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7話 黒い森へ

第一章十一話中の七話目です

楽しんでいただければ幸いです


 今日は、いつもの隠し通路を使わずに、他の冒険者と共に街を出る事にした。

 ダンジョンとは言っても、ただの森林だから、どこからでも入る事は可能だ。ただ、ダンジョンの正門を通らない限り、その狩りの結果は認められず、素材の買取も正規の方法では行えなくなる。

 門と言っても、掘っ立て小屋が建っているだけの簡素なものだ。


 俺としては、素材の買取など、どうでも良いのだが、せっかくだから、冒険者気分を味わいたいと言うジョゼの希望を汲んで、今回は正規の方法で通る事にしたのだ。


「なんだか緊張します。」


 鎧姿のジョゼが、強ばった表情で言葉を漏らす。隣を歩いている俺も、普段と同じ鎧姿だ。俺の顔を知らなければ、剣士同士の冒険者パーティーにしか見えないだろう。


「今ならもう大丈夫だよ。四階層を越えるまでは、一目鬼(サイクロプス)以上の敵は出て来ないから。」


 隣を歩くジョゼが、ホッとため息を吐く。まだ死にかけてから一週間も経たないのに、気丈な事だと思う。

 それだけ、母親に対する愛情が深いのだろう。


 訓練の休憩中に、彼女は何度も母の話をしてくれた。絵本を読んでくれた話、庭で花の名前を教えてくれた話、遠くの山に伝わる神話を教えてくれた話、雷を怖がった晩、ジョゼが寝付くまで隣に居てくれた話。

 その一つ一つを、大切なもののように彼女は語る。そして、最後には王都の方を向いて、寂しそうな、不安そうな表情を浮かべた。


 俺は、彼女のそんな表情を見る度に、いつものあの笑顔にしてやりたいと思うのだ。


 俺は、どうもおかしくなってしまっているらしい。


「さて……着きましたね。」


 入り口には、木製の簡素な守衛所が建っており、入って行く冒険者の認識標(タグ)を一人一人確認していた。これは、出てくる時にも必ず確認され、どの程度の損害があったのかを確認する為に行われている。

 俺たちも、まだ日が登ったばかりの薄暗い空の下、認識標(タグ)確認の行列に並ぶ。


「あの番号を控えている奴に、この認識標(タグ)を見せれば良いから。」


「はい。解りました。なんだか、自分も冒険者さんになったみたいで……。」


 俺が耳打ちをすると、ジョゼは、なんだか遠くを見るような、そんな目をして、冒険者たちを見つめる。


「なんだ。ジョゼは冒険者になりたいのか? 」


「そうですね。母に読んでもらった勇者さまの冒険譚は、子供心にとてもワクワクしたものです。」


「そうだね。冒険の旅に出てみるのもいいかな……。『我に剣を捧げよ!』ってドラゴンに言ってみたりとか……。」


 楽しくなってきた俺は、有名な勇者の逸話を引用してみた。

 あのアーデルハイド(ドラゴン)を、そんなにしおらしく従わせる事など、俺には無理そうだけどな。


 勇者ってすごい。


 ただ、勇者がそうしたように、俺も彼女の言葉を、これからも肯定し続けるだけだ。


「ふふっ。そうですね……。では、私がドラゴン役をやりますね。本人にも会える事ですし。……もし、エルが勇者さまみたいに旅に出るのなら、私も着いて行って良いですか? 」


「お、いいねえ。でも、それこそ夢物語だなあ……。」


 列に並びながら、俺たちはクスクスと笑う。周りの冒険者から、ずいぶん余裕だなと言う視線を向けられるが、直ぐに彼らは興味無さげに視線を戻す。


「認識阻害魔法って凄いんですね。普段はこうして並んでいると、一度か二度は必ず絡まれるのですが……。」


「ま、それは仕方ない。おっ……順番だ。」


 仕方ないと言った俺を、不満げに見ているジョゼの前で、認識標(タグ)を守衛に渡す。

 これは、冒険者組合(ギルド)から正規に発行されたものだ。ただ、その名前や出身地、魔力量、等級(ランク)に至るまで、全ての情報はデタラメのものだ。

 普通はそんな事は絶対に出来ないが、何にでも裏道と言うものはあると言う事だ。


「通ってよし。」


 俺は、ジョゼの認識標(タグ)が、無事に通った事を確認すると、黒い森(ダンジョン)へと一歩を踏み出した。


*


 一階層を抜け、二階層に入ったところでジョゼが声を掛けて来た。

 

「あそこにオークがいます。どうしますか? 」


「ああ。無視して進むよ。今は隠蔽魔法(ハイド)が掛けてあるし。」


 ジョゼが指を指す方向を見れば、確かにオークの姿が見える。


 指ほそっ。そしてながっ

 

 これが本物の冒険者なら、戦闘準備に掛かるところだが、俺たちは魔物から産み出される素材や魔石を求めてここに来ている訳では無い。

 それに、馬が走る程度のスピードで移動している俺たちに、オークが追い付けるはずもない。

 

「ただ……。なんだか落ち着かないです……。」


隠蔽魔法(ハイド)は、パーティーメンバーと自分自身は見えるからね。」


「それは、頭では理解出来ているんですけれども……。」


「なんだ? ジョゼはそんなに戦いたかったのか? そんな戦闘狂(ウォーモンガー)だとは思わなかった。」


「あ……! もぅ! それは酷いです! 」


 真っ赤になったジョゼにドンと押されて、俺は少しよろめく。

 そんな油断はしていたつもりは無いのだが、もしかしてさらに強くなってない……?


