表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

アンラッキースケベ

作者: 鷹村紅士

主人公補正がないラッキースケベの場合、こうなると思う。

「ヨハン・ロックス。貴様には婦女暴行の容疑がかけられている。大人しくしろ」


 ヨハン・ロックスはギルドに帰還した瞬間、騎士団に囲まれてそう告げられた。

 革鎧姿の軽装剣士であるヨハンは任務を終えたばかりでボロボロだ。

 鎧も服も、肌でさえ土と煤、さらには血で汚れ、傷だらけで包帯だらけだ。

 剣は鞘に収まっているが折れて使い物にならない。

 そんな彼の後ろには外套を羽織って俯いているうら若き乙女たちが五人。

 彼女らは外套で隠しているが、誰も彼もが装備を装着している様子はなく、外套の合わせからわずかに覗く素肌から、半裸だと推測できる。


「……そう、か」


 傷が痛むのか、荒く呼吸しながらヨハンは騎士たちの蔑むような視線の槍衾を受け、観念したかのように床へと崩れ落ちた。


 *****


 世に蔓延る人類の敵たる魔獣から人々を守る討伐者。

 彼らはギルドと呼ばれる事務所を設立し、組織だった行動をとって討伐を遂行する。

 そんなギルドの内の一つ、【バランケの盾】の中でも若手有望の星と呼ばれていたのがヨハン・ロックスだ。

 二十二という年齢ながらも先輩討伐者たちの教えを受け、ただそこで満足するのではなく自分に適した形にアレンジし、戦闘能力もさることながら生存能力を上げ、これからも修練を続ければ、やがては本当の意味で万能型の討伐者になれるだろうと大いに期待された。


 そんな彼に、ある日ギルドの上層部からとある任務が課せられた。

 新人の教育だ。

 しかもまだ若い女の子たちだ。

 ひと昔前までは討伐者というのは男社会で、まだその風潮は強いのだが、時代の変化か女性の社会進出の波が討伐者業界にも押し寄せた。

 魔獣の脅威によって男の数が減り、生活にかなりの障害が出始めていて、人手が足りないという実情があり、なおかつ魔法による身体強化の簡易化が発表されたこともある。

 今では様々な分野で女性も活躍するのが当たり前になっている昨今、新人討伐者が女性であるというのも珍しくない。

 けれど、討伐者というのは凶悪な魔獣との生存競争の最前線に生きる者であり、常に命の危険にさらされる過酷な職業だ。

 しかし一つの任務をこなせれば一般人からすれば目の飛び出すような大金が手に入るせいか、一攫千金を狙うためになろうとする者が後を絶たない。


 まだ若手のヨハンに新人教育を任せるのは、早い段階でリーダーシップのノウハウを学ばせることで、彼のさらなる成長を促そうという、期待の表れである。

 最初は渋ったヨハンだが、ここまで期待してくれているギルド上層部の説得に折れ、その任務を請け負った。


 新人教育の最初は座学で、彼に割り当てられた五人の新人は熱心に取り組んでいたので、この熱心さなら大丈夫だろう、そして教えるヨハンにとってもいい経験になるだろうと、ギルド上層部は満足していた。


 しかし、実地での教育が始まってから暗雲が立ち込めた。

 街からほど近い、比較的安全な森林地帯で実際の動きを見る、という子供のお使い程度のものだった。

 けれど帰還した彼らは悲惨な恰好をしていた。

 誰もが暗い表情をしており、ヨハンは無傷だが新人五人は装備が著しく破損しており、外套で身を隠していた。

 すぐさま上層部へと伝わったその光景に、ヨハンは上層部のお偉方へ経緯を説明した。

 のだが、彼らは信じられなかった。

 ヨハンが語ったのは、彼女らが好き勝手動いた挙句に自爆したという内容だ。

 上層部からすれば、あれだけ熱心に座学を受講し、初心者であれなんら被害を受けることがないような簡単なもので、ボロボロになるはずがない。

 彼女らの格好はまるで何かと争ったようにも見えるが、向かった先には凶悪な魔獣はいない。

 ならば、彼女らを襲ったのは──?

