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3話 領地での暮らし

第一章は10話にて終了します。

読んでいただけたら、幸いです


 あくびを噛み殺しながら、執務室へと向かう。

 通勤0分てのは良いものだね。

 まるで会社に泊まっているみたいなものだし……あれ?


 何か気がついてはいけない事に気がついてしまいそうになったので、考えるのを止める。

 

「きのうはずいぶんおたのしみでしたね。ご主人さま。」


「違うわ! おはようディータ。」


 執務室の扉を開けて直ぐに、ディータの冷たい言葉と視線が、俺を射貫く。


「今をときめく美人冒険者と、防音魔法の効いた部屋で何時間も……。泣いている男の子も居たんですよ? おはようございます。ご主人さま。」


「……。」


「いざと言う時には、私が最期をちゃんと看取らせていただきますので、ご安心下さい。ご主人さま。」


 どうやら、俺が闇討ちされるのは確定しているらしい。


「そこは私が身代わりにとか言うところじゃないのか? 」


「私はベッドの上で一生を終える事にしておりますので……。ご一緒出来ず、残念です。」


 この副官は、自分を身代わりに俺を助けてくれるつもりは無いようだ。

 薄情ものめ!



「……。で、今日は何か予定は? 」


「今日も特には面会の予定等は入っておりません。ただ、王宮の方から不審な者を見掛けた場合には、直ぐに報告せよと書状が届いておりました。」


「特にはそのような者は見当たりません。と伝えておいてやれ。」


 王宮のこうした曖昧な指示には本当に参る。善きに計らえとかさ。

 おまけに間もなく第二王女の婚約が決まるから、祝いを寄越せとも言われたばかりだ。

 日本の結婚式とかでもそうだったけど、格に合わせた金額とか、本当に面倒くさいよな。


 そもそもこの領地は、ダンジョンの探索を生業にする冒険者だらけだ。不審な者を報告していたら、それだけで日が暮れてしまう。不審者ではない冒険者の方が、圧倒的に少ないだろう。


「かしこまりました。明日はご予定通りですか? ご主人さま。」


「そうだな。だから今日は、決裁の必要な案件を先乗りで片付けてしまおう。」


「忙しくなりそうですね。」


 ディータは、早速自分の机に広げてある資料へと目を落とし、黙々とペンを走らせ始めた。俺も合わせるように、手元に纏められた資料を熟読する。

 リスロット村から陳情された、嵐で流された橋の再建申請……と。

 

 次々と書面を読み、記載された数字を再計算し、可、不可を決めて行く。

 これで別の資料を探しに行ったりなどしていたら、いくつ身体があっても足りない。1銭貨の間違いも無い、ディータの纏めた決裁書には頭が下がる。


「お前が男だったらなぁ……。」


「はい? 何か言いましたか? 」


 思わず呟いた一言に、ディータが反応するが、俺は肩を竦めて答えるだけにした。

 集中していたようで、聞き取れていなかった事にホッとする。


 俺は、根本的に女性が苦手なのだ。

 まだ仕事だと思うから耐えられているが、プライベートは別だ。

 

 今はそんな時間(プライベート)も無いけどな……。


 気の合う仲間たちと、釣りや野営を楽しんだり、冒険に出てみるのも良いかもしれない。


 見合いの話はちょくちょく舞い込んで来るが、全て断らせてもらっている。だから、女たらしの道楽者と言う悪評も、むしろ好都合だ。

 

 ディータの悪ふざけも、命令をしてしまえば止めさせる事は可能だが、敢えて乗る事にしているのも、それが理由だったりする。


 手元の書類を眺めている時に、ふと、過去の事が思い出された。


*


 前世で、四人姉弟の末っ子として産まれた俺は、彼女たちの玩具として育った。


 今考えれば、子供らしいイタズラでしか無かったのだが、帰りの遅い父親以外は全て女性と言う環境で幼少期を過ごし、暴君としか言い様のない彼女たちに振り回された記憶は、一朝一夕で消えるものじゃない。