*


 その後も、ジョゼの機嫌はなかなか直らず、俺は必死に許しを乞うていた。

 

「だから、ごめんなさい。」


「もう。知りません! 」


 ヘソを曲げたジョゼに謝っているうちに、俺たちは二階層を過ぎて、三階層へとたどり着いていた。


 この階層と言うのは、明確な区分がある訳では無く、出現する魔物の強さによって大体で分けられた区分に過ぎない。

 ただ、三階層になると魔物の察知能力が高いものが多く、四階層に至るには大量に寄ってくる魔物を倒さねばならず、冒険者の間でも、四階層まで達する事が出来る者は少ない。


「もしかしたら、察知されてしまうかもしれないから、警戒はしておいてね。」


「……。」


 拗ねていたジョゼも、俺の顔つきを見て、顔を引き締めた。


「右から何か来ます。」


 ほぼ同時に、俺も気配を察知した。

 多分、蛇系の魔物が、俺たちの歩く振動を感知したのだろう。

 目や匂いで敵を感知する魔物であれば、隠蔽魔法は有効だが、こうした消すことの出来ない物理現象で察知するタイプの魔物は厄介だ。

 しつこいのは嫌われるんだぞ。


「任せる。」


「はいっ。」


 ジョゼは、こくりと頷くと、剣を抜いて構える。

 バキバキと木の幹を折る音が近づいて来る。きっと、この音を聞き付けて、他の魔物も集まって来るに違いない。


「直ぐに片付けて移動するぞ。」


 その瞬間、大型の羆程度の大きさがある蛇の頭が、大口を開けて襲いかかって来た。

 ジョゼは、一足に横に飛ぶと、太い幹を蹴り飛ばし、その勢いで蛇の首の付け根を一閃する。

 握った長剣(ロングソード)の先から、魔力を持った刃先が伸び、2メートル近い蛇の胴を真っ二つにした。

 もう既に事切れてはいるが、勢いのついたままの蛇の頭と胴体は、バラバラな方向へと飛んでいき、太い木の幹をなぎ倒していく。


 その実力は、訓練の時に目にしていたが、まさかこれほどとは思わなかった。


「……お見事。デーモンアナコンダを一刀両断とはね……。」


「ありがとうございます。」


「さ、先を急ごう。ここには魔物が集まって来るから。」


 魔物を倒せば、どうしても血は出る。その血の匂いを嗅ぎ付けて周辺から魔物が集まり、気がつけば魔物の群れに囲まれる。

 それがこの三階層の怖さで、ジョゼが前回死にかけたのも、それが原因だった。


 それからは、何度か魔物と遭遇するも、ジョゼは危なげなく、一刀の下に、その命を刈り取って行く。

 このペースで移動が出来れば、魔物の群れに囲まれる前に、その場を離れる事が出来る。


 気がつけば、俺たちは四階層の中ほどまで来ていた。


*


「前回は……この辺りだったな。」


「……そうです。三階層で魔物の群れに襲われて、何とか撃退したところを……。」


「……来たぞ。」


「……はい。」


 現れたのは、身の丈5メートルはある巨人熊(ジャイアントベア)だ。

 顔には真新しい傷痕が残り、口元には呪詛を含んだ瘴気がまとわりついている。


「……あいつです。間違いない。」


 ジョゼの目が険しさを増す。

 その言葉を聞いて、俺は奴がジョゼに深傷を負わせたのだと理解出来た。


 この場所に来たのは、ボロボロになっていた彼女の装備を、一応回収しておきたいと言う彼女の願いからだった。


 そして、いざ探そうと言う段になって、巨人熊(ジャイアントベア)が現れた。片方の目は顔に出来た大きな傷と共に切り裂かれており、乾いた血がべったりと張りついている。残った右目には、憤怒の色が浮かんでおり、自分を傷つけた獲物を許さないと言っているかのようだ。


「俺がやろうか? 」


「いえ……。大丈夫です。」


 ジョゼの剣を握る手に力が入る。

 単なる巨人熊(ジャイアントベア)ならば、もうジョゼの敵では無い。

 ただ、手負いの魔物は、格下であっても侮る事は出来ない。怒りに我を忘れ、どちらかが死ぬまで、その怒りは収まらないからだ。


 雄叫びと共に突進が始まる。

 あっという間に間合いが詰まり、ジョゼの胴を目掛けて鋭い爪が振り下ろされる。


 金属同士がぶつかり合うような音が響く。ジョゼは構えた剣で、その鋭い爪をしっかりと受け止めていた。

 後ろに軽く下げた軸足が、半ば土にめり込んでいるところを見れば、相当な衝撃であった事が解る。


 巨人熊(ジャイアントベア)は、怒りに任せた渾身の一撃を、まさかこの小さな生き物に止められるとは思っていなかったようで、一瞬、動きが止まる。


「それまでです。」


 ジョゼの声が響き、白い光を残す剣筋が、腕を押し返したと見るや、巨人熊(ジャイアントベア)の胴を薙ぐ。何が起こったのか解らないと言ったように、動きの止まった熊の上半身が、横に滑り始める

