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4話 謎の娘

第一章11話中の四話目です。

読んでいただけたら幸いです。


 ここは四階層の半ばだ。冒険者であれば、銀等級(シルバー)以上のパーティーで無ければ、探索許可すら下りない。

 しかも、三階層の魔物の探知を逃れ、この階層に一人で辿り着けるような者も、俺は数えるほどしか知らない。


「ぐっ……! 」


 痛みに苦悶しているのか、脂汗を流しながら、彼女は歯を食いしばる。


「くそっ。気がつかないなんて、気が抜けてた。……仕方ない。」


 普段は、無茶をする冒険者が居ても、関与しない事にしている。

 たとえ、命の危険に晒されていたとしてもだ。


 助けたとして、それから彼らはどう説明する?


『冒険者すらパーティーで戦わなくては生き残れない森で、ソロで歩く人に自分たちは助けられました。』


 そんな話が広まれば、いずれ俺の秘密が白日の下に晒される。

 だからこそ、人の気配には十分に注意して、黒い森(ダンジョン)では察知されないようにしていたのだ。


 ただ、直接その苦しむ姿を見てしまった以上、放っておく事は出来なかった。


「ちょっと鎧を剥ぐぞ。」


 苦しそうに頷く彼女を確認したあと、俺は怪我の状況を確認するために、まずは鎧を剥ぎ取る事にした。


 きつく握りしめたままの剣は、刃こぼれも無く、鞘も無事だったのでアイテムボックスへと仕舞う。


 他の防具は、あちこち破れや傷だらけなので、壊れるのも気にせずに、外して行く。出血の酷い左脇のシャツをナイフで切ると、胸の下半分が露になるが、血だらけの状況では、気になるようなものでは無かった。

 怪我は大小様々だったが、左の脇腹が特に酷く、魔物に食いちぎられた痕からは、止めどなく血が流れ出ている。


 とにかく傷口を洗って、手持ちの火酒で消毒し、治癒魔法(ヒール)を掛ける。

 俺の魔力量なら、この傷口を塞ぐ程度ならなんとか持つはずだ。手順を確認して、作業に取りかかる。


 痛むが我慢しろよ。


「ぐぁぁっ!……。」


 アルコール代わりの火酒を傷口に垂らした辺りで、彼女は気を失ってくれた。


*


「なんとかなったか……。」


 俺は額の汗を拭う。

 香と血の強い匂いが鼻についた。


 出血を止めて、アイテムボックスから新しい水瓶を取り出し、彼女の乾いた血を流す。良く見れば、17から18くらいの少女だった。


 彼女の傷口はなんとか塞がったものの、白い肌に残る傷口は、まだ肉が盛り上がっているだけだ。

 もしかしたら、傷が残ってしまうかも知れない。


 早いところ、治癒師に見せなくてはならないが、ここはまだ四階層だ。

 

 おまけに、もうすぐ日が暮れる。


 魔よけの香は焚いてあるが、この階層で使えるような超高級品を、あまりむやみに使う訳にもいかない。

 それに、この階層での夜営は、俺にも経験が無く、何が起こるか解らない。


 距離的には、あの草原に行く方が近いが、この娘を背負ったまま、五階層を抜けられるとも思えない。


「仕方ない……行くか。」


 ほぼ半裸になった彼女をアイテムボックスから取り出したシーツで包み、胸に抱く。

 そして、彼女がこれ以上傷を負わないように注意しながら、クロトワの街に向けて歩きだした。


*


 運良く四階層では、ほとんど魔物と遭遇しなかった。

 血の匂いに引かれてやって来た魔物に三階層で多少苦戦したが、なんとか俺は、日付が変わる前にクロトワの城門近くまで戻って来る事が出来た。


「さすがに……開いてないわな。」


 遠目に見ても、日暮れとともに閉められる城門は、今は固く閉じられ、いくら領主と言えど、開けることは許されない。


 街を取り囲む城壁の上を巡回する衛兵に頼めば、治癒師を送ってはもらえるが、騒ぎになるのは間違いなく、助けた場所が場所だけに、それは勘弁願いたかった。


 日本にいた頃に、酔っぱらって帰って来た父親が、母に閉め出されていた時の事を思い出す。


 このまま父親と同じように、夜明けの開門を待つのが筋だが、今回は裏ルートを使う事にする。


 街から少し離れた森の中にある水車小屋から、領主の一族だけが知る通路が伸びている。特定の呪文を唱えなければ、その幻惑魔法で隠された扉を見つけることも出来ないだろう。


