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あやかしBarへようこそ  作者: 渡辺 翔香(旧:渡井彩加)
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ep.7 酒天童子②

「もう日本酒なくなっちゃったから、次は焼酎になるけど……」

「酒なら何でもいい!」


 優太は、そんな風に喚き散らす酒呑童子が気になって仕方がなかった。


 ──気のせいかもしれないけど、さっきの止まった感じ。もしかして、酒呑童子には何かあるんじゃ……?


「酒ぇぇ!!」

「ハイスピードだなぁ」

「いいから、酒!!!」


 優太は酒呑童子の側に歩み寄ると、「あの……」と言った。


「んだぁ? 只人が!!」

「あまり、飲まれると身体に良くないですよ」


 優太がそう言うと、酒呑童子は耳をピクッと動かした。


「あぁ? 只人の癖に俺様に指図してくんのか? おん?」

「いえ、そういうわけでは……」

「只人の言うことなんざ信じられねぇ! 黙ってろ!」


 酒呑童子がバンッ! とカウンターを叩く。しかしそれでも優太は引き下がらなかった。

 

「……酒呑童子……様、は何か人間に恨みでもあるんですか?」

「あ? 何言ってんだ、てめぇ?」

「先程、俺に対して信じられないと言いました。なので、信じられなくなる何かがあるのではないかと思いまして……」


 酒呑童子の動きが、完全に止まった。その代わりに、物凄い目付きで優太を睨み付けてきた。

 正直に言えば怖かった。だけど、優太は目を逸らさなかった。


「てめぇには、関係ねぇだろ」

「しかし、俺は只人です。人に対する恨みがあるのなら、俺が聞きます」


 空気が張りつめる。


 九条は冷戦状態の二人を止めることもなく、静かに見守っていた。


「……裏切り者なんだよ、人間ってのはぁ」


 やがて、酒呑童子が口を開いた。


「裏切り……」

「俺ら鬼は、確かに悪さはするが、謀ったり裏切ったりはしねぇ。それなのに、人間は……っ!」


 酒呑童子は焼酎を一気飲みすると、ボトルを無造作に置いた。


源頼光(みなもとのよりみつ)の事かい?」


 九条が不意に口を挟んできた。


「……そうだ。あいつは俺に酒を飲ませ、身の上話をして、信じさせて……。俺は信じていたんだ! それなのに……っ!」


 酒呑童子の焼酎のボトルを持つ手が、震えていた。優太はその手に、優しく触れた。


「……おいお前、何触って、」

「……分かりますよ」

「あ?」

「その裏切られた気持ち、分かります」


 優太は酒呑童子の目を真っ直ぐに見た。

 さっきまで怖かったはずなのに、話を聞いた今では酒呑童子のその突き放すような視線も、突っぱねようとする態度も、優太には悲しいものに見えた。


「俺も、裏切られましたから……」

「……どういうことだ?」


 優太は、ポツリポツリと話始めた。


「俺、ここに来る前はニートで……でもその前は、サラリーマンをやっていました。大学の頃からの友達だった奴と一緒に入った、小さな会社で」

「……」

「俺、こう見えて営業とか得意で、営業成績は常にトップに入ってました」


 気がつけば、酒呑童子は酒を飲むのもやめて、優太の話を聞いていた。

 さっきの話で「身の上話を聞いて」などと言っていたが、もしかしたら酒呑童子は元来、人の話をよく聞く、いい鬼だったのかもしれない。

 それなのに、裏切られた。

 その心の痛みは、計り知れないものだっただろう。


「上司からはよく褒められていました。でも、それをよく思わないやつもいました。特に、一緒に入った大学の友達は、俺の事を邪魔だと思っていたみたいで……」


 ──吐き気がする。


 優太にとって、最悪で、最低な思い出。それでも、酒呑童子に話したい、と思った。

 同じ傷を持つものとして。


「やがて、嫌がらせが始まりました。大事な書類を隠されたり、商談の話で嘘を教えられたり……俺の営業成績は、瞬く間に落ちていきました」

「……お前、」

「最初、誰がやっているのか分かりませんでした。でも、ある日友達が俺の書類を燃やしているところを偶然、見かけてしまったんです。それで問い詰めたら、それまでの事も全部、友達の仕業でした……」


 酒呑童子が優太が触れていた手を退けた。その代わりに、今度は酒呑童子が優太の手の上に自らの手を乗せた。

 やっぱり、酒呑童子は……。


「凄く、仲がいい奴だったのに。親友だって言っていたのに。俺の事、応援してるって言ってくれてたのに……裏切られました」

「信じられねぇよな、そういうの」

「本当に……っ」


 優太は言葉に詰まった。

 知らず知らずのうちに溢れだした涙が、優太の邪魔をした。それでも、酒呑童子はただ静かに、優太の言葉を待ってくれていた。


「すみませ……っ、俺、お客様の前なのに……っ」

「気にすんな。……それで仕事を辞めたのか?」


 酒呑童子は、優しい鬼なのだ。


「いえ……その事を上司に進言したんですが、全く信じてくれませんでした。お前の責任だと言って……俺には、雑用をさせるようになって……でも、それすらも、友達が邪魔をしてきて……」

「最低だな」

「ある日、課長の机から、大事なメモリーカードが無くなって、それを、課長のデスク拭きをしていた俺のせいにされて……っ。俺は、結局、クビになりました」


 優太がそう言うと、酒呑童子は「はっ」と笑った。


「クビを切られるとか、俺と一緒じゃねぇか」

「酒呑童子様も、首を?」

「あぁ。それでも鬼だからな。生きることは出来たが、姿を戻すために力を使ったらご覧の通り、子供の姿になっちまった」


 こう見えても昔は三メートルくらい身長があったんだぜ、と酒呑童子は笑って言った。




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