第十話 西、東、あと南
「きゃあああああああっ!
なにこれっ!
獅子?
熊?
わからない!
わからないけど、なんかすごいのに追いかけられてるーー!
たべられるぅぅぅぅーーー!!!!」
「…………」
「姫。
対象はここで小休止して、再び北西方向に向かって移動しているようですね」
神樹から北西方向に進んだ先、少しだけ開けた場所に、東の者たちが到着してきた。
「川も近くにあるし、一息いれたのでしょう。
さあ姫。
我々も急ぎましょう」
「………ええ」
姫と呼ばれた女性はぐるりと周りを見回したあと、再び周りの者たちとともに走り出した。
「!」
「この声はっ!?」
東の者たちが走り出してすぐ、悲鳴に似た声が聞こえて、姫たちは足を止めた。
「トリア!」
「はい!」
姫にトリアと呼ばれた黒装束の者が周囲の気配を探った。
黒装束で顔まで隠れているから分からなかったが、声からしても、どうやらトリアというのは女性のようだった。
「何者かが魔物に追われているようです!
魔物は、かなり大きい!
かなりの高レベルかもしれません!
方向は、ここから西方向です!」
トリアは気配を探りながら、姫に詳細を報告していった。
「大変!
すぐに助けにいかないと!」
「姫!
我々はいま対象を追っているのですよ!」
姫は急いで悲鳴の方向に走り出そうとしたが、お付きの男に止められた。
「何言ってるの!
民間人かもしれないのよ!
見捨てるわけにはいかないでしょ!」
「しかしっ…………!
分かりました!」
姫の反論にお付きの男は少したじろいたが、すぐにその命令に従うことにしたようだ。
「…………あー、王子?」
「どうした、リード」
リードと呼ばれた軽装の男が気まずそうに王子と呼ばれたリーダー格の男に声をかけた。
「報告したら、あとで俺が隊長に怒られるかもしれないけど、報告しなかったら今王子が怒りそうだから報告しますけどー」
「なんだ、早く言え」
リードはひどく言いにくそうにしながら、察知した異変を報告した。
「あー、ここから北北西方向で、何者かが魔獣に追われてます」
「なにっ!」
その報告を聞いた王子はすぐに、
「総員報告転換!
魔獣の討伐に行くぞ!」
ともに移動する3人にそう命じた。
「あー、王子?
やっぱり行きますよねー」
その命令を聞いたリードが困ったような顔をした。
「王子。
私たちは現在、対象を追跡中です。
これは王務扱いです。
王務を途中で放棄して、それでもそちらに向かうと仰るのですか?」
リードの助けを求める顔に、ザジと呼ばれた男が助け舟を出した。
「当たり前だ!
我が国の国民かもしれないし、たとえ我が国の国民でなかったとしても、人間でさえなかったとしても、命であることに変わりはない!
それを見捨ててでも優先すべき任務が王務ならば、そんなもの放棄してしまえ!」
しかし、王子の決定が覆ることはなかった。
「がはははははっ!
いいじゃねえか!
それでこそライズ王子だ!」
大柄なガルダと呼ばれた男が豪快に笑いながら、それに同意した。
「はいはい。
どうせそうなると思ってましたよ。
結局、怒られるのは俺だけだしな」
リードはふて腐れながらも同意したようだ。
「まあ、そもそも現場指揮官の王子の命令ですからね。
従わない道理はありません」
ザジもそれに同意し、4人は魔獣のもとへと向かった。
『ふむ。
そうなるのか。
少し意外だったが、まあいい』