「う……ううっ! 」


 痛むのか、少女が時折うめき声を上げる。


「もうちょっとで着くからな。」


 聞こえていないだろうが、真っ暗闇の通路の中を歩く俺に、過ごしでも安心出来るようにと、腕に抱いた少女に声を掛けた。


 この通路は、領主館の中庭まで通じており、見慣れた光景が目に入った瞬間は、さすがに俺もホッとため息をついた。


*


「マギー。すまん、手伝ってくれ。客間に行っている。」


「はい。準備して参ります。」


 早速俺はドアの外からメイド長に声を掛け、彼女を客間の一つに寝かせた。


「旦那さま。いったい、こんな時間に何だって言うんですか? ……っ! 」


 深夜だと言う事もあって、もう眠っていたメイド長が、何事かと怒りながら客間に来て、ベッドに寝かされている女を見て息を呑む。


「すまない。出先で倒れてるのを見つけてな。俺に出来る治癒(ヒール)は掛けてあるが……。」


「解りました。あとは私がやっておきますので、旦那さまはまずはその汚れた格好を何とかしてくださいまし。…ほら、彼女の身体を拭きますので、出ていって下さいな。」


 彼女の姿を見て思うところがあったのか、身体を拭くから出ていけと俺を追い出した。元聖職者(プリースト)である彼女に任せておけば、まず悪いことにはならないだろう。


 客間から追い出された先の廊下にある鏡が目に入る。


「ずいぶん汚れたな…。」


 鏡に映った俺の全身は、赤黒い汚れで酷い有り様だった。魔物を蹴散らす際に、腕がふさがっていたので、文字通り"蹴散らす"しか無かったからだ。

 おかげでブーツは魔物の血と脂でベットリと汚れている。


 多少は踏んだり擦れたりした草木のおかげで落ちてはいたが、マギーが顔をしかめるには十分だ。俺は自室に戻って、早速装備を脱ぎ、冷たい水で身体を拭く。


「くそっ。今日は散々な日だ。」


 思わず口から愚痴が漏れる。

 だが、全て自らが招いた事だと、頭を振って諦める事にした。


*


「旦那さま。」


 自室で一息ついている間に、どうやら寝てしまっていたようだ。

 ソファーに大の字になっている俺を、メイド長のマギーのつり上がった目が睨んでいる。外を見ればまだ暗く、一体、どれくらい眠っていたのかは解らない。


「すまない。寝てしまっていた。」


「お帰りが遅いので、屋敷の皆が心配してたんですよ! 」


 自分に任せきりで眠りこけて居たことを怒られたと思ったのだが、どうやら違ったようだ。


「心配を掛けたな。あの娘を連れて来られるようになるまでに、ずいぶん時間が掛かってしまったんだ。すまない。……で、彼女の容態は? 」


「……。本当にご自愛くださいませ。あの娘はもう峠は越えましたよ。朝にはもう動けるようにはなっているはずです。」


 仕方がないなと言うため息をついてから、マギーが答える。


「そうか……。」


 メイド長(マギー)の報告を聞いて、俺もホッと胸を撫で下ろす。


「ただ……。」


「ただ…何だ? 」


「ええ。機能には影響は無さそうですが、傷痕は残ってしまいそうなのです……。」


 申し訳無さそうにマギーが告げる。

 この世界の治癒魔法は、完璧では無い。直ぐに治癒自体は完了するものの、千切れた腕や足が元通りになる事もないし、大きな傷であれば、傷痕が残る事もある。

 昼間に確認した傷の大きさから言えば、命を取り留めただけでも奇跡だと言えた。


「……マギーが治療して傷が残るのであれば、誰がやっても同じだろう。……ただ、まだ若い娘だからな……。」


「ええ……。」


 労いの言葉をマギーに掛け、その言いづらいと思われる懸念を先に口にする。俺の言葉を聞いて、マギーは一言だけ呟くと目を伏せた。


「あとは休んでおいてくれ、詳細は明日話す。」


「かしこまりました。旦那さま。」


 そう言って、メイド長(マギー)は、大人しく下がる。

 彼女の事だから、傷口にある呪詛の痕跡にもきっと気が付いていただろう。

 ただ、詳細を伝えるには、俺の身体の全てが疲れきっていた。


 俺は、寝室へと足を引きずるようにして向かい、ベッドに倒れ込むと、あっと言う間に意識が落ちた。


*


「おはようございます。旦那さま。」


 目を覚ますと、もう日はすっかり登ってしまっており、ずいぶん寝過ごしてしまった事に気が付く。

 この時期は、日の出の少し前くらいに目を覚まさないと、執務の開始に間に合わない。


「すまない。マギー。ずいぶん寝過ごしてしまった。」


「いえ……。ずいぶんお疲れのようでしたので……。あと、執務室でディータさまがお待ちです。」


「解った。直ぐに行く。」


 副官が、敢えて待っていると伝えて来ると言う事は、何か問題でも起きたのだろう。

 俺は急いで身支度を整えると、執務室へと急いだ。


*


「若い娘を連れての深夜のご帰宅とは、またお盛んですね。おはようございます。ご主人さま。」


