ep.4 スカウト
前回更新の第三部分に、第二部分の後半を重複して載せるというミスが発覚しました。
修正し、きちんと第二部分の続きを掲載しましたので、既に第三部分まで読まれていた方は、そちらからお読み頂けましたら幸いです。
大変申し訳ありませんでした。
「ん……んぁ……?」
優太が目を覚ますと、そこには自宅の古びた天井……ではなく、板張りの天井があった。
──ここは……?
「あ、目を覚ましたね」
不意に聞こえてきた声に、優太が視線を向けると、そこにはキツネ顔のバーテンダーが向かいのソファに座っていた。
──そうだ。俺、酒を買いに家を出て……でもバーに入り込んで……でもそのバーが妖怪だらけで……。
「……九尾の狐さん」
「あ、記憶はあるみたいだね。良かった、良かった」
優太が体を起こすと、そこは小さな部屋だった。
小さいテーブルと、ソファが二つあるだけの部屋。そのソファの一つに優太は寝かされていた。
「ごめんね、うちのオオカミが驚かせちゃったみたいで。はい、水飲みな」
「……ありがとうございます」
実際、驚いたのはバーテンダーのせいですけどね、と思いながらも優太は差し出された水を受け取った。
それを口に流し込むと、冷たい感触が喉を刺激して頭がスッキリとした気がした。
「ところで、優太くん」
優太が落ち着いたところで、バーテンダーが優しく声を掛けてきた。
「はい」
「君、仕事とかしてるのかい?」
「え? ……し、してませんけど……」
「そう。じゃあさ、良かったらうちで働かない?」
バーテンダーからの予想外の提案に、優太は思わずコップを取り落としそうになった。
「え!? な、何でですか……?!」
「いやいや、そんな身構えなくても、取って食うつもりじゃないから安心してよ」
「……本当ですか?」
「確かにキツネは肉食だけどさ」
優太は逃げようとした。
しかし、バーテンダーに腕を掴まれてしまった。
「流石に食べたりしないよ」
「いやいや、本当に食べないつもりなら肉食って情報いらなかったでしょう!?」
「じょーだんだって。……肉食は事実だけどさ」
「最後の一言が余計なんですよ!」
バーテンダーがどこからどこまでが本気なのか、優太には分からなかった。
とにかく、怖い。早くお家に帰りたい。そして、引きこもりたい。
「本当に食べないから安心してよ。僕が食べるのは牛とか豚とか鶏だからさ。あれだよ、ホラ。人間と一緒だよ」
「……とかいって、」
「そもそも、市販の豚肉とかの方がお手軽で、食べやすいじゃない。人を食べる事にメリットを感じないね」
「そういう問題ですか……?」
「そういう問題だよ。ロウだっておんなじこと言ってたしさ」
その一言で、優太は思い出した。
「そういえば、あの狼男さん、大丈夫なんですか? 変身してましたけど……」
あのまま店から出たりしたら、逮捕と言うか、捕獲されそうな見た目だった。それが、何となく優太には心配だった。
「あぁ、大丈夫だよ。銀を見せれば一発で戻るから」
「んな雑な……」
「ということで、君の心配は無用! だから、明日からここに来てね」
話が脱線してしまって忘れていたが、そういえば優太は何やら謎のスカウトをされていた所だった。
「お、俺はここで働くなんて一言も……!」
「あ、そうだ。自己紹介がまだだったね。僕の名前は九条 紺だよ。気軽に九条って呼んでね」
「えぇ……ちょっと……」
「あと、これは制服ね」
九条がそう言って渡してきた紙袋には、バーテンダー服が入っていた。
「仕事は二十時からで、お店は二十一時から。君……そうだなぁ。優太くんはちょーっと呼びづらいから、ユタくん」
「んな、沖縄の霊媒師みたいな……」
「さっきから思ってたけど、物知りだねぇ、ユタくん」
どうやら、九条の中ではユタという呼び方で定着してしまったらしい。
この数時間の間で分かった九条の性格からすると、こうなってしまっては優太が何を言っても無駄そうなので、優太は早々に諦めた。
「ユタくんには、カクテルとか料理はさせられないから、基本的に掃除と皿洗いと接客をしてもらう感じになるかな」
「お、俺に接客なんて……!」
「物知りだし、今までのやり取りからすればイケるよ」
「でも……」
「時給二千円」
九条のその一言で優太は黙った。
時給二千円なんて、破格だ。
それに何より、優太は仕事を辞めてからというもの、僅かな貯金を切り崩して生活していたのだが、その貯金もそろそろ底を尽きようとしていた。
かといって、厳しい父親がいる実家には頼りたくなかった。
率直に言えば、優太は金が欲しかった。
「終わりは大体丑三つ時が終わる、午前四時くらいまで。お客さんが来なくなれば早めに終わることもあるけど、逆にお客さんが残っていれば遅くなることもある。でもその場合はきちんと残業手当をつけるよ」
「……」
「八時間労働で、そんなに忙しくないお店だし、お客さんがこない限りは休憩し放題。飲み物も飲み放題で、賄いつき」
賄いつき、に優太は揺らいだ。
「賄い……とは」
「今日、ユタくんが食べたようなものだね。お酒も呑んでいいよ」
何を隠そう、優太の胃袋は完全に九条の料理に掴まれていた。
それに、好条件の数々。
人外ばかりが集まるバー、という点を除けば、何の文句の付け所もない仕事だった。