 多分、人それぞれだとは思うが、姉の居る奴なら解ってくれる奴も多いと思う。


 なんとか中学高校とやり過ごし、大学になって、念願の一人暮らしをした後、入った会社がマズかった。


 アパレルを中心に扱っているその会社は、何を思ったか、今まで女性しか居なかった部署に俺を放り込んだ。

 その部署は部長を中心としたピラミッドが既に出来上がっており、異物でしかない俺は散々な目に遇った。


 異物を排除しようとする仕組みは、どんな社会でも変わらない。そのターゲットが、たまたま俺だったと言うだけなのは解っている。


 ただ、俺の意識には、完全に女性が苦手だと刷り込まれた。

 いや……最後には恐怖でしかなかった。


 頼まれて断りきれなかった、山のような仕事を片付け、臭いと言われて三日ぶりに自宅に帰宅。そして風呂に入っている時に、どうやら俺は、そのまま死んでしまったらしい。


 そのあと、こっちの話を一切聞かない女神に、ハーレムも夢じゃ無いですよと送られたのが、この世界だった。


 ハーレムよりも、男同士の汗臭い友情とかが良いんだよ。俺は。


*


「あとは? 」


 机の上に重ねてあった、未決済の書類が片付いたのを確認し、俺はディータに他には無いかと尋ねる。


「とりあえず、ご主人さまの決裁が必要な分はそれまでです。」


 書類の束を纏め、案件ごとに木製のクリップで挟んで、決済済みの箱に放り込む。



 外を見れば、夕暮れの街角で魔導師が道路を照らす魔導灯を付けて回っていた。

 まだ春は遠いとでも言うように、外は寒々しい風が吹いている。


「あとは適当に切り上げて帰ってくれ。今日は寒くなりそうだから、暖かくして帰るようにね。」


 ちょうど書類の整理に来ていた若い女性の事務官に、労いのつもりで声を掛ける。今年、俺の悪評にもめげず、事務官になってくれた若者だ。大事にしなくては。


「そうですね。今日はまた寒くなりそうです。先にベッドを暖めておきますね。ご主人さま。」


 ディータの言葉を聞いて、その若い事務官は顔を真っ赤にして慌てて去って行く。ドアが閉まる音が、大きく執務室に響いた。


「あのですね。ディータさん。湯タンポをメイドにお願いする事を、なぜそう婉曲に表現するんですか? 」


「その方が面白いからです。ご主人さま。」


 こいつ、言うに事欠いて、面白いからと言いやがった。


「はいはい。それじゃお疲れさん。」


「そんな冷たい態度だとディータは悲しいです。」


「……わかった…わかったよ。君にはいつも世話になっている。君なしでは生きていけないよ。今日もありがとう。」


 そうディータの望む通り、両手を握って真剣な声色を作る。お気に召さないと、何度もやり直しを要求されるので、出来るだけ丁寧ににだ。

 こう言う場合の演技力は、幼少期に死ぬほど姉たちに鍛えられたので、俺にとっては余裕でこなす事が出来る。


 少女マンガのヒーローって、どうしてあんな台詞を真顔で言えるの?

 

 退勤時間に俺が居るときは必ずやらされるから、慣れてきたとも言う。


「あ……あのっ……失礼しますっ! 」


 いつの間にか、執務室の扉が開いていて、先ほどの事務官の娘が頭の先まで真っ赤に染まって、こちらを見ていた。また乱暴に扉が締まり、手をしっかりと握りあう俺たちが残された。