 嫌な想像をしたが、ヨハンの生真面目さは誰しも知っており、彼が不埒なことをするはずがない。

 上層部は一旦ヨハンの言い分を受け入れて彼を開放し、新人たちから事情を聞いていた女性職員からの報告を受けた。

 上層部は頭を抱えた。

 ヨハンの報告では新人たちが好き勝手動いたと言っていたのだが、彼女たちは特に不審な行動などしていなかった。


 曰く、薬草をたくさん摘んでいたら転んでしまった。

 曰く、木の実を取ろうとしたら落ちた。

 曰く、水を汲もうとしたら川に落ちた。

 曰く、岩場に腰掛けようとしたら動いてしまって倒れた。

 曰く、坂道で転げ落ちてしまった。


 それだけで装備が破損するか?

 そう皆思った。

 討伐者の装備というのはかなり強靭に造られている。初心者用だからと言って手を抜いている訳ではない。

 しかし、当事者たちがそう言っているし、ヨハンへの信用は高いこと、さらにはまだ始まったばかりだし、若いのだからと様々な理由をつけてその場は穏便に終わった。


 だが、問題が解決したわけではなかった。


 引き続きヨハンをリーダーとして新人たちを二回目の実地教育へと送り出した。

 が、帰還したら新人たちはまたもズタボロの状態で、さらにはヨハンも薄汚れていた。

 事情を聞けば、向かった場所で魔獣と遭遇し、戦闘になったというではないか。

 しかし相手は一匹で、ヨハンならば即殺できるような雑魚で、初心者であろうが的確な指示があれば五人がかりでも余裕を持って殺せる相手だ。

 五人の新人たちはギルド加入前に訓練施設で基本的な戦闘訓練は受けており、教官からも合格印を貰っていた。

 だから問題はないはずだった。

 上層部は腑に落ちない。

 ヨハンがいて、そこまで被害を受けるなどあり得ないのではないか?

 そう思って詳細な報告書を提出してもらったのだが、全員が戦闘で魔獣の攻撃を受けてしまったと共通見解であった。

 上層部は唸りながらも、それを受け入れた。


 しかし、帰還時にうら若き乙女がボロボロの状態で、若い男が引き連れているという状況を街の住人が多数目撃しており、ギルドへクレームが入った。


 あの若い男は女の子たちに乱暴しているのではないか? と。


 さすがに悪評が広がるのは見過ごせないので、ギルドは新人教育の一環でうんたらかんたらと穏便に済ませたが、さすがに何度もあっては困るとヨハンを再び呼び出し、強い口調で問いただした。

 本当は何があったのかと。


 ヨハンは告げた。


「あの娘たちは、指示に従って動き出しはするのですが、何故か転んだり、明後日の方向に武器を振るったりして大きな隙を自ら作り出し、はぐれゴブリンの攻撃を食らったのです。そしてなぜか、装備が壊れるのです。その後、ゴブリンに組み付かれて暴れると服が破れ始めて……仲間を助けようとすればゴブリンにとびかかられて避けられず、暴れるうちに装備が剥がされてあられもない姿に……」


「それを、君は黙ってみていたのかね?」


「たった……たった数秒の出来事だったんです! 俺だって信じられない! たった一匹のゴブリン相手に、まるで奇術のように、五人の身ぐるみが剥がされていくなんて、初めての光景で」


「んな馬鹿な話があるか! じゃあお前、最初の実地研修はどうなんだ? 魔獣との遭遇はなかったのだろう?」


「あの時は……茂みに入っただけで服のあちこちが破けたり、装備の留め金が壊れたり、木に登ったと思えば滑って服や装備が枝に引っ掛けたまま落ちてしまったり、水を汲もうとしたら川に落ちて、乾かそうと吊ったら転んで自分から服を破いたり、岩に服を擦って破けたり、坂道でいきなり転んだら装備が外れて服が破けて……ともかく、彼女たちはどうしてか勝手にボロボロの状態になっていくんです」


「……そんな戯言を信じろと?」


「俺だって信じられないんです! こんな事、言っても信じられないのは分かっていましたし、まだ子供とは言え女性のそんなことを報告しては彼女たちが傷ついてしまうと思って報告を怠ったのは申し訳ありませんし、罰があるならば素直に受けます」


 上層部は唸る。

 勝手にボロボロになるなど、彼らの経験上あり得ない。

 確かにドジな人間はいる。装備も不具合があるだろう。

 だが、それを鑑みても五人全員がそれらを全部、さらに同時に見舞われるだろか?