 絶命した巨人熊(ジャイアントベア)の上半身が、ぐしゃりと地面に落ちるのを確認したジョゼは、甲高い金属音を立てて、剣を鞘へと戻した。


「おつかれさま。……凄い剛剣だな。」


「私の剣の師匠が、そういう方なので……。」


 ジョゼは照れくさそうに両手を赤くなった頬に当てた。


 これで良いと俺は思う。

 

 ジョゼを傷つけた奴が、誰かに倒されていなくて、本当に良かった。


 死にかけた記憶は、嫌でも記憶に刻まれる。それを払拭するには、こうして相手を倒すしか無い。彼女が、悪夢に悩まされる日は来ないだろう。


*


「見当たらないな……。」


「この辺りなのは間違いないです。……どうして……。」


 俺たちは、周囲を警戒しながら、ジョゼから剥ぎ取った装備を探す。魔物は、ゴブリンやオークのような人間と体格の近い者以外は、人間の装備には興味を示さない。

 だが、ジョゼが流した血の跡は見つかったが、その周辺には何も残ってはいなかった。


「人の痕跡があるな。」


「え……? 」


「足跡が残っている。多分、冒険者のものだ。」


 ここまで来られるような冒険者が、こんな泥に足跡を残すようなヘマをするとは思えない。それに、これだけ危険な場所で、悠長に他人の捨てた装備を回収するのも変だ。


 だが、その冒険者がよく使うブーツの跡は、はっきりと残り、そして一目散に三階層の方向に向かって走り出していた。


「一体……どういう事ですか? 」


 ジョゼの質問には答えずに、足跡を追う。そして、その答えは直ぐに見つかった。


「行こう。ジョゼの装備は、見つけた冒険者が持っていってしまったみたいだ。帰ったら、冒険者組合(ギルド)に問い合わせてみよう。」


「……そうですか……。」


 草むらの中に横たわる、無惨に食い荒らされた一人の冒険者の遺体に、俺は心の中で手を合わせると、その場を後にする事にした。


 彼女には、こんな光景は見せられない。


 彼らは、あの巨人熊(ジャイアントベア)に遭遇し、襲われたのだ。

 何とか逃げ切れた者が居ることを祈りながら、俺は、頭に浮かんだ惨劇の光景を振り払った。

 

*


「さ、いよいよだ。」


「はい! 」


 四階層から五階層に変わる辺りまで来ていた俺たちは、さらに鬱蒼と茂る森を見据えていた。

 この辺りまで来ると、最早獣道と呼べるような物すら無く、植物同士の生存競争の結果として出来た、生きた迷宮が広がっている。


「ここからは、古代龍(エンシェントドラゴン)の居るところまでは止まれない。足を止めたら、そこで終わりだ。」


「……。」


 ジョゼは、生唾を飲んで、こくりと頷く。


 この五階層での生存競争は熾烈だ。

 強い魔力を求める魔物たちが、我先にとアーデルハイド(ドラゴン)が居る森の中心部へと向かい、互いに補食しあいながら生き延びている。

 結果、強い者しか生き残る事が出来ず、また、その数も多い。

 四階層に居る魔物は、この生存競争からあぶれた者に過ぎない。


 それなりに広い縄張りを持っている四階層の魔物とは違い、五階層では、ほぼ隣り合って息を潜め、互いを食うチャンスを狙っている。


 その中に人間が立ち入れば、すぐさま微妙なバランスは崩れ、あっと言う間に魔物に集られる。

 もし、立ち止まって戦闘になったとしたら、今度は魔物の数の暴力に晒される事になる。


 だから、この五階層を抜けるには、攻撃を避けながら、出来るだけ早く駆け抜ける方法しか無い。

 そうすれば五階層を抜けて、あの結界に到達する事が出来る。


 圧倒的な力を持つ者や、存在すら消すことの出来る隠密魔法(ハイド)を使える者は別だ。

 ただ、そんな人間はこの世には片手で数えるほどしか居ないだろう。


「よし。必ず俺が踏んだ場所に足を着くんだぞ。落ち着いていれば、絶対に大丈夫だから。」


 忘れている事は無いか、再度頭の中のチェックリストにレ点を入れて行く。


 親父に連れられて、初めてここに来た時を思い出す。緊張して、喉がカラカラだった俺に、親父は何をしてくれたっけ……?


「はい。大丈夫です! 」


「では……。行こうか。」

 

 緊張から額に汗が浮かんでいる彼女に向かって、俺は何でもない事を始めるように、にっこりと微笑んだ。


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