「私も貴方なしでは生きてはいけません。ご主人さま。」


「……そりゃ、おちんぎんを払ってるのは俺だからな……。」


「はい。それに、こんな楽しい殿方は、ご主人さま以外おりませんし。」


 目も覚めるような美女に、こんな事を言われて喜ばない男は居ないだろう。

 それが額面通りの意味ならな。


 鼻歌混じりで帰り支度をするディータの姿を見ながら、明日からは事務官たちにも冷たい視線を浴びるのかと、俺は、げんなりした思いを噛み締めていた。


 とっとと誰かにこんな仕事は譲って、のんびり田舎で暮らすんだ。


*


 なんとか鉛のように重たくなった身体を引きずって、俺はギルド直営の酒場までやって来た。


 遊びに来たんじゃない。仕事だ。


 この街の冒険者は、黒い森(ダンジョン)からもたらされる、豊富な素材によって、国の中でも羽振りが良い者が多い。

 ただし、そういう者が金を使う場所が無ければ、わが領地は潤わない。


 それだけに、冒険者が好む娯楽を出来るだけ提供出来るような制度が整えられている。

 酒に異性にギャンブルがそれだ。


 身を持ち崩す者も居るが、そういう奴は遅かれ早かれ命を落とすものだ。


 全ては損得勘定で評価するしかない。大切なのは、軸足をどこに置くかを間違えないことだけだ。


 また、金の匂いがすれば、それに寄って来る者も増える。

 アメリカのゴールドラッシュの時も、富豪になったのは砂金掘りをしていた者相手に商売をしていた者なのだから。


*


「ようこそおいで下さいました。領主さま。本日もご機嫌麗しく。」


 冒険者組合(ギルド)直営の酒場に入ると、直ぐに一段高くなっている支配人室へと通された。

 部屋に入ると、ホールに置かれた魔鏡に映る客の姿が、壁一面に投射されている。


「世辞はいい。ちょっと聞きたい事がある。」


「なんでしょうか? 」


「最近、流れて来た冒険者で、腕の立つ奴を知らないか? 出来たら三階層まで自力で行けるような奴だ。」


「……。心当たりがありませんね……。」


 やれやれと思いながら、支配人に銀貨を一枚握らせる。


「……強いて言えば、あそこに居る連中くらいですかね。なんでも、初めての探索で、三階層まで行ったとか何とか。」


 そこに居たのは、二十台半ばほどの屈強な身体つきの冒険者のパーティーだった。男三人に女二人の構成だったが、一目でダメだと頭を振る。


 テーブルの上には乱雑に食べ物が散らかり、喋りながら話すものだから、辺りに食べかすが飛び散る。

 酔っぱらいながら話す内容は、ちょっと聞く事も憚られるような下卑たものだ。


 ただ、ちょっと癖があるな……。


 イタズラ程度なら見逃そうと思い、彼らを意識から除外する。


 俺はその辺りはあまり気にしないが、アーデルハイド(ドラゴン)は違う。はるか昔、あの草原に命からがら迷い混んだ冒険者のように、物理的な雷が落ちて、黒焦げになるのがオチだ。


「ありがとう。また来るよ。」


 その後も、何軒か店を周り、心当たりが無いかと訪ねるが、誰もが首を横に振るばかりだった。


*


 俺は、足が棒になった身体を引きずって、領主館へと戻る。

 メイドに言い付けて、タライに張ったお湯で湯浴みをし、湯タンポで暖められたベッドへと入る。


 完全に当てが無い訳では無いが、領地内で手軽に見つけると言う目論見は外れた。


 このままだと、王都に行って借りを作ると大変な事になる奴に頭を下げなくてはならなくなる。



「あぁー! もう! 」


 思わず不満が漏れ出す。


 明日はまた草原に顔を出さねばならない。

 俺は体力を回復するべく、暖かい布団を引き寄せて、とっとと眠る事にした。


*


 俺は、せっかく暖かい布団で回復した気分を、ずっしりと重たくしたまま、領都クロトワに向かっての帰り道を歩いていた。

 五階層を抜け、既に四階層に入った事もあり、森の木々の間を駆け抜ける必要も無い。

 なぜか、今日は魔物の数が妙に少ない気がする。


 俺の気分を重くしているのは、腰に着けたアイテムボックスの中に入っている手紙だ。

 若い娘が使うような封筒には、招待状と几帳面な字で書かれている。


 日本人なら、某ガキ大将のリサイタルチケットだと言えば解りやすいだろう。


*


 今日は、人族たちが何をしているのかの話を、アーデルハイド(ドラゴン)に聞かせる日だった。

 