 しかしヨハンの人間性は熟知している上層部は、彼が不埒な行いをしているなどとは疑っていない。


「……ならば、次だ。ヨハン、我々は君に期待しているし、信用している。だから、次の実地研修、そうだな、三度目の正直という訳ではないが次の任務で彼女たちを無傷で帰還させたまえ。この際、彼女たちは見学だけさせるだけでいい」


「ギルドには君が彼女たちに乱暴しているのでは? とも苦情が入っている。それを払拭して見せろ」


 若者に活を入れた。

 これで真面目なヨハンは一念発起。

 一皮むけて任務をこなし、彼もギルドも新たなステージへ入るだろう。

 ギルド上層部はそう信じて疑わなかった。

 三度目の任務から、ヨハンたちが帰還するまでは。



 帰還した一行はこれまで以上に悲惨な状態だった。

 新人たちは外套を羽織っていた。

 薄汚れ、憔悴している上に擦り傷が多く、外套の下に装備を着こんでいるような膨らみはなく、逆に外套の合わせからは素肌が見えていた。

 それだけでも大事であろうが、ヨハンの姿がより悲惨であった。

 全身が傷だらけで包帯だらけ、さらには血が滲んでいる。泥が乾いてこびり付き、所々焦げ付いていたり煤けていたりしていた。

 足も負傷しているのか片足を引きずっていて、左腕は力なく垂れ下がっていた。


 ギルドは騒然として、慌てて駆け寄ろうとしたがそれよりも早く扉が蹴破られ、完全武装の騎士たちがギルドへと突入してきた。

 ヨハンが五人のうら若き乙女たちと外に出ていき、帰ってきた時にはボロボロになっていた光景は街の門を守る衛兵たちがしっかりと目撃していた。

 それを上司に報告した結果、治安を守る騎士団へ伝達され、ギルドへとどういうことか問い合わせがあったが、ギルド側は任務上、討伐者が傷を負うのは想定された事だと返答していた。

 確かに騎士団も魔獣と戦えば装備が破損したり、負傷したりするのは分かっていたが、若手の有望株がついていてそうなるのか? と疑問に思っていた。

 そこで騎士団は独自にヨハンの事を調べた。

 元は孤児で、スラムでかなり荒んだ生活を送りっていた彼は討伐者の財布を盗んだことを契機にギルドで奉公という名の贖罪をすることになる。

 そこからヨハンは色々な意味で可愛がられつつ、討伐者としてのノウハウを身に着けつつ、有望株と言われるくらい立派に育った。

 ここまでならば不遇な生まれからの立身出世物語と言えなくもないが、騎士団は疑いを持つ。

 荒んだ幼少時代、さらには討伐者というのは良くも悪くも豪快で、性に奔放な者が多い。


 いくら真面目と言われているヨハンも、討伐者の中では、という注釈がつくのでは?

 人は魔がさすもので、自分たち以外の人間がいない所で、有望とされる実力で無理矢理事に及んだとしたら?

 新人たちはもしかしたら、ヨハンに脅迫をされているのでは?


 騎士団と討伐者ギルドはライバル関係で、中には一方的に敵視している者も多い。

 そんな関係が長く続いているせいか、騎士団側は最初からヨハンを悪し様に見ていた。

 いくらギルドが誤魔化しても、我らの目は誤魔化せんぞ!

