない!」
ミツキの完全なる拒絶の言葉を受けて、ミツキを縛る鎖が弾け飛び、バラバラに地面に散らばったかと思えば、すぐにスウッと消えてしまった。
「……プル。
あれはなんだ?」
俺の問いに、こちらを一瞥してからプルが答える。
「たぶん、スキル。
魔法でいう、《誘惑》と同系統。
でも、その力は桁違い」
たしかに、《誘惑》は相手の意思とは裏腹に相手の行動を操る魔法だが、今のはミツキの女王を疑うという意思さえ剥奪しているようだった。
「それに、私とミツキの魔力を奪った力の正体がまるで分からない。
限定空間内での作用なはず。
でも、何も感知できなかった」
「エルフの女王を語る女。
そいつは、いったい……」
「あ~あ。
言語統制まで解かれちゃったわん。
せっかく魔王様に『世界の扉』をお借りしたのにん。
これは、あたくしのことがバレちゃうわねん」
『世界の扉』は結界などの閉鎖空間へ侵入する際に、通過者の魔力に制限を与える。
その特性は、結界内に設置された扉を通過することでも、その対象となる。
女王の部屋の入口に設置された扉。
その『世界の扉』をくぐったプルとミツキは、ルルによって作られた二効一体の強力な結界を通過したと認定され、魔力欠乏状態になるほどの制限を受けたのである。
玉座の肘置きにしなだれかかりながら、スカーレットが溜め息を漏らす。
「プルプラちゃん、やるわねん。
これは、そろそろ仕掛け時かしらん」
スカーレットはそう言って、妖艶に笑みを浮かべるのだった。