 執務室に着いた俺が目にしたのは、明らかに不機嫌そうな我が副官と、治療着のままソファーに座っている娘の姿だった。


 金色の髪を腰まで垂らし、利発そうな瞳には闘志を、細い眉には困惑を浮かべた娘が、俺の姿を見ている。昨日は血と泥で解らなかったが、ずいぶん美しい娘だ。


 その姿から視線を反らすようにして、ディータへと向き直った。


「だから、そういう誤解を招く表現は止めろ。彼女も困っているだろう? 今日も綺麗だよディータ。おはよう。」


 明らかに不機嫌な副官に、ゴマを摩っておく事にする。

 急に言われてビックリしたのか、奴の顔に赤みが差す。

 良くやったぞ。俺。


「あの……。」


「ああ。すまないね、こういう芸風なんだ。我々は。」


「いえ……そういうことではなくて……。」


「彼女は、詳しい事は助けてくれた方が来てからと言って譲らなかったんです。ですので、まだ何か伺えた訳ではないんです。ご主人さま。」


 言い淀んでいる娘に代わり、ディータが答える。

 見つけた場所が場所だけに、軽々しく話す訳にも行かなかったのだろう。


「ああ。そういう事か。このディータは私の副官でね、私があの辺りに行っている事は知ってるから、気にしないで話してくれたらいい。」


「あの……。貴方は領主さまだと伺ったのですが……。」


「いかにも。私がフォストナー伯爵だ。こう名乗る事は少ないが。ただ、あの辺りにいた事は、絶対に口外してはいけない。その場合には、君を拘束する事になるから、気をつけてくれ。」


 まずは、地位を明らかにして、軽く脅しを入れておく。


「はい。わたしは……ジョゼ…と言います。まずは、助けていただいて、本当にありがとうございます。」


 娘は立ち上がると、治療着のフワリとしたスカートを軽くつまみ、片膝を落として礼をする。


「それは気にしなくともいい。こちらも行き掛かり上、助けただけだからね。私の知人の娘にもジョゼが居るんだよ? で、ジョゼ。どうしてあんなところに居たんだい? 」


 怯えるように小さくなる娘に、知人の娘と名前が同じだと言って、気を解そうとしてみた。

 ちょっとお灸を据えるつもりが、拘束などの言葉は効きすぎたかもしれない。


「あの……。入ってはいけないとされている事は知ってたんです……。ただ……。」


「ただ……? 」


「わたしは、どうしても(ドラゴン)に会わなくてはならないんです。」


 その言葉を聞いて、俺もディータも驚きに目を見張った。


*


 彼女が言うには、母親が病気となり、その治療薬を作るのに、どうしても(ドラゴン)の鱗が必要なのだと言う。

 それも、ただのドラゴンではなくて、古代龍だとか神代龍のような、膨大な魔力を持つものでないと、効果が無いと言われたとの事だった。


 そして、弱って行く母親を見ておられず、良く当たると言う占い師に言われて王都からここまでやって来たのだと言う。

 母親の病気は、呪詛を身代わりになって受けたもので、薬を用意出来なければ、あと一ヶ月ほどしか保たないとの事だった。


*


「それで、あの黒い森(ダンジョン)に入ったと。」


「はい。その通りです。罰を与えられるなら、いかようにも。」


 泣きながら全てを話した娘…ジョゼは、両手を組んで跪く。

 きっと首でも跳ねられるに違いないと思っているようだ。


 気を利かせたのか、ディータが席を外し、扉を閉めて出ていく。


「ああ。別に何の罰則も無いよ。君は冒険者でも無いしね。」


「えっ……? 」


「確かに、冒険者ならば、一人(ソロ)で入れる階層や、パーティーでも等級(クラス)による制限がある。もちろん罰則もあるが、これは冒険者資格の停止だから、一般人の君を罰する事は出来ないよ? 」


「……そうなんですか? 」


 ジョゼの身体から、ホッとしたように力が抜ける。

 そもそも、そんな重罰になるような奴をわざわざ助けないだろう。


「ま、普通は黒い森(ダンジョン)に入って素材や魔石に脇目も振らず、ただ最奥を目指す人間なんて居ないからね。」


 一旦席を外していたディータが戻って来て、俺にメモを渡す。


 普通じゃないと言われて、少しだけ納得が行かなそうな表情になったジョゼに畳み掛ける。


「もし、その古代龍(エンシェントドラゴン)に会えるとしたら、君は何でもするか? 」


 悪魔のような笑みを浮かべる俺に、ジョゼは覚悟を決めたように、こくりと頷いた。


 これは降って沸いた天恵のようなものだ。使わない手はない。

 ただ、この世界の女神の姿を久しぶりに幻視して、思わず奥歯に力が入った。


「よし。身体に問題が無ければ、昼から試してみよう。」


 そうジョゼに言って、俺も準備に掛かった。


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