 そうして運命の三回目の任務。

 衛兵からヨハンたちが出発したのを知らされた騎士団はこれ以上うら若き乙女が下種の餌食にされることを防ぐため、現行犯逮捕を目指すべく完全武装で待機。

 そして帰還したヨハンら一行の状態を見た衛兵はすぐさま騎士団へ通報。

 その結果、ヨハンはギルドのエントランスで捕縛された。


 *****


 その後、事情聴取のために新人たち五人も騎士団に保護されたが、誰もがヨハンには暴行されておらず、いずれも任務を遂行していたら装備が壊れてしまったと供述。

 三回目に至ってはどこからか迷い込んできたランペイジコングに捕まった時に装備を剥がされたと、細かな主観の違いはあれどおおむね主張は一致した。

 しかしランペイジコングは大木をへし折る程の腕力を誇るパワータイプの魔獣で、はっきり言えば人間の装備をはぎ取る器用さは持ち合わせておらず、またそのような行動は報告されていない。


 騎士団は、彼女たちはヨハンにそう言えと脅されているのだろうと判断した。

 五人はそのまま保護という名目で騎士団の詰め所に留め置かれ、ヨハンには拷問まがいの苛烈な取り調べが行われた。

 一日中、休む暇もなく与えられる暴力。

 ただでさえ三回目の任務でランペイジコング(熟練討伐者複数で倒すレベル)との戦闘で重傷を負っていたヨハン。

 戦闘での痛みに耐えられはするが、拷問に耐える訓練はしていないし、最初から何かを諦めている風情のヨハンは虚空を見ながら暴行したと自白。

 その後、速やかにヨハンは犯罪者として裁かれ、鉱山での労働刑に処された。

 これに慌てたのはギルドだ。

 しかし騎士団は犯人の自白がある事を理由にギルドの抗議を無視。

 その上ギルドの運営にまで口を出し、あわよくば騎士団の下にギルドを持ってこようとした。


 すぐさま険悪になり、このままでは討伐者ギルドと騎士団との間で武力衝突が起きてしまうのではないかと危惧した領主が仲裁に入り、数度の話し合いを経て五人の新人たちが勝手にボロボロになるというのなら、まずはそれを検証してみては? という流れになり、領主の代理人、騎士団の上層部と精鋭、ギルド上層部と熟練討伐者の豪華メンバーで新人たちと森林地帯へと向かった。

 無言の領主の代理人。

 討伐者たちを自分たちの下に持っていけるのでニヤニヤが止まらない騎士団。

 歯ぎしりしながら拳を握り、殺意を隠そうともしない討伐者。

 ギスギスとした雰囲気に委縮し、縮こまる新人たち。


 なんとか目的地にたどり着いた一行はすぐさま検証に入った。


 そこで、目を見開き、顎が外れるくらい口をおっぴろげた。


 ちょっと茂みをかき分けただけで、あられもない姿になった。


 何もない所でいきなり転んだだけで衣服がボロボロになった。


 川原に行けば吸い込まれるように落ちて、目のやり場に困る姿になった。


 助けようと手を差し出せば何故か足を踏まれ、態勢を崩した所を体当たりで倒され、装備同士が引っかかってしまっているのにパニックで暴れて、一方的に装備を破損してあられもない姿を晒してしまった。


 別の人間が助けようとすれば何故かさらに暴れて的確な打撃を受けて倒され、その上に乗っかって、恥ずかしさのあまり強烈な打撃を放って助けようとした人間を気絶させた。


 大声を出したせいで魔獣をおびき寄せた。


 初心者でも殺せる雑魚魔獣に制止の声を振り切って飛び掛かり、避けられた上に反撃を食らい、逆に組み付かれた。


 落ち着けばすぐにでも剥がせるにも拘わらず、暴れて自ら装備を外した。


 助けようとして仲間を攻撃し、棒立ちになった背後からまた組み付かれ、結局あられもない姿になった。



 代理人、騎士団、ギルド。

 三者は前後不覚に陥った。

 自分たちはなにを見せられているのか、理解できなかった。

 だってそうだろう。

 うら若き乙女たちが、勝手にあられもない姿になっていくのだ。

 まるで何かに導かれるように。

 まるで予定調和のように。

 流れるように淀みなく。


 新人たちの助けを求める声で正気に戻った精鋭や熟練たちが動いて魔獣を屠り、新人たちに巻き込まれて乙女たちの体を顔面に押し付けられ、悲鳴と共に殴られ、魔獣がさらにその声に引き寄せられた。