 この一週間の間に、人間世界ではこんな事がありましたと話す俺たちに、アーデルハイド(ドラゴン)が興味深げな視線を向ける。


 それで、俺たちもお互いに国の情報交換をしあい、自分の王へと伝えるのだ。


 そして、俺たちの話が終わり、お茶を楽しんでいた時、アーデルハイド(ドラゴン)が切り出してきた。


「それでじゃ。そろそろ必要かと思って、招待状と言うものを準備した。」


 そう言って、黒い髪を風に靡かせながら、アーデルハイド(ドラゴン)は胸を張る。その手紙は、紙ではなくて、魔力を編み込んだものだった。


「おいおい……。魔力量が少ない奴が手に取ったら、卒倒するレベルだな、こりゃ。」


「いや、これだけ凄いと、普通の術者でも気を失いますよ? 」


「どうじゃ? 凄いじゃろう。」


 手紙から溢れているとは思えない魔力量に、あっけに取られている俺たちを尻目に、アーデルハイド(ドラゴン)は、さらにふんぞり返る。


「宛名は……? 」


「お前らが知らせんから、魔術的な仕掛けを施しておいてやった。その者の手に渡れば、あとからわらわの筆跡で名前が浮き出るようになっておる。」


 いったい、どんな複雑な魔法陣を作れば、そんな事が出来るのか解らない。逆に、その仕組みのせいで余計に魔力が必要になったんじゃないだろうか。


「"おちゃかい"は来週に行うからの。あとは頼んだぞ? 」


 宣言するように言うと、アーデルハイド(ドラゴン)はまた石造りの自宅へと戻り、後に続いたゴーレムのメイドがペコリと頭を下げた。

 術者が魔術で操ってるんだよね? あれ。


 今週末は、月に一度の安息日に重なるため、我々三名との茶会は無しだ。だから、次にここに来る時までの一週間で、全ての準備を整えなくてはならない。


「それじゃ、今日はこの辺で帰ります。」


「俺もだ。ちょっと用事を思い出してな。」


 エルフのオーディンも獣人のリカルドも、慌てて帰り支度を始める。

 さては、まだ切り出していなかったんだな?

 少しは、焦る俺の気持ちを味わえ。


 ただ、俺の方はと言うと、残された時間では、取りうる手段が、1つしか残っていない。

 まだ時間に余裕があるだろうと、たかをくくっていたのがマズかった。


 バカバカ!俺のバカ!


 とりあえず、明日は王都まで早馬で走って、奴に面会を頼み、明後日にはこちらに戻って来なくてはならない。

 それでもギリギリだ。


 年貢の納め時だとか、もはやこれまでとか、観念すべき時だとか……。

 そんな言葉が頭の中を駆け巡る。

 

 いや待て、俺は自害するつもりなんて、これっぽっちも無い。


 ただ、このまま行けば、今の自由気ままな生活は諦めなくてはならない事になる。それは、俺にとって死ぬ事とあまり変わらない。


*


 それから今まで、家路につきながら、無い頭を振り絞って考えてはみたものの、他の解決方法は、全く思い付かない。

 だからこそ、トボトボと四階層を歩いていた。


「た……たすけて……。」


 か細い声が聞こえた。

 何事かと思って見に行くと、草むらの中に女が一人倒れていた。

 四階層で怪我をして動けなくなれば、まず助からない。


「おい。こんなところで何をしてる!? 仲間は!? 」


 血だらけの彼女を急いで抱き起こし、ポーションを飲ませる。身体を見れば、腹が破れていて、非常に危険な状態だった。


「仲間は……いません。」


「はぁ!? こんなところまで一人で来たってのか!? 」


 その女は、痛みに顔をしかめながら、こくりと頷いた。


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