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あやかしBarへようこそ  作者: 渡辺 翔香(旧:渡井彩加)
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ep.9 店の名前

「そういえばこの店の名前って、なんて言うんだ?」


 それは、優太(ゆうた)がバーで働きはじめてから、二週間ほど経ったときのことだった。

 優太がここで働き始めたあの日からすっかり常連になってしまった酒呑童子(しゅてんどうじ)(てん)が、不意に言った言葉から始まった。


「えぇと……」


 優太はちらりとここのバーテンダー兼オーナーである九条(くじょう)を見やった。

 何を隠そう、優太もこの店の名前を知らなかった。

 働きはじめて二週間経つのに、だ。


 看板も出ていない店だから仕方ないと言えば仕方ないのかも知れないけれど、自分が働いている店の名前くらいは知っておきたい。

 優太は九条の返答を待った。


 しかし。


「名前? ないよ?」

「「は?」」


 九条のまさかの回答に、優太と天は同時に声を上げた。


「ここは、ただのバー。名前なんてないよ。ていうか、いる?」

「いやいやいやいや、名前がないのはどうかと!」


 優太の抗議に、九条は「えー?」と首を傾げた。

 

 このBarで働きはじめて二週間で分かったこと、その壱。

 九条は超適当な性格だ。


 ──それにしたって、店舗名がないのはいくらなんでも適当すぎる……。


 店舗名がないのはおかしいし、それより何だか寂しい。


「じゃあさー、ユタくんが考えてよ」


 九条が名案とばかりに手をポンと叩きながら言った。


「え? お、俺がですか?」

「そう。僕はそもそも、店舗名を考えるっていう頭すらなかったし。ユタ君ならいい名前を付けてくれそうだからさ」

「えぇ……そこはオーナーが付けませんか?」

「いいじゃないの。ねぇ、天くん」

「……まぁ、九尾狐(きゅうびこん)が考えた名前より、ユタが考えた名前の方がいいな」

「えぇぇ……」

「ということで、よろしくね」


 何故か、優太が名前を決める事になってしまった。


 ──何故だ……。


 優太は項垂れた。

 サラリーマン時代も、企画自体は通っても企画名がことごとく通らなかったくらいネーミングがない優太にとって、店舗名を考えるのはハードルが高すぎる。


 ──そもそも、店舗名を聞き出したの、天さんなのに、何で俺?


 そう思い、「天さんに決めてもらえばいいじゃないですか」と言おうと口を開きかけたが、それは「おいーっす!」というロウの声に阻まれてしまった。


 毎日来る常連さんだから来るとは思っていたけれど、タイミングが悪すぎだ。


「おう、ユタ。元気か?」


 しかし、来る度にこうして真っ先に優太に声を掛けてくれるロウに文句を言う気にはなれなかった。


「はい」

「よし。おい、九条。ビールと何かつまみくれ!」

「りょーかい」 ロウはそう言うと、いつもの一番奥の席に向かいながら、一番手前の席に座っている天に向かって「おぅ」と挨拶をした。

 それに対して、天はロウをちらりとは見たけれど、何も言わなかった。


 毎日そんな風なので、初めのうちはロウの事が嫌いなのかと心配になったが、これが天なりの自己防衛方法なのだろうと九条が言っていた。


「酒を飲まされ、身の上話をしたあとに裏切られて首をはねられたことがある天くんからすれば、お酒も、話しすぎも敵なんだよ。それでもお酒を飲むところは、酒呑童子所以だろうね。

ユタくんときちんと言葉を交わすのは、ユタくんのことを心から信頼してる証だよ」


 一週間くらい前、閉店後の薄暗い店内で九条がそう言いながらどこか寂しそうに眉を下げたのを、優太は覚えている。


 ──天さんがいつか、俺以外にも心を開いてくれればいいな……。


 ロウもそう思っているのか、毎日無視をされようても気を悪くすることもなく、毎日天に挨拶をしている。


 九条も懲りることなく天に話しかけ続け、その甲斐あってか先程のように、九条が言うことには少しずつではあるが、反応するようになってきている。

 ロウの事も初めのうちは見もしなかったのだから、それに比べれば凄い進展だ。


 それに九条とロウが少し嬉しそうな顔をしている事に優太は気付いているが、決して口にはしなかった。


「ユタは仕事にはだいぶ慣れたか?」

「はい、お陰さまで」

「そうか。……九条には苛められてないか?」

「ロウ、それ毎日ユタくんに聞いてるけど、僕、ユタくんを苛めたりしないからね?」

「わかんねぇだろうが」

「あ、苛められてるわけではないんですけど……」


 優太はいい機会だと思い、優太が抱えることになってしまった問題──店の名前の件を話した。


「……ということなんですが、俺にはネーミングセンスがないから考えられないんです」


 しかし、それはロウと九条の笑いの元にしかならなかった。


「あっははははっ! それは災難だな、ユタ!」

「企画の名前も通らないほどのネーミングセンスの持ち主とは……これは逆に楽しみだねぇ」

「ちょ、楽しまないで下さいよ、二人とも!!」


 優太としては切実なのに、笑うとか酷い。

 助けを求めて優太が天を見ると、あろうことか天までカウンターに突っ伏して笑っていた。

 優太の味方は、その空間にはいなかった。


 ──……苛めだ……!





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