「なんだ……なんなんだこれは!?」


 嫌な汗を噴き出しながら、全員が叫んだ。



 なんとか街に帰還した一行は、全員が薄汚れていた。

 どうしてか新人たちの行動に巻き込まれ、強制的に土をつけられたのだ。

 そして新人の五名は外套に身を包み、俯いていた。

 この光景に全員が気まずい思いをしていた。

 ヨハンと同じような状況だと、全員が理解していた。


 ヨハンの言い分をあり得ないと断言したギルド上層部は頭を抱えた。

 結果的に有望株を切り捨てたのだから。


 騎士団側はさらに酷く、完全に死刑囚の顔色をしていた。

 思い込みと私怨で無実の人間を拷問して自白を強要し、意気揚々と未来ある若者を鉱山送りにしたのだ。

 しかも領主の代理人にもそれが知られてしまい誤魔化すこともできない。


 領主の代理人の胃も崩壊寸前だ。

 ギルドと騎士団の確執をなんとかしようとした結果、とんでもない事実を突き付けられたのだ。

 これを上司たる領主に報告しない訳にもいかず、さりとて報告した結果どのような叱責を受け、さらには解決するにはどのようにすればいいのか。

 吐きそう。


 *****


 鉱山で労働に勤しむヨハンは溌溂としていた。

 何故ならここには流れるように半裸になり、勝手に混乱して人を攻撃してくる人間がいない。大声を出して魔獣をおびき寄せる人間もいない。何度言っても学習せず、自らセクハラをしかけてくる人間がいない。

 最初こそ自分の身に降りかかった理不尽に嘆き苦しんだものだ。

 色々な意味で好き勝手に動く新人たちに驚きつつも先輩だからとフォローをしたら、ストリップが始まって勝手に体を押し付けられ、変態と罵られ殴られ蹴られ、何とか宥めて帰れば婦女暴行犯に見られ。

 訴えは無視され、成果のみ求められ、それでもと我慢して動けばより酷くなった新人たちの失態と痴態に真面目なヨハンはあらゆる意味で悲鳴を上げ、より一層犯罪者扱いされた。

 三度目の正直と送り出された三回目ではもう目も当てられない事態に陥った。

 きつく言い含めたにも拘わらず好き勝手動いて、より一層の痴態と失態を繰り広げた上で凶悪な魔獣を呼び寄せて非武装なのに立ち向かってさらなる痴態を繰り広げた。


「何故そうなる!」


 血反吐を吐きながらも救出と討伐をなんとか終えた頃には瀕死の重傷を負っていた。

 出来れば手を貸してほしかったが新人たちは役に立たなかったので意識を無理矢理保つために応急処置のみに留めて痛む体に鞭を打って帰還。

 その間にも自分たちの無力さや恥ずかしさに泣き出す新人たちを宥めすかしながら馬車を操り、衛兵に心配よりも先に絡まれ、ヨハン自身が限界だったために強引に突破すれば、衛兵たちが大騒ぎして結局は騎士団を動かされて大事となった。

 その後は薄れ行く意識の中、騎士団の詰め所に連行され、拷問を受けて、


(なんでこんな事になってるんだ? あぁ、もういいや。楽になろう)


 色々と限界に達していたヨハンはよく聞き取れない詰問に自分が悪いと言い続け、ようやく手当を受けることができた。

 それでも熱に浮かされた頭のまま形ばかりの裁判を経て、ようやく正気に戻った時には鉱山にある診療所のベッドの上だった。

 冷静になり、こうなった経緯に絶望し、けれど強制される労働に勤しみ、結構居心地がいいことに気付いた。

 討伐者として鍛えていたこともあり、体力的には問題はなく、共に働く労働者たちもそのほとんどは食うに困って犯罪に手を染めて騎士団によってここに連れてこられた者ばかりだ。

