第百話 影人、ルルにモノをたかる
ルルはライトグリーンの瞳を精一杯見開いて怒っていることを表現していた。
黄金色のポニーテールが風にゆらゆらと揺れている。
「神樹に触れるなって言ったでしょ!
なのに、触れるどころか刀をぶん投げるなんて、罰当たりにも程があるわ!」
ルルは地団駄を踏んでいる。
小さい子供が駄々をこねているかのようだな。
「ご主人様、これ」
「ああ。ありがとう、フラウ」
俺はフラウが拾ってくれた黒影刀を納刀した。
「まったく!
それで?なんの用なの?」
マイペースな俺たちに溜め息を吐きながら、ルルは腕を組んで用件を尋ねてきた。
「エルフの大森林が<ワコク>と戦争になりそうらしい」
「ああ、そうみたいね」
「知ってたか」
俺が意外そうな声を出すと、ルルは組んでいた腕を開いて肩をすくめた。
「当然よ。
少なくとも、人間の領域に関する事情なら、だいたい把握してるわ」
それなら話が早い。
「どうやら、エルフ側の誤解が争点らしいのだが、問題解決に手を貸してくれないか?
神樹の守護者なら、両者の間を取り持つぐらいワケないだろう?」
「いやよ」
ルルは憮然とした態度で即答した。
「なぜだ?
ルルはエルフだし、神樹の森に隣接する国が戦火に見舞われたら嫌だろう?」
「私は神樹の守護者。
そこにエルフなどという肩書きは存在しない。
それに、人間が神樹の森の周りに勝手に国を作っただけ。
そこがどうなろうと私の知ったことじゃないわ。
私は神樹と、神樹の森が無事ならそれでいい」
……なるほど。
ルルはそういう立ち位置か。
「……これは、これ以上、何を言っても無駄か?」
「ええ。
私のスタンスに関しては、何においても変わることはないわ」
「…………」
「…………」
「……わかった」
俺がそう言うと、ルルは足元に魔方陣を展開して帰ろうとした。
「ちょっと!?」
が、俺が黒影刀を抜いて、神樹に向けたのを見て、慌てて魔方陣を解除した。
「それなら、何か役に立つものを寄越せ」
「ご主人様、それはさすがに」
フラウさんもドン引きのご様子だ。
だが、ここで引くわけにはいかない。
「……あんた、マジで殺すわよ?」
「ひっ!」
ルルから発せられた強力な魔力と、押し潰されそうな殺気に、フラウが思わず身を縮めた。
森がざわめき、動物たちの気配が遠ざかっていく。
「……人の命がかかってるんだ。
今も、プルとミツキが体を張って様子を見に行っている。
万が一にも失敗はしたくない。
頼む。少しでいいから力を貸してくれ」
「…………」
ルルの殺気に気圧されながらも、俺はなんとか自分の思いを伝えた。
「…………はあ。
仕方ないわね」
ルルが諦めたように溜め息を吐くと、刺すような殺気が収まり、張り詰めた空気が元に戻る。
「これをあげるわ。
プルに渡しなさい」
「杖?」
ルルは亜空間に手を突っ込むと、1本の杖を取り出した。
俺の身長ぐらいの長さ。
杖の先端に紅い宝玉がついていて、宝玉の右側に悪魔の羽のような黒い翼、左側に天使の羽のような白い翼がついている。
「いつかは渡すつもりだったの。
少し早いけど渡しておくわ。
魔法士系のジョブを全て極めるまで真価は発揮しないけど、それでも足しにはなるはずよ」
「わかった」
俺はフラウに【亜空間収納】を渡し、そこに入れてもらった。
「ついでに、これもあげるわ」
「きゃっ」
「おっと」
ルルはついでとばかりに、俺とフラウにそれぞれアイテムを放り投げた。
「青い玉?」
フラウに渡されたのはとても綺麗な、澄んだ青色の玉だった。
「それは蒼の秘石。
あなたの短剣にくっつけてごらん」
ルルに言われて、フラウが持っている二刀短剣の長い方の剣に秘石をつけると、秘石は剣に吸い込まれていった。
少しして、剣の鍔の部分からその秘石が半分だけ浮き上がってきた。
そして、もう一本の短剣の方にも、同じように秘石の半分が顔を出した。
「これは?」
「それは魔法をためておける秘石。
あなたは魔法を使うのが苦手みたいだから、プルに魔法を込めてもらいなさい。
使い方は、『解放』と唱えるだけよ。
ただし、使えるのは左右1発ずつ。
使ったら、また装填してもらないといけないわ。
それでも、私特製だから、どんな強力な魔法でもためておけるのよ」
それは、かなり強力な力だな。
剣での戦闘中に、いきなり相手が魔導王クラスの大魔法を撃ってくるんだろう?
「あ!ありがとうございます!!」
フラウはよく分かっていないようだったが、一生懸命にお辞儀をしていた。
あとでゆっくり解説してあげよう。
「で、あんたのは……」
「?」
次に、ルルは俺の方を向いて、俺に渡した指輪の説明をしようとしたが、途中で言葉に詰まったようだった。
「……あんたの戦闘力を増幅する『因果の指輪』よ」
「……そうか」
なんだか、歯に詰まったような言い方だが、純粋なレベルアップは単純にありがたい。
俺が因果の指輪を左手の中指につけようとすると、
「その黒の指輪とは逆の手につけた方がいいわ」
「そうか」
そう言われ、右手の人差し指につけることにした。
つけた時は少し大きかったが、はめると勝手に俺の指に合わせて縮まり、ぴったりと俺の指に収まった。
「ありがとう。
助かったよ」
「まったく、脅しで手に入れておいて、現金なもんね」
改めて礼を言う俺に、ルルは呆れた様子だった。
「<ワコク>まで転移させてあげるわ。
見送らないと不安だから」
「もう神樹に刀を向けたりはしないさ」
「どーだか」
俺が苦笑していると、ルルは俺とフラウの足元に転移魔方陣を展開した。
「因果の指輪は、黒の指輪とセットで真価を発揮するわ。
まあ、頑張りなさい」
俺たちの去り際、ルルがそれだけ告げていった。
「…………引き出す指輪と抑える指輪。
それで、闇の帝王の力をうまく利用してみせなさい」
転移した俺たちは、最後のルルの呟きを聞くことはなかった。