第百二話 エルフの女王
シバの案内で到着したのは、一際大きな大木の根元だった。
その木は中をくりぬいて、住居のようにしているようだった。
木の入口には、物々しい装飾の扉が異様な存在感を放っていた。
「ここだ。
女王がお待ちだ。
入れ」
シバは心なしか緊張している様子だった。
「こんな門なかった。
女王様とやらの趣味?
個性的?」
「と、とにかく入るんだ!」
首をかしげるプルに、シバは焦るように進むことを促した。
「ほいほい」
プルは急かされても、いつも通りにとことことゆっくり歩いていた。
ミツキはあとから聞かされたのだが、あれは周囲の空間を感知しながら、わざとペースを落としているらしい。
扉が開けられ、プルはそのまま中に入っていく。
何事もなくプルが進んだということは、何らかの罠は検知されなかったのだと、ミツキもそのあとに続いた。
2人が中に入り、扉が閉じられると、シバはその扉に手をつく。
「プル。
すまん」
シバは届くことのない声を、扉に向けて呟いていた。
扉が閉まった瞬間、プルがその場に膝をついて倒れ込む。
「プル!?……くっ!」
膝をついたプルに駆け寄ろうとしたミツキは、自分も急激な虚脱感に襲われて、その場に座り込んでしまった。
「ようこそ!
新たな同士ちゃん!」
ミツキが何とか顔を上げると、部屋の奥に、玉座に優雅に座る女がいた。
他には誰もおらず、女は楽しそうにミツキたちを見下ろしていた。
「だ、誰よ、あんた」
ミツキは力の入らない体を精一杯支えて、顔を女に向けた。
ともすれば、このまま寝転んでしまいたいほどの脱力感が、ミツキとプルを襲っていたのだ。
「あたくしは新たにエルフの女王になった者よん!
スカーレットって言うのん!
よろしくねん!」
スカーレットは実に楽しそうに笑っていた。
その姿は、プルとは違った意味で異質だった。
豊満で妖艶な体つきは扇情的で、視線ひとつとっても、男を誘惑するのに十分な色気を含んでいたからだ。
「あたくしが女王になったからには、愚かな人間どもなど、さっさと滅ぼしてさしあげるのよん!
帰ってきてばかりで悪いけどん、あなたたちにはさっそく尖兵になってもらうわん!」
「な、なにをっ!」
ミツキは何を馬鹿なことをと思ってはいたが、スカーレットの声色に、この上ない心地よさを感じている自分がいて、その言うことに逆らいたくないと考えてしまっている自分に内心とても驚いていた。
「そういう、こと、か」
プルが苦しそうに地面にうずくまりながら、ポツリと呟いた。
ミツキよりもプルの方が苦しそうに見受けられる。
「あらあら、気付いちゃったのん?
さすがは天下のプルプラ様ねん」
スカーレットはどうやらプルのことを知っているようだった。
「でもでも、その神樹の守護者のお弟子さんとやらも、肝心の魔力を封じられちゃあ、ただのお子ちゃま以下みたいねん」
「ま、魔力?」
スカーレットに言われて、ミツキはようやく気が付く。
この虚脱感。疲労感。
これは、魔力を著しく消費した時と同じものだ、と。
「さあ、2人とも、おとなしくあたくしに従いなさい!
そうしたら、魔力も戻してあげるん!」
「あ、あ……」
スカーレットの妖艶な声と優しげな笑みに、ミツキはすべてを投げ出して従いたくなる感情が溢れそうだった。
「ミ、ツキ。ダメ、帰る、の」
プルが懸命にミツキに呼び掛けるが、ミツキはスカーレットから目を離せずにいた。
「ふふふ。
さすがにプルプラちゃんは健気に頑張るわねん。
でも、お友達はそろそろ限界かしらねん」
スカーレットがしゃべる度に、ミツキは動かない体を引きずって、スカーレットに近付こうとする。
「ふふふ。
良い子ね。
ここまで来たら、なでなでしてあげるわん」
「ああ……」
スカーレットに言われ、ミツキは心の底から嬉しそうな表情をした。
「ミ、ツキ!
帰る!」
プルの心の叫びも、ミツキには届かない。
「無駄よん。
あたくしの【魅了】は完璧。
抗えるのは、あの御方だけん」
ずりずりとスカーレットに這い寄るミツキに、プルは力を振り絞って息を吸った。
「影人!フラウ!プル!カイゼル!」
その名前に、ミツキがぴくりと反応し、動きを止める。
「……えっ?」
スカーレットが笑みを止め、驚いたようにその様子を見る。
「ミツキ!
ミツキ!
みんな待ってる!
帰るよ!」
その言葉を契機に、プルはミツキを絡め取ろうとしていた見えない鎖が、音を立てて弾け飛んだような気がした。
「そ、そんな、馬鹿なん!」
スカーレットは信じられないとでも言いたげな顔をしていた。
「……ごめん、プル」
しばらくして、ミツキがうつむいたまま呟く。
「帰ろう!」
「ミツキ!」
【強制相転移!!】
「なっ!」
そして、そこには2人分の大きな岩だけが残った。