 皆気のいい者ばかりで、男ばかりで憚ることなくそういった話題で盛り上がり、日々の仕事が終われば併設された食堂で飲み食いできるし、細やかな日当も出る。

 真っ当に刑期を終えれば再就職の斡旋もあるとのことで、ヨハンは生来の生真面目さを発揮して労働に勤しんだ。

 途中、管理者から居心地はどうだ? やっていけるか? などとと質問されたが笑顔で良好です! これからも頑張ります! と答えたら渋い顔をされた。


 そのままヨハンは鉱山で労働に勤しみ、十年の刑期を終えて解放された。

 すると久しぶりにギルドの上層部が勢ぞろいでヨハンの前に現れた。

 誰も彼もが正装に身を包み、ヨハンへと一斉に跪いて謝罪をし始めた。


 ヨハンの証言は正当なものであり、彼は無実である事。


 あれから新人たちには幾人かの監視をつけてみたが、全員が酷いことになった事。


 討伐者としては使い物にならないので別の道を提示したが、彼女らは討伐者の道を進むと固持して別のギルドへと移ったこと。


 その先のギルドでも同じような事があり、今ではどこにいるのかも不明な事。


 騎士団が拷問での自白強要を当たり前のように行っていたことが発覚して、大幅な改変が行われた事。


 その間、ギルドが街の治安維持まで請け負う羽目になったこと。


 しかしヨハンを結果的に切り捨てたことで所属していたメンバーから不信の目を向けられてしまい、うまく運営が出来なかった事。


 あれから様々な手段を試したが罪人として正式に認められてしまったら途中で解放するには本人の異議申し立てが必要だったが、ヨハンが異議申し立てすることもなかったので手の出しようがなかった事。


 他にも様々な事情説明という名の言い訳が続き、いい意味で擦れたヨハンは欠伸を噛み殺しながらギルド上層部の面々に、


「で、結局、何が言いたいんですか?」


 そう聞いた。


「我がギルドに戻ってきてほしい」

「君の今後の生活は保障する」

「再び討伐者として活動するならリハビリにも協力しよう」

「それ以外にも事務方でもいいし、何ならまた新人の教育係に──!」


 ヘラヘラと媚びるように笑いながら、ギルド上層部の面々は自分たちにとって都合のいい事ばかりを宣い続ける。

 ヨハンは無表情のまま、


「いや、討伐者は引退します。紹介状を書いてもらったので、そちらに行きます。では」


 それだけ言い捨てて踵を返した。

 鉱山労働の刑を優良な態度で全うした者には、次の職場を斡旋してくれるという特典がついていた。

 そこで刑期を終える少し前からいくつかの職を紹介され、そこの責任者とも面会する機会を貰い、諸手を挙げて歓迎されていた。

 向かう先には次の職場へ送ってくれる馬車が停まっている。

 ギルドの上層部の面々は慌ててヨハンを引き留めようとするが、一切合切を無視して馬車へと乗り込む。

 中には面会し、ヨハンを歓迎してくれた責任者の姿が。


「すみません。わざわざ来ていただいて。感謝いたします」

「なぁに。お前さんみたいな荒事もできて礼儀も弁えている奴なんざそうそういねぇからな。期待してるぜ」

「はい。これからよろしくお願いします」


 騒音を無視して走り出す馬車。


「一人前の大工になるために、俺、頑張ります」

この世界の大工は建築から造園、道を作るなどの全てをこなす、ビルドエキスパートの総称です。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 主人公補正が無いお陰で一切フラグが立たなかった男が、建築士として再出発する物語w
[一言] てっきり新人の女性が複数人(それぞれの話で違う)と思ったが全員同じなのか そしてそれを別のところでもやったのか こりゃもう疫病神とか信頼度下げるスパイ扱いされても文句言えない
[一言] 二回目か三回目でもう一人か二人くらい監督つけてもらえばこうはならなかっただろうに……
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