ep. 5 アルバイト
「もし、危ない輩が来たら、全力で僕やロウが守るから安心してくれていいよ。こう見えて、僕、割りと強い妖怪って言われているからね」
「……名前を探ったり、人を椅子に縛り付けたり出来ますもんね」
「そうそう。あれくらいの妖術なら、寝てても使えるよ」
九条は手でキツネの形を作りながら、言った。
「で、どうする? 明日から、来てくれるかな?」
「……考えさせて下さい」
「そこは、ノリよく「いいとも!」って言ってよぉ」
「著作権が心配ですね」
優太はソファから降りると、九条から渡された紙袋を片手に、立ち上がった。
「まぁ、気が向いたらきてね。ウチはいつでも歓迎だから」
「……」
優太はそれには答えずに、すぐそばにあったドアを開けた。
部屋はバーの奥にある休憩室だったようで、扉の向こう側はバーのカウンター内だった。
カウンターを潜り抜け、外に出るともうすっかり朝になっていた。
スマホを取り出して時計を見ると、時刻は午前六時を回ったところ。
ということは、九条は残業をしてまで優太のことを見てくれていたみたいだ。
優太は振り返り、バーを見た。
正直、昨夜からの一連の出来事はあまりにも突拍子すぎて、信じられなかった。
でも、いくら優太が信じたくないと思っても、ここには確かにバーがあって、そしてその中には九条という名の九尾の狐もいた。
否定したくても否定できない程の、紛れもない事実がそこには、あったのだ。
「……仕事始めは、二十時……だったっけ」
優太は沢山寝てスッキリとした体をしながらポソリと呟いた。
こんなに寝たのも、朝を晴れやかだと思うのも、随分と久しぶりのことだった。
──もう一眠り、しておくか。
優太はそんなことを思いながら帰路についた。
***
二十時少し前、優太が「close」という看板が掛けられた扉をそうっと開けると、カウンターに立っていた九条が「来たね」と嬉しそうに笑った。
何だか、すべてを見透かされていたみたいで気持ちが悪い。けれど、不思議と嫌ではなかった。
「……制服まで貰ったのに、来ないのは悪いかと思って……」
「あぁ、制服のサイズ、どうだった?」
九条は近寄ってくると、優太が羽織っているコートのチャックを下ろした。
「うん。サイズも良さそうだし、似合ってるね……でも、ユタくん」
「はい」
「その長い前髪だけ何とかしようか」
九条はそう言うと「ちょっと待ってね」と言って裏に入っていったかと思うと、
「これ、僕が使ってるやつだけど気にしないよね」
と言いながら、ヘアゴムを持ってきた。
「ちょっと屈んでくれる?」
九条は優太よりも背が低い。
言われるがままに少し屈むと、九条は優太の前髪をヘアゴムで纏めあげた。
「あははっ、似合うね」
「いや、笑ってるじゃないですか!」
「そんなことないょ……ぷふっ」
九条がそう笑いながら差し出してきた鏡を見て、優太も笑った。
「こんなに似合わないことあります?」
「いやいや、似合ってるって」
「笑いながら言わないで下さい」
とはいえ、優太としては髪を切るつもりもないので、そのまま仕事を始めることにした。
「じゃあ、まずは外の掃き掃除してきてくれる?」
九条はそう言いながら優太に真新しい箒とちり取りを渡した。
「おニューですか?」
「うん。今まで、僕の尻尾で掃除してたからね。白い尻尾が黒くならなくなって助かるよ」
「尻尾!?」
「うそうそ。ユタくんが今日から使うからって思って新調したの。じゃあ、よろしくね」
九条は嘘とも本当とも分からない冗談らしきものを言いながら、裏に入っていった。
──キツネは人を騙すと言うけれど、九条さんも騙したり冗談を言うのが好きなのだろうか……。
昨夜出逢ってからというもの、ずっと九条というキツネに騙されて続けているような気がする。
狐に抓まれているような感覚とは、こういう感じなのだろうか。
実際、九条はキツネなわけだし、今の優太にはピッタリな言葉なのかも知れない。
優太は掃き掃除をしながら、改めてバーの外見を見た。
どこかレトロで、でも古くさい感じを出さないお洒落な店。普通に人間の為の店としてあったとしたら、隠れ家的な感じで繁盛するだろう。
そこでふと、優太は不